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瀬々市、宵ノ三番地  作者: 茶野森かのこ


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1. ほろ苦い初恋9


「とにかく、仕事の事は口出すなって事だよ」


それから面倒そうに言い放つ愛に、多々羅は不満そうに表情を歪めた。


「口出すなって、少しくらい教えて下さいよ!」

「出来る仕事があればな」

「そんなのやってみなきゃ分からないじゃないですか!俺は、あなたの面倒見るのも仕事ですけど、仕事面でもあなたのフォローしてくれって正一さんに言われてるんです」


正一はもう九十歳を越えていたが、最近まで会長職の傍ら、宵ノ三番地の仕事をこれまで通りやっていた。本人はよく、宵ノ三番地の仕事は趣味のようなものだと言っているが、口でそう言っているだけで、片手間にやっているという訳ではない。趣味の範囲と言いながらも、宵の店の仕事や、物の化身への研究、その情熱は本物だ。

会長職を辞任し、代理ではあるが、愛に宵の店を任せたのも、物の化身についての研究を深める為、海外で学ぶ為だという。

暫くは日本に帰らない、だから正一は海外に旅立つ前、多々羅に愛を頼んだのだ。


だからこれは正当な言い分だと胸を張る多々羅に、愛は一瞬複雑そうな表情を浮かべたが、それでもすぐに思い直したように顔を上げ、開き直るように口を開いた。


「確かにここは、正一さんの店だ。けど、俺はここでもう何年も働いてるし、いずれはこの店を正式に継ぐ身だ。仕事でフォローしてもらう程、手が回らない訳じゃない。仕事は俺一人で出来る、そんなに何かしたいなら、お前は掃除でもしてろ」


その突き放すような言い方に、多々羅は眉を寄せた。

むっとしながらも、ただ黙って見下ろす多々羅に、愛は居心地悪そうに視線を彷徨わせたが、それでも強気な姿勢を崩す事はない。


「なんだよ、不満なら出て行って構わないぞ。給料なら、ちゃんと一月分振り込んどくし。正一さんには、ちゃんと働いてたって言っとくから」


そう言って、愛はぬいぐるみを手にしたまま、席を立とうとする。多々羅は、そんな愛の姿を見て、そっとエプロンのポケットに手を触れた。


「…あなたはそれで良いんですか?正一さんが今のあなたの姿を見たら、がっかりするんじゃないですか?仮にも瀬々市の人間が、こんな体たらくな…恥ずかしくないんですか」


今の愛の姿は、多々羅にとっては本当に可愛くないものだ。多々羅の記憶にある愛の姿は子供の頃のもので、お互い大人になったのだから、変わった所もあるのは当然だとは思う、だが、それを差し引いても愛は可愛くないし、何よりショックでもあった。


多々羅の溜め息混じりの言葉に、愛は足を止めた。


「…結局、お前も他の奴と変わらないのな」

「何がです?」

「そうやって、瀬々市だから何だって言うんだよ。そもそもこの店は、もう瀬々市とは関係ない。瀬々市の家から出た俺が引き継ぐんだから。もう、俺はあの家とは関係ないんだ」


関係ない、そうはっきりと言う愛に、多々羅はぐっと唇を噛み締めた。

愛は瀬々市の養子だ。それをずっと気にしていたのだろうか、だから、瀬々市の家と関係無いなんて言うんだろうか。養子である事を気にしない方が無理なのかもしれない、だけど、多々羅が見てきた限り、愛と瀬々市の家族仲は円満だったように思う。

あの家と関係無いなんて、愛に言ってほしくなかった。


「…だったら尚更、この店を大事にしなきゃいけないんじゃないですか?あなたのその言い方は、この店がお荷物みたいに聞こえます。正一さんが大事にしてた店なのに」

「…どう聞こえようが構わないよ。どうせ正一さんは海外だ、俺が何しようと見て確認出来る訳じゃないし」

「…そうかもしれませんね」


多々羅はそう呟くと、エプロンの前ポケットに入れていた封筒を取り出した。しっかりと封が閉じてある、白い封筒。その綴じ目には、赤い刻印が印してある。正一が海外に発つ前に、何かあったら使えと渡されていたものだ。


「…何だよそれ」

「正一さんから預かったものです。この中には、あなたの秘密が入っています」

「秘密?なんの秘密だよ」

「何でも、留学時代の写真だとか」


は、と鼻で笑った愛だが、留学時代と聞くと、血相を変えてカウンターから身を乗り出し、封筒を奪いにかかった。多々羅は反射的に腕を高く上げて愛の手をかわす。多々羅は意外と反射神経が良いようだ。


「何してる!これは店長命令だ!それを寄越せ!」

「残念ですが、俺はたった今あなたに出ていけと言われましたので、俺はあなたの言うことを聞く義務はありません。では、短い間でしたが、お世話になりました」


頭を下げ、荷物を纏めようと、居住スペースである二階に上がろうとする多々羅に、愛は更に青ざめ、多々羅を追いかけその腰にしがみついた。


「待て待て待て!悪かった!俺が悪かった!謝るから!それだけは置いていけ!」


ズルズル引きずられながら、愛が訴える。多々羅はこう見えて力持ちのようだ。


「なら、俺に辞めろって言いませんか?」

「いや…それは、」

「なら無理ですね。それにこの写真は、正一さんから、あなたには渡すなって言われてますから」

「何でよ!じゃあ、それどうするつもりだよ!」

「さあ、俺のしたいようにしますよ。中には、どんな写真が入ってるのかな~」


そう言いながら、封に指を掛ける多々羅に、先程までの冷たい態度はどこへやら、愛はもう泣きそうだ。


「だ、駄目だ!駄目駄目!出てけって言わないから!だからその写真だけは勘弁してくれ!」

「本当に追い出しません?」

「追い出さない!」

「俺に仕事教えてくれます?」

「くっ…、分かったよ、出来る事は教える。それで良い?良いなら、それもう必要ないよね?」

「これは、俺が正一さんから預かったものですから」

「え?」

「そもそも、あなたに渡す義理はありません」


にこっと微笑む多々羅に、愛は唇を噛みしめ、そういう事かと頭を抱えたくなった。

多々羅には、常に切り札があるという事だ。正一はこうなる事を見越して、多々羅に愛の秘密を持たせたのだろう。


「お前、こんな事してまでここに居る義理はないだろ。今からだって、いくらでも良い仕事つけるんじゃないのか?」

「…でも、俺は正一さんに依頼されたのが嬉しかったので。あの人の期待には応えたいんです。一度位、応えてみたいんです、誰かの期待に」


多々羅の言葉に、愛は不可解そうに首を傾げた。

そんなやり取りをしていると、カランと、ドアベルが鳴った。

その音に、二人は揃って顔を上げた。



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