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瀬々市、宵ノ三番地  作者: 茶野森かのこ


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8. 捨てられた指輪6


**


「実はさ、少し前に舞子さんから相談受けてたんだ。華椰の様子がおかしいから何か知らないかって」


店へ戻ると、愛がそう教えてくれた。


「お互い同じ不安を抱えてたのかな…良い親子ですね」

「血は繋がってないけどな」


その言葉に、多々羅は瀬々市(ぜぜいち)の家族を思い浮かべた。


「血は関係ありませんよ、どう絆を紡いでいくかが重要です」

「…簡単じゃないよ」

「でも、愛ちゃんは頑張ってましたよ」


愛は思わず多々羅を見上げた。


「瀬々市の人達は、家族だと思ってますよ。(ゆい)ちゃんや凛人(りんと)だって、自分のせいで愛ちゃんが出て行ったと今も思ってます」

「…会ったのか」


愛の溜め息混じりの言葉に、多々羅は後ろめたさを感じながらも頷いた。


「うちの弟なんか、俺がいなくて清々するって感じだし…だから、俺はずっと愛ちゃんが羨ましかった」

「……」

「優しい家族に、凄い力も持って、それに綺麗なオッドアイも」

「やめろ」

「ずっと悔しかった、どうして自分を悪いように言うんですか」

「やめろってば」

「愛ちゃんは、愛ちゃんですよ」

「……」

「自分が怖がられて、だから何だって言うんです。慕ってくれる兄弟がいて、守ってくれる家族がいて、大事に思ってくれる人や物達がいて、自分を駄目みたいに言わないでよ」

「簡単に言うなよ!俺は、巻き込みたくないんだよ!」

「巻き込んでよ!」


愛はびくりと肩を跳ねさせ顔を上げた。そこに、必死な多々羅の顔がある。


「その瞳に何があったのか分かんないけど、それだって俺達には重要じゃない。

俺達は、そうやって愛ちゃんと過ごして来た、その瞳は怖いものじゃない、俺達がそう言ってる、それで良いんです。今の愛ちゃんが、本当の愛ちゃんなんだから」

「…そんなの」


躊躇う声に、多々羅は「待ってて」と二階へ駆け上がる。結子から預かったプレゼントを持って戻ると、愛の前でその包みを剥がした。きっと愛は自分からは受け取らないと思ったからだ。

包みの中には茶色い革の箱があり、その蓋を開けると、中には腕時計があった。


「すみません、勝手に開けちゃって。瀬々市の皆さんからのプレゼントです」


そう言って愛の左手を取ると、多々羅はその手首に腕時計をはめた。

シックな革のベルトの腕時計は、愛のスーツに良く似合っている。愛の為の腕時計だ、その針は、しっかりと時を刻んでいる。まるで、共に寄り添うように。一人ではないと、伝えるように。


「俺には何も出来ませんけど、俺ここで働くの楽しいんです。愛ちゃんが嫌でも俺は居ますよ、あなたの助手として、どんな事も一緒に受け止めます、もしその瞳が何であっても、一緒に受け止めます。俺だけじゃないよ、皆そう思ってるんだよ」




多々羅の言葉に、時を刻むその針に、愛は俯いたまま唇を噛みしめ、腕時計に触れた。


時が進む。足を抱えて踞っている情けない心を丸ごと包んで、壁の向こうに見える空、そこに居るのは。


「何も出来ないわけ、ない」

「え?」

「昔から、俺を俺でいさせてくれる」


無条件に連れ出されてしまう、怖くないと、この手がまた。

愛は唇を引き結んだ。

愛だって、優しい世界に居たい。家族がいて、多々羅がいて、皆がいて。だけど怖い、きっとまた誰かを傷つける。


「愛ちゃん?」


それでも、この手を突き放せない。それなら、愛も顔を上げて進まないといけない。時計の針が背中を押す。こんなに、思ってくれる人達がいる。

愛は顔を上げた。


「…ちょっと、付き合ってくれるか?」

「え?」

「…ちゃんと、謝りたい人がいるんだ。でも、まだ一人じゃ怖いから」


情けないけど、と俯く愛に、多々羅は首を振ってその腕を掴んだ。


「行きましょう!俺は助手ですから、どこにでも付き合いますよ!」

「…はは、何だよそれ」


愛は、やっと昔のように笑ってくれた。




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