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瀬々市、宵ノ三番地  作者: 茶野森かのこ


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1. ほろ苦い初恋8


あの時、シロツメクサの原っぱで愛が倒れたのは、瀬々市の家にも慣れ気が緩んでいた所、見知らぬ少年と出会い、パニックになったせいもある。この頃の愛はまだ、瞳の色が変わる特殊な眼鏡は掛けておらず、左右の瞳の色が違う事で、好奇や嫌悪の眼差しを向けられる事に、傷ついたり窮屈な思いをしていた。また、瞳の色が違うと指をさされるのではないか、そんな恐怖を抱いたのかもしれない。

だが、愛が倒れるに至ったのは、心的負担からくるものだけではない。


愛の不思議な瞳には、常人にはない力が秘められている。愛がよく倒れていたのは、その瞳に残る、物の化身の痕跡が影響しているという。信之が愛の瞳を見て、先ず愛を連れて来た男性に話を聞こうとしたのも、その瞳に化身の痕跡が見られたからだ。


正一も物の化身が見えるが、愛のようなオッドアイではないし、見えるからといって体に異常が出る訳でもない。愛も、その瞳以外は健康体で、倒れて何日も寝込むという原因に至るものは、やはり瞳以外に考えられなかった。


今でこそ、自分の体と向き合い倒れる事もなくなったが、当時はまだ心も体も不安定だった。物の化身に理解のある人間が愛の側にいた方が安全だ、正一はそう考え、愛を家族に迎え入れた。瀬々市家の家族も、正一が不思議なものを見れることは分かっているし、正一の熱意に押されたのもあるだろう、愛を受け入れる決断をした。



まだ、愛を女の子だと勘違いをしていた頃の多々羅は、物の化身の事は聞かされていなかったが、愛が病弱だという事は分かっていたので、愛が倒れてしまわないように、いつも気合いだけは入れていた。多々羅が気合いを入れた所で、愛の体調の変化は止められないが、当時の愛にとっては安心材料にはなれていたのかもしれない。


「大丈夫?辛くない?愛ちゃんが楽しくなれたらいいなって思って、いっぱい本を持ってきたんだよ!」


愛がベッドから起きられない日は、多々羅は図書館から沢山本を借りてきたし、調子の良さそうな日は、結子達も交えて中庭やシロツメクサの原っぱで遊んだりもした。小さな手を引いて、「僕がいるから大丈夫だよ!」と、根拠もない言葉をおまじないのように愛にかければ、愛はどこか照れくさそうにしながらも、安心したように小さく頷くので、多々羅の心はいつだってポカポカしていた。




振り返れば振り返るほど、苦さと甘酸っぱさと恥ずかしい思いに隠れたくなるが、現在の愛を前にすれば、それも何だか愛しい思い出に思えてくるのが不思議だった。


あの頃の愛ちゃんは、本当に可愛かったな…。


すっかり別人のようになってしまった愛を見下ろして、多々羅は思う。



何はともあれ、勘違いとはいえ五歳で果たしたプロポーズが実行されているようなこの状況。愛の為に家事をやって世話をして、仕事も一緒で、同じ屋根の下で寝食を共にして。

勿論、多々羅と愛は恋仲ではない。多々羅の恋愛対象は、異性である。別れてしまったが、最近まで彼女もいたくらいだ。


それにしてもと、多々羅は愛を残念そうに見つめる。今の愛は怠け者で、面倒臭がりで、仕事は果たしてちゃんとこなせてるのかと心配になってしまう程。

何故、こんな人間に惚れたのか、女の子と勘違いしていなければ、あんな恥をかかずに済んだのに。


「…なんかさっきからさ、失礼な事考えてるよね」


漫画雑誌に向けられていた愛の視線が、じろりと多々羅を見上げ、多々羅ははっとして表情を引き締めた。


「き、気のせいですよ、いつまでそこに座って漫画読んでるのかなって疑問に思っただけです」


多々羅が取り繕うように言えば、愛は多々羅の思いを見抜いているのだろうか、溜め息混じりに漫画雑誌のページを捲った。


「仕入れはまだ来ないし、客も来ない、今やる事は何もないだろ?」

「それなら、こういった商品の手直しとかはしないんですか?探し物屋とはいえ、ここの商品は一応販売してるんですよね?」


物の化身というものが存在しているのは知っているが、それとどんな風に対話し扱っているのかまでは、多々羅は知らない。物の意思を聞くならば、修理は必須ではないのだろうか、人だって、怪我すれば治療しなくてはならないし、物に痛みがあるのかは分からないが、腕が取れかけているなんて、本人も気持ち悪いだろう。


「良いんだよ、ここの商品はこのままで」


だが、多々羅の思惑に反して、愛は必要ないと言う。それが多々羅には理解出来ず、眉を寄せた。

愛は多々羅の不服そうな顔を見上げると、再び溜め息を吐いた。そのまま雑誌をカウンターに置くと、多々羅によってカウンターに置かれたうさぎのぬいぐるみを、大事そうに手に取った。


「こいつはまだそれを望んでない。もし直す事があるとしたら、それは、こいつが持ち主を選んだ時だけだ。捨てられて、誰もが立ち直れるかって言ったら、そんな訳ないだろ」

「え?」


きょとんとする多々羅に、愛は何か言おうと口を開いたが、その思いは言葉になる事なく、小さな溜め息に姿を変えた。


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