高身長ナイスバディでクールビューティーな会社の上司が、ロリっ娘VTuberの中の人だった!?
「お、おはようございます、主任」
「おはよう、片桐君」
今日もシアトル系コーヒーを飲みながらスマホを確認している、隣の席の主任にたどたどしくも挨拶する。
優雅にコーヒーを嗜みながら鋭い目付きでスマホを操作するその姿は、女王の風格さえ感じる。
足も股下85センチはありそうなくらいスラリと長いし、たわわわわわに実った二つのメロンは、スーツのボタンが「自分、もう限界っす!!!」と今にも悲鳴を上げそうなほどだ。
仮に主任がSMクラブの女王様だったとしたら、間違いなく営業成績はトップだろう。
「ん? 私の顔に何か付いてる?」
「い、いえ! 何でもないです! ハハ……」
「そう。明日の会議で使う資料、私がチェックするから今日中にまとめておいてね」
「は、はい! なるべく早く提出します!」
「よろしく」
仕事に必要最低限な会話しかしないうえ、一切仕事に対して妥協を許さないそのスタイルは、まるでロボットだ。
隣の席にロボットの上司が座っているという状況は、否が応でも緊張を強いられる。
入社した当初は美人上司の隣の席でラッキーと浮かれていた俺だが、瞬く間に夢は覚めたのも今となってはいい思い出……。
――この日俺は計三度も主任から資料にダメ出しを喰らい、会社を出た頃には夜の九時を回っていた……。
「はぁ~、やってらんねーぜー」
這う這うの体で一人暮らしをしている安アパートに帰ってきた俺は、コンビニ弁当を広げながら急いでパソコンを立ち上げる。
よしよし、どうやらライブ配信には間に合ったみたいだな。
『おにいちゃんおねえちゃんこんばんはー。バーチャル小学校三年二組の、ありむらさわだよー』
「うおおおおお!! さわたーん!!!」
キターーー!!!!
FOOOOOOOO!!!!
今日もさわたんは天使だぜッ!!!!
――『さわたん』こと『ありむらさわ』は、俺が今一番推しているVTuberだ。
あどけなさの残るくりっとしたお目々にぷくぷくのほっぺ!
からの黒髪ツインテールに蕩けるようなロリっ娘ボイス……!!
ロリの数え役満とはさわたんのことやでッ!!(唐突な関西弁)
――最近は仕事で疲れ果てた心と身体を、さわたんの配信に癒してもらうのが日課になっている。
どんなに主任にシゴかれてヘトヘトになっても、さわたんの笑顔を見ていると浄化されるのだ。
もちろんさわたんの中の人が、リアル小学生ではないことくらい俺だってわかっている。
言わばこれは、アニメのキャラを推している感覚に近いのかもしれない。
しかもアニメキャラと決定的に異なるのは、こうしてチャットで会話ができることだ。
「よしよし、早速スパチャ送っとくか」
俺は『今日もさわたんギャンカワだよ!!!!』というメッセージを添えた、千円分のスーパーチャットをさわたんに贈る。
『わぁー、ハルマおにいちゃん今日もスパチャありがとー』
「いえいえ、どういたしまして」
俺の下の名前が遥馬なので、ユーザー名はハルマで登録している。
たった千円でこうしてさわたんに名前を呼んでもらえるなんて、何ともいい時代になったものだ。
かがくのちからってすげー!
『えっと、えっと、今日はね、『ゾンビヒポポタマス』っていうホラーゲームをプレイしてくんだけど……。うぅ……、さわ怖くて泣いちゃうかもしれないよぉ……。おにいちゃんとおねえちゃんたち、さわのこと絶対見守っててね?』
ホラーゲー実況プレイキターーー!!!!
ロリがホラーゲーに怯えている光景は、俺たちに無限のエネルギーを与えてくれる――!
大丈夫、俺が一瞬たりとも逃さず見守ってるから、安心してプレイしてごらん?
『はうぅぅ……、ここ開けたら絶対何かいるよね? 絶対何かいるよね? ――ぎゃーーー!!!! 後ろからきたあああああ!!!! ふえええええん、もうやだよおおおおおおお』
さわたんの泣き声たすかる。
ところでいつも思うんだけど、さわたんの声って、どっかで聞いたことある気がするんだよなぁ。
しかもごく最近聞いたような?
まあ、多分気のせいだろうけど。
ともあれ、チャンネル登録者数一桁の頃から推してきたさわたんも、今や登録者数十万人超えの人気者。
鼻が高いぜ(後方保護者面)。
――こうして今日もさわたんと共に、俺の夜は更けていったのだった。
「お、おはようございます、主任」
「おはよう、片桐君」
今日も今日とてシアトル系コーヒーを飲みながらスマホを確認している、隣の席の主任にたどたどしくも挨拶する。
いつも思うんだけど、何をそんな熱心に確認してるんだろう?
「あっつッ!!」
「っ!?」
その時だった。
口にしたコーヒーが思ったより熱かったのか、ビクッとした主任は手からスマホを落としてしまった。
あ、危ない――!
「ふぅ……!」
が、間一髪俺は、床に落ちる前にスマホをキャッチした。
セフセフ。
「あ、ありがとう片桐君。助かったわ」
「いえいえ、どういたしまし――ん?」
ふとスマホの画面を目にした瞬間、俺は完全にフリーズした。
――そこには、さわたんのユーザー管理画面が映っていたのである。
えーーー!?!?!?
「ま、まさか、主任がさわたん……?」
「なっ――!!?」
主任の顔が一瞬で耳まで真っ赤になった。
……どうりで聞いたことがある声だったはずだ。
さわたんの時はロリ声に調整しているみたいだけど、こうして改めて聞いてみると、確かに根っ子の声質はまったく同じ。
まさかこんな身近に、さわたんがいたとは……。
何という運命の悪戯だろうか。
「え、えーっと、俺、いつもスパチャしてるハルマです」
「そんなッ!!? 片桐君がハルマおにいちゃん!?!?」
おおふ……。
目の前でさわたんに『ハルマおにいちゃん』と呼んでもらえるとは……。
千円払ったほうがいいかな?
「ちょ、ちょっと来なさいッ!!」
「あ、はい」
主任に腕を強く掴まれ、会議室に連行された……。
「…………」
「…………」
会議室で二人きりになった俺たちの間に、何とも言えない気まずい空気が流れる。
ま、まあ、確かに主任の立場だったら、俺もいたたまれないかもしれない。
それにしても、氷の女王様の正体が、まさかロリっ娘VTuberとは、な……。
「……バカにしてるでしょ?」
「――!」
薄っすらと涙目になりながら、主任が上目遣いで俺を睨む。
はうッ!!
俺の心臓がドクンと大きく跳ねた。
「会社ではいつもクールに装ってるのに、陰じゃロリっ娘VTuberしてる私を、キモいと思ったでしょ!?」
「――!!」
しゅ、主任……!
「……私昔から背が高いのと胸が大きいのがコンプレックスで……。でも、こんな私でも、VTuberとしてなら、ちっちゃくて可愛らしい女の子になれるの……! VTuberは、私の心のオアシスなのよ……!」
「……主任」
肩を震わせながら俯く主任を見ていたら、俺の中で何かが弾けた――!
「キモいなんて思ってないですよッ!!」
「えっ? えっ!!?」
気が付けば俺は、主任の肩を両手で鷲掴みにしていた。
だがこれだけは言っておかなきゃいけない――!
「俺はいつも、さわたんの配信に心と身体を癒されてました――!」
「――! ……片桐君」
主任の表情が、いつものロボットを彷彿とするクールなものから、さわたんみたいなあどけないものに変わる。
ひょっとしたらこっちの顔が、主任の本当の顔なのかもしれない。
「どんなに遅くまで残業してクタクタになっても、さわたんの配信を見てると、その疲れが全部吹っ飛ぶんです。きっとさわたんの配信を見てる他のリスナーも、俺と同じ気持ちだと思います。――自信を持ってください主任。あなたは間違いなく、何万人もの人を毎日幸せにしているんです」
「か、片桐君――!」
主任の宝石みたいな綺麗な瞳に、大粒の雫が浮かぶ。
「――それに、俺は背が高くて胸が大きい女性も、とっても魅力的だと思いますッ! むしろ超萌えますッ!!」
「えっ? えっ!!?」
途端、主任の顔が茹でダコみたいに真っ赤に染まった。
あっ、やっべ。
せっかく感動的な空気だったのに、勢い余って余計なことまで言ってしまった。
「い、いや、今のは変な意味ではなくてですね! あの、その」
「ううん――ありがとう片桐君」
「――!」
主任の顔に、ヒマワリみたいな大輪の花が咲いた。
主任――!
「いつも、本当にありがとねハルマおにいちゃんッ!」
「――!?!?」
主任――いや、さわたんに、ぎゅうと思い切り抱きしめられた――!
ふおおおおおおおおおおおおお!?!?!?
俺の胸に、謎の柔らかい二つの物体が当たってますけどおおおおおお!?!?!?
こ、これはスパチャ代、一万円くらい払ったほうがいいのでは……?
『おにいちゃんおねえちゃんこんばんはー。バーチャル小学校三年二組の、ありむらさわだよー』
「FOOOOOOOO!!!! さわたんFOOOOOOOO!!!!」
その日の夜。
今日も俺はパソコンの前で、コンビニ弁当片手に推しを応援する。
よし、早速今日もスパチャ送るぞ。
『わぁー、ハルマおにいちゃん今日もスパチャありがとー。ハルマおにいちゃん大好きだよー。ちゅっ』
「――!?!?!?」
推しからの予想外の投げキッスに、俺の心臓は爆発した。
――今夜はいい夢が見れそうだ。
お読みいただきありがとうございました。
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