執着
「あれ?陽君さっきまで使ってたハサミ何処にやったっけ?」
困った顔でそう問いかけをしてくる幼馴染の春に僕は平静さを保つ為に少し息を整えながら答える。
「………そこの箪笥の上から2段目の引き出しに仕舞ってある」
「えぇ〜………あ、あった!流石陽君!記憶力がいいよね〜いつもありがとう!」
「………ただ君が忘れっぽいだけだろ」
ついさっき使って仕舞ったハサミの場所を忘れるだなんて忘れっぽいを通り越して馬鹿なのかと思うが、学生時代の成績はそこそこ良く、お気に入りの物や人の事は忘れてはいないみたいなのでどうでも良い物に関しては本当にただただ忘れっぽいだけなのだろう………つい先月までは本当にそう思っていた。
春が僕の足の腱を切り二度と歩けない様にし、両腕も切断してここに監禁するまでは。
「むーーー!むーーーー!!!」
口をガムテープで塞がれて手足をインシュロックという結束バンドで縛られ床に転がされている女の人が非難する目で僕達を見ていた。
年齢は20代後半。
最低限の灯りしかない地下倉庫にいるので彼女の容姿の詳細は分からないが、多分1週間前僕に話しかけてきた人だろう。
そう、春にわがままを言って車椅子で外に連れ出されたあの日に、僕はこの女性に助けを求めたのだ。
「あぁ〜もう、煩いなぁ………私の陽君に粉かけようとした小蝿の分際でさ!!」
女の人の腹を蹴り上げる春はいつもの笑顔ではなく無表情だった。
お腹を蹴られた痛みに悶絶し体をくの字に曲げる女の人。
僕はそれをただただ見つめる事しか出来なかった。
「さぁ〜て、煩い小蝿は退治しなきゃ………私の陽君は誰にも奪わせないわ。私だけの………私だけの陽君だもの奪う奴らは………みんな敵よ」
手に持ったハサミを春が振り翳す。
躊躇いなく振り下ろされたハサミは女の人の腹に突き刺さった。
くぐもった悲鳴を上げ続ける女の人に春は何度も何度もハサミを突き刺し、女の人から悲鳴が聞こえなくなるまでそれを続けた。
「やっと………害虫が死んだわ………陽君今日で何匹殺したかしら?」
「…………6匹だよ」
薄暗い地下倉庫の床に転がる6つの死体。
いずれも僕に話しかけてきたり、僕を気遣ってきてくれた優しい人達だった。
そう、僕を助けようとしてくれた優しい人達だった。しかし、皆この悪魔の様な幼馴染の手で屠られてしまった。
きっとこの狂った幼馴染は朝を迎えれば自分がやった事をけろりと忘れ、明日もごくごく普通な顔で話しかけてくるのだろう。
そして、そんな幼馴染に狂愛されている僕は、明日も救いの手を求めて誰かに縋ってしまうのだ………差し伸べられた救いの手は全て幼馴染の手によって破壊されてしまうというのに………。
「大丈夫だよ、陽君………君の事は私がぜーんぶ面倒見てあげる。ずっと………ずっと一緒だよ」
車椅子に座る陽君は私が殺した小蝿に少し悲しそうな目を向けていた。
死んでも尚そんな目を向けられるあの小蝿に私は内心イライラしていたけど、すぐに陽君が私を見てくれたからどうでも良くなった。
陽君が………そう、陽君が私を愛してくれるだけで私は満足なの。
「春は………僕をどうしたいの?」
いきなりそんな事を言ってきた陽君の質問の意図が分からなくて私は首を傾げた。
「僕の手も、足も奪った君は僕のことをどうしたいの?」
「どうしたいって………私はただ陽君とずっと居たいだけだよ?どうしていきなりそんな事を言うの?」
少しだけ雰囲気が変わった陽君に嫌な予感がした。いや、でも、だって陽君が今更何かできる訳じゃないのに………。
「そう………わかったよ」
そう言った陽君は漸く普通の陽君に戻って「早く車椅子押してくれる?血生臭いここから早く離れたいよ」と私にお願いしてくれる。
そう、私が求めていたのはコレなんだ。
陽君の全てを私が管理して陽君がやりたい事全てを叶える事こそが私の幸福。
「うん、ごめんね陽君行こっか」
私はウキウキと真新しい車椅子を押してこの小汚い部屋を後にし、ご飯も要らないから寝かせてという陽君のお願いに従って私は彼をベッドに寝かせた。
「おやすみ、陽君また明日ね」
「おやすみ春」
いつもの夜の挨拶をして陽君の隣で私も眠った。愛してる人の隣で眠れる事に幸せを感じながら………。
「さようなら、春」
朝目が覚めたら陽君は冷たくなっていた。
手も足もないから舌を噛み切って窒息死したみたい……。
「陽君の嘘つき………ずっと一緒って約束したのに………嘘つき!」
陽君の遺体に八つ当たりしても心は晴れなかった。
もう、全てがどうでも良くなって私は今までしてきた事を警察に連絡して、冷たくなった陽君の隣で私も彼と同じ方法で死ぬ事にした。
だって、ずっと一緒って約束したもの。
絶対に…………逃がさない。