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4話 嘲笑と拒絶

 私は必死の思いで何とか足を動かし、再び逃走を開始した。

 涙で視界が霞む。

 それでも、懸命に腕を振って走り続ける。


「ルジー、これからどうするの?」


「アン王国にはもういられません。ウィース王国へ逃亡します」


「ウィース?」


 私は耳を疑った。

 ウィース王国とアン王国は、険しい雪山で隔てられている。

 頂上付近では常に雪が降っていて、非常に過酷な環境だと聞いたことがあった。


「なぜウィースなの?例えばエカテート王国なら、山を越えずに行けるでしょう?」


 私が提案すると、ルジーは首を横に振った。


「あそこも政局が不安定なのです。亡命者が安全に暮らせる国といえば、近くではウィースしかありません」


 ルジーがそう言うのなら、そうなのだろう。

 少なくとも、私はルジーより長く牢獄にいた。

 世間のことについては、ルジーの方が分かっている。


「もちろん、私たち2人で山を越えるのはかなり厳しいものがあります。しかし王都がこの状況なら、ウィース出身の商人たちは故郷に帰るはずです。彼らなら山越えのコツを知っています。何とか探し出し、同行させてもらうつもりです」


「なるほど」


 それなら、いくらか危険度は下がるだろう。


「そろそろ王都から離れましたね。少し、休憩を取りましょうか」


 ルジーが足を止める。

 私はほっとして、その場に崩れ落ちた。

 正直、走るのはもう限界だったのだ。


「ここで休みつつ、誰かが通りかかるのを待ちましょう」


「そうね」


 私は呼吸を整えてから、自分とルジーに【ヒール】を使った。

 体の痛みや疲れが和らいでいく。


「不思議とポカポカしてきました。これはいったい…」


「【ヒール】を使ったのよ。どう?疲れは取れた?」


「はい。しかしリリアナ様、なぜ何の前触れもなくスキルが使えるのです?」


「前触れって?」


「スキル名の詠唱や、発動に必要な動作があるはずです。指南書にも書いてあったでしょう?」


 確かに、指南書にはスキル発動の条件が書かれていた。

 例えば【ファイアーボール】なら、スキル名を詠唱すると同時に撃ちたい方向へ手のひらを向け、腕を勢いよく突き出す動作が必要だ。


「確かに最初は詠唱も動作もやってた。でも、あの動作って結構目立つのよ。音も出てしまうし。だから、とにかく動作を小さく小さくしていって今の状態にたどり着いたの」


「訓練なされたのですね…」


「他にやることがなかったしね」


 寝る時以外はずっと訓練していたと言っていい。

 指南書片手に食事を取り、水浴びも【ウォーターボール】で済ませた。

 そして残りの時間は、ひたすらにスキルの精度を上げ続けたのだから。


「今のあなた様なら、冒険者として十分やっていけますよ」


「ありがとう」


 自分の力がどれくらいか、まだはっきりとは分からない。

 けれども、ルジーのお墨付きをもらえたのは素直に嬉しかった。


「あ、リリアナ様あれを」


 ルジーが暗闇の向こうを指さした。

 目を向けてみると、いくつかの光が揺れ動いている。

 光は少しずつ、こちらへ近づいているようだった。


「ウィースに向かう者かもしれません。声を掛けてみましょう」


 旅の一団が私たちの目の前に差し掛かったところで、ルジーが声を掛ける。


「すみません。少しよろしいですか?」


「ん?誰かいんのか?」


 先頭を歩く男が、明るいランプでこちらを照らした。

 まだ光に目が慣れておらず、めちゃくちゃ眩しい。


「王都から逃げて来たのですが、ウィースに向かいたいのです。もし目的地が同じでしたら、同行させていただけないかと」


 ルジーの言葉に、男は腕組みをしてうなった。


「確かに俺たちはウィースに向かうけどよ。お前たちは老人と女だろ?雪山も越えなきゃなんねえし、足手まといになられると迷惑なんだよな」


「そこを何とか。きちんとついていきます」


「すでに結構な人数なんだよな。あんまり一団が大きくなると、山越えが難しくなる。もしお前らが護衛できるってなら、連れてってやったんだけどな」


 男の口調からは、「無理だろうけどな」という気持ちが感じられた。


「ルインさん。あんまり意地悪言わないで連れてってやったらどうです?」


「黙ってろ、ジズ。俺たちに余裕がないのは、お前も分かってんだろ?」


 助け舟を出してくれたジズという男は、睨みつけられて黙ってしまった。

 そんな中、ルジーは私の方に視線を送ってからルインに言う。


「護衛でしたら、こなせるかもしれません。あの方は女性ですが、かなりの訓練を積んでいます」


「ほう」


 ルインは私をじろじろと見てから質問した。


「一番得意な攻撃スキルは?」


 一番得意…か。

 攻撃スキルはいくつか習得したが、熟練度で言えば【ファイアーボール】と【ウォーターボール】が一番だ。

 最初に習得して、ずっと練習しているし。


「【ファイアーボール】と【ウォーターボール】です」


「ぶはっ!!ははははは!!あっはっはっは!!」


 私の答えに、ルインは大声を上げて笑った。


「本気で言ってるのかよ、おい。自信満々に何を言うかと思えばよ。やっべ、笑い止まんね」


 ルインの笑いは、一団全体に伝染した。


「話になんねえ。行くぞ」


 ルインの合図で、一団は再び歩き出す。

 ルジーが必死に訴えかけた。


「お待ちください!!確かに初級スキルではありますが、実際に見てみないことには…」


「あのなジジイ」


 ルインはその大きな体でルジーの前に立ち塞がると、馬鹿にした笑いを含みながら言った。


「雪山は生きることを許さない険しい世界だ。そんな過酷な環境でしぶとく生きてるモンスターを、初級スキルの【ファイアーボール】で倒す?馬鹿なこと言ってんじゃねえよ、カスが」


「ですが…」


「うるせえ」


 なおも食い下がろうとしたルジーを、ルインは思いっきり突き飛ばした。

 そしてこちらを見ることもせず、一団を引き連れて去っていく。


「ルジー!!大丈夫!?」


「ご心配には及びません」


 念のため、ルジーに【ヒール】を使った。


「誰も彼も、突然の事態に余裕をなくしているようです。雪山の手前までは、私たち2人で行くことにしましょう」


 そう言って、ルジーは大きなため息をつく。

 少しずつ、辺りが明るくなってきた。

 太陽が昇り始めたようだ。

 これを希望の光だと思いたいところだが、どうやら道のりはかなり険しいらしい。

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