38話 幻影
「ふう…少し休憩するか…」
かなり歩いたし、太陽が高く昇って日差しもきつい。
私は手ごろな木陰に避難して水を口に含んだ。
「結構日差しあるな…。帽子を持ってくるんだった…ってわあぁあ!?」
私は慌ててその場から飛びのいた。
1体のグリーンウルフがこちらをじっと見つめている。
全く近づいてくる気配を感じなかった。
たかが低級モンスターが私の【気配察知】をすり抜けられるはずがないのに…。
「…っ」
突然の出現に驚いたとはいえ、相手は所詮グリーンウルフ。
私はすぐに気を取り直して【ファイアーボール】を撃った。
無音の攻撃が間違いなく脳天を捉える…はずなのに。
【ファイアーボール】が命中したはずのグリーンウルフは、ぐらっと揺れたと思うと消え去った。
そして数メートル先にふらりと現れる。
「…っ…っ」
陽炎のように現れては消えるグリーンウルフを攻撃し続けるが、一向に手ごたえがない。
私が戸惑っているうちに、グリーンウルフは【ファイアーボール】の射程圏外へ行ってしまった。
選択肢は2つ。
特に危害を与えてくる気配のないモンスターは無視して先へ進むか、進路は外れるがこの奇妙な現象を追いかけるか。
数十秒の思考の後、私は自分の好奇心に負けた。
印をつけながら追えばきっと迷わない…はず。
それに迷ってもまた太陽をあてにすればいい。
どんな時にも太陽は東から登って西に沈むのだから。
「…っ」
グリーンウルフに近づいて【ファイアーボール】を放つと、当たったはずの体が揺らいで少し先に現れる。
延々とそんなことを繰り返していたら、突如として大きな遺跡が出てきた。
「何だこれ…」
明らかな人工物だ。それもかなり古い。
崩れた外壁に空いた穴の前にずっと追いかけてきたグリーンウルフがいた。
じっとこちらを見つめているが、攻撃してくるわけではない。
かといってこちらの攻撃も当たらない。気味が悪い。
ふと、【ファイアーボール】を撃っていないのにグリーンウルフが消えた。
しかし消えたから元の道に戻ろうとなる私ではない。
魔境の森にこんな遺跡を見つけて入らずにはいられなかった。
【消音】や【忍び足】などを駆使して遺跡の中に忍び込む。
外観はボロボロだが、内部は不自然なほどきれいに保たれていた。
「おいで。こっちよ」
「…っ」
突然聞こえた声に反応し、私は【ファイアーボール】で壁を破壊する。
「ようこそ」
崩れた壁の向こう側に、全身を紫色の衣装で包んだ女が両腕を広げて立っていた。
「リリアナ・アルミ―でしょ?」
囁くような女の声。
なぜ私の名前を知っている…?
「あなたは誰?」
女はクスリと笑ってから、被っていたフードを取ってその顔を見せた。
紫色の長髪がこぼれる。
「私の名前を知りたい?」
「とっても」
もったいつけるように深く息を吐いてから、女はようやくその名と身分を明かした。
「私は青血連盟《定理の七官》第七位、幻影のレイファよ」
「青血連盟…」
エカテート王国に拠点を置く秘密結社であり、アン王国を崩壊させた元凶。
私から家族と平和な暮らしを奪った組織のメンバーが、どうしてこんなところにいるんだろう。
「何が目的なの?」
「私の役目は#理__ことわり__#を定められた通りに保つこと。果たしてあなたが理を壊す異端なのか見定めさせてもらいたいの」
「簡単に言えば、私と戦いたいってこと?」
「理解が早くて助かるわ」
レイファの雰囲気がガラッと変わった。
しかし負ける気はしない。
「…っ」
至近距離で放った【ファイアーボール】がレイファの腹部を撃ち抜く。
しかし、その体はグリーンウルフと同じように揺らいで消失した。
私しかない部屋にレイファの声だけが響く。
「言ったでしょう?私は幻影のレイファ。本体はそこにはいないわ」
「どこにいるのよ」
「さぁ?探してごらんなさい」
レイファの挑発に応え、私は遺跡の中で捜索を始めた。




