42話 いつかきっと
「「誰だ!!」」
突如、両サイドから怒号がした。
左右を何者かに囲まれている。
しかし人間らしい気配はなく、2人とも同じ姿形の男。
おそらく幻影の類だろう。
「「合言葉を述べろ。取り決められた合言葉だ」」
2つの声が重なって響いた。
合言葉…何のことだろう?
「「合言葉を知らないのか?」」
男たちの目が険しくなった。
室内の雰囲気がより重くなる。
冒険者になって以来初めて、私の本能がここから逃げろと言っていた。
「…っ」
放った【鎌鼬】は確かに男たちの幻影に当たったが、彼らは消えることなくその場にとどまっている。
今の私ではこいつらに対処できない。
「「合言葉を知らないのなら…」」
「さよならっ!!」
男たちが話し終わらないうちに、私は朽ちたドアを蹴り飛ばして外に出た。
慌てたせいで失踪者たちの記したノートを落としてしまったが、立ち止まって拾おうとしたところに攻撃が飛んでくる。
「あっつぅ…」
拾おうとした手を熱線がかすめ、少し先の床が溶ける。
石が一瞬でドロドロになる光景に私は戦慄した。
泣く泣くノートを諦めて【ファイアーボール】で開けた穴から上に上がる。
無我夢中で階段を駆け上がって遺跡の外に出ると、もう日が暮れかかっていた。
気が付けば男たちの幻影も追ってきていない。
「地雷はノートだったのか…」
ノートを拾った時に彼らは現われ、落として諦めた時に攻撃が緩んだ。
一体あのノートには何が書かれていたのだろう。
なぜ失踪した冒険者たちがこんな遺跡の中にいたのか。
あの幻影は誰のものなのか。
全くこの森は分からないことばかりだな。
「そうだ、地図は落としてないよね」
カバンの中を漁ると、レイファがくれた地図がちゃんと入っている。
現在地の遺跡には星印があり、そこからミーア湖まで線が引かれている。
それに沿って進めということだろう。
右上に方角を表す十字の印もあるので、太陽を基準にすればたどり着けそうだ。
「いつかきっと、ノートを取りに戻ってこよう」
あれだけの謎を目の前にぶら下げられて、残念でしたとあきらめるわけにはいかない。
絶対にもう一回ここへ潜入して、あのノートを手に入れ250年前に起きた事件の全てを解き明かしたい。
そのためにはもっと強くなりもっと準備する必要がある。
「ま、今は青緑憐花の確保が先か」
第一の目的は何としても果たさないとね。
行き方も分かったことだし、今日も進めるだけ進もう。
いつの間にか、不快な雰囲気は消えて胸騒ぎも収まっている。
私は、悔しさを抱えたまま夕暮れの魔境を歩き出した。
そして地図の通りに進むこと2日。
巨大化したグリーンウルフに出会うこともなく、私は大きな湖に到着した。
青空を映して真っ青な湖のほとりに、たくさんのきれいな花が咲き誇っている。
「これがミーア湖か」
息を呑むような絶景だ。
ウィブロックもこの光景を見て笑ったのだろう。
青緑憐花がその花を咲かせるのは日の出の直前。
私はそれまで、ほとりを散策してみることにした。