5話 グリーンウルフ
夜が明け、私たちはルインたちの行った道を歩き始めた。
幸いルジーが地理に長けているため、道に迷う心配はない。
「そろそろ休憩しましょうか」
「そうね」
手ごろな木陰に腰を下ろし水を飲む。
そして、途中の農村で買ったパンを少しちぎって食べた。
ルジーが金を持ち出してくれていたため、旅に必要なものをそれなりに買うことが出来たのだ。
「…?」
後ろから、何かが近づいてくる気配がする。
音を立てないよう、慎重に慎重に忍び寄っているようだ。
「ルジー」
小さな声でルジーに呼びかける。
「何かがこっそり忍び寄ってきてる」
すると、ルジーの顔色がさっと変わった。
「モンスターかもしれません。この当たりには、グリーンウルフという危険なモンスターが生息しているんです」
「【ファイアーボール】撃ってみてもいい?」
「一撃で倒せますか?」
「多分」
私は前を向いたまま、じっくりと後ろの気配を探る。
やはり私たちを狙っているようだ。
確実に近づいてきている。
「左に3本、後ろに8本…」
自分が寄り掛かっている木を基準に、何かがいる位置を割り出した。
サイズはそこまで大きくない。
人差し指の腹を相手に向け、指だけを素早く動かす。
サイズを小さめに抑えて密度を上げた【ファイアーボール】が、勢いよく狙った方向へ飛んでいった。
「ギャウゥゥゥン!!」
犬に似た鳴き声が響き、ドサッと倒れる音がする。
「ちょっと様子を見てくる」
ルジーに声を掛け、慎重に気配のした方へ進む。
思った通りの場所に、緑色の獣が倒れていた。
脳天に穴が開き、周りが黒く焦げている。
【ファイアーボール】が命中した証だ。
「死んでる…ね」
「大丈夫ですか?」
心配そうなルジーに、手を振って安全を知らせた。
「これがグリーンウルフ?」
「そうです。間違いありません」
ルジーはグリーンウルフを注意深く調べてから、完全に燃やせるかと私に聞いた。
何でも、死体を放置しておくとそこにモンスターが集まってきてしまうらしい。
「灰になれば大丈夫?」
「ええ」
私は再び【ファイアーボール】を発動する。
今度は温度の高く巨大な【ファイアーボール】。
それでグリーンウルフの体全体を包み、真っ白な灰になるまで火葬した。
横で見ていたルジーが、感嘆のため息を漏らす。
「ここまで【ファイアーボール】を自由自在に扱える人は、これまでに一度も見たことがありません。先ほどの気配察知といい、リリアナ様には驚かされるばかりです」
気配を察知できたのは、訓練中は常に独房の外にも神経を張り巡らせていたからだろう。
看守が近づいてくる気配を感じたら、訓練をやめて指南書を隠す。
去ったと思ったら再開する。
この繰り返しの結果、感覚が研ぎ澄まされたのだと思う。
「こんな優秀な護衛を馬鹿にするとは、あの一団も見る目がありませんね」
珍しくルジーが人の憎まれ口を叩いた。
ルインに馬鹿にされ突き飛ばされたことに、相当腹が立ったのだろう。
「あんな人たちとでは、嫌な思いをしてばかりだったかもしれないね」
「全くです。こちらから願い下げですよ」
冷静沈着なルジーが怒りをあらわにしているのは、何だか新鮮で面白い。
「さて、ウィースまでの道のりはまだ遠いですよ。疲れが取れたらまいりましょう」
「休憩はもう十分よ」
私は服に着いたすすを払い、木陰に置きっぱなしだった荷物を持った。
歩き始めたところで、ルジーは神妙な面持ちになって言う。
「リリアナ様。道中、私からお話をさせていただいてもよろしいでしょうか」
「何の話?」
「アン王国に起きた、全てのことでございます」
ちょうど、私も知りたがっていた話だ。
しかしそれを聞くということは、アルミ―家に関する悲惨な話も耳にするということ。
それでも私は、聞かずにはいられなかった。
いや、聞かなくてはいけなかった。
「いいわ。話して」
ルジーは1つ大きな息をすると、私が囚われてからのことを語り始めた。