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40話 定められた理

「なーんてね」


 レイファの真横にある机の影から、ピンピンしている私が姿を現した。


「誰が思ったほどじゃなかったって?」


「へぇ…」


 私が挑発するとレイファは楽しげに笑った。


「【造影】とはね。幻影の名を持つ私を相手に小癪な真似を」


「あいにく、こういう戦い方しか知らないのよ」


【幻影人形・巨人形態】が殴りつけたのは私の影だ。

 至近距離から【ファイアーボール】を撃った時、【幻影人形・鋼鉄形態】に阻まれてレイファはこちらの様子を見ることが出来なかった。

 その隙に【造影】を展開し、素早く物陰へ隠れたのだ。


「まあいいわ。【幻影人形・深淵形態】」


 レイファの右手からもくもくと黒いもやのようなものが生み出される。

 それはどんどん広がっていき、部屋中を満たした。


「…見えない」


 ただ光がないだけの暗闇とは違い、もやという物質によって目の前がふさがれているため【暗視】が通用しない。


「【幻影人形・鋼鉄形態】」


 幻影人形を生み出す詠唱が聞こえる。

 しかし気配がないので場所を察知することが出来ない。

 捜索の際は助けになった気配のなさが、ここでは大きなピンチを招いた。


「今度は逃げられないわよ」


 勝利を確信したレイファの声が響いた時、私の頭の中に雪山の光景がフラッシュバックする。

 猛吹雪で目を開けられず息もできずに立ち往生した記憶。

 そして今も、もやに視界を奪われどこから来るか分からない攻撃に動けずにいる。

 あの時は【ファイアーボール】で暖を解いてしのいだ。

 なら今回も…


 ――【ファイアーボール】。


 空洞にするのは1秒もかからず出来るようになった。

 素早く中に入り込み、外側を出来るだけ固く強化する。

 さらにもう一回り小さな【ファイアーボール】を展開し、二重の防壁を作り出した。

 そして【忍耐】を発動し、あとは運を天に任せる。

 サイズに対して限界ギリギリまで密度を高めた私の【ファイアーボール】と、レイファの生み出した【幻影人形・鋼鉄形態】。

 どちらが強固かの勝負だ。


「【鋼鉄の拳骨】!!」


 私の背後に重いパンチが撃たれた。

【ファイアーボール】の壁とぶつかり合い、びりびりと空気を震わせる。

 もろに食らったら即死するレベルだろう。

 このまま受け続けたら防壁を突破されてしまうかもしれない。

 しかし私にとっては、ほんの数秒立ててくれるだけで十分だった。

 炎の壁を突き破らんとする拳の生み出したくぼみが、【幻影人形・鋼鉄形態】の位置をはっきりと示している。


「…っ」


 サイズを小さくすることで【ファイアーボール】の密度をもっと上げることが出来る。

 拳骨くらいの大きさにとどめて密度と重さ、スピードを上げたその威力は、二重の防壁を突き破って【幻影人形・鋼鉄形態】を貫通するには十分すぎた。


「【離散】」


 レイファの声に応じてもやが晴れた時、部屋の真ん中には無傷の私が平然と立っている。


「…っ!!」


 苦々し気な視線が私に注がれる。


「どうやって生き残ったのよ…」


「【ファイアーボール】で防いだ」


 そう言って、私は空中に【ファイアーボール】を浮かべた。

 そしてそれを勢いよく放つ。


「【幻影人形・鋼鉄形態】。それは効かなかったでしょう?」


「そうね。それは分かってる」


【ファイアーボール】は防がれたが、それは計算のうちだった。

 レイファの気をそらしさえすればそれでいい。


「勝った」


 私はレイファを正面から見据えて勝利の笑みを浮かべた。

 その瞬間、彼女の()()()を私の拳が襲う。


「がはっ!!」


 顔から地面に倒れこむレイファ。


「馬鹿な…何が…」


 彼女の振り返った先に、冷たい目をしたもう1人の私が立っていた。


「どういうこと…ただの【造影】じゃなかったの…」


「【造影】だよ」


「…え?」


 要はこれも密度の話なのだ。

 初級スキルの【ファイアーボール】が密度を高めることで強固な防壁となったように、【造影】で生み出した影だって強烈な拳を生み出せる。

 あとはその影をイメージ通りに動かせるかだが、これも【ファイアーボール】の訓練でコツを体得していたためすぐに行えた。


「…負けたわ」


「そう。ならこれ以上はやらない。聞きたいことが多いしね」


 私は全ての攻撃手段を収め、レイファに質問した。


「まずは…《定理の七官》って何なの?」


 体勢を立て直してその場に座ってからレイファが答える。


「《定理の七官》は、青血連盟に存在する21人の幹部の中で理を保つ役目を果たす7人よ」


「理を保つっていうのは?」


「そのままの意味。この世界には定められた理がある。それを破壊する者を始末するのが私たちの仕事」


「よく分かんないけど。それで、私は理を破壊する者だった?」


 《定理の七官》を倒したということは、理を破壊したことになるのだろう。

 そう考えていたが、意外にもレイファは首を横に振った。


「現時点において、あなたは定められた理に調和して動いている。理を破壊する者ではないわ」


「あなたに勝ったのも定められた理?」


「そうとも言えるわね」


 定められているという「理」がよく理解できない以上、何が調和で何が破壊なのかは分からない。

 しかし、少なくともレイファは負けたことに満足しているようだった。

 ひょっとして手加減でもしていたのだろうか。


「もしあなたが理を破壊する者だと疑われた時は、また《定理の七官》がやってくるでしょうね」


「あなたが?」


「さあね。ただ1つ言えるのは、理を保つことと不変は異なるということ。何らかの変革が理に定められている場合、その変革を防ぎ不変を保とうとするのは《定理》とは言えないの」


「やっぱりよく分からない」


「じきに分かるわ」


 そう言うと、レイファは立ち上がって服のほこりを払った。


「どこかへ行くの?」


「私はこの森を去るわ。あなたに話すことはこれ以上ないから。最後にこれをあげる」


 レイファが手渡してくれたのは、ずいぶんと古びて茶色くなった1枚の紙だった。


「ここからミーア湖へ向かうルートが示された地図よ。その通りに進めば、2日くらいでつけるはず」


「何だか…ありがとう」


「いいのよ。また会いましょうね」


 微笑みながら手を振って、レイファは去っていった。


「さて…」


 私も遺跡を出てミーア湖へ向か…わない。

 下で人間ではない何かの気配がする。

 ネズミか何かだろうが、下に生き物が住める空間があるということだ。

 しかしさらに下の層へ向かう階段はなかった。


「何か隠されてるかもね」


 私はもらった地図をしまい、地下への道を探し始めた。

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