36話 森へ
手記を丹念に読み込み、私は冒険の準備を整えた。
ウィブロックによれば、シーニャとレグリーも結局消えてしまったらしい。
ミーア湖のほとりでキャンプを張っていた時、2人が見張りをやると言ってくれたので仮眠を取ったが、目覚めた時には荷物だけが残されていたそうだ。
ウィブロックはすぐさま荷物をまとめ、再び襲ってきた不快感と戦いながら命からがら森を抜け出したと書かれていた。
「装備よし。食料よし。水よし。必要なものはそろったな」
荷物の最終チェックを済ませ、私は宿屋を出る。
街の外でシオンさんが手配してくれた馬車が待っていた。
「よろしくお願いします」
「準備が出来たらお申し付けください。すぐに出発いたします」
御者を務めるのは、ルジーに雰囲気が似たあの執事だ。
私が荷物を積んで座ると、馬車は静かに動き始めた。
シオンさんやジークさんからは、青緑憐花の採取よりも自分の命を優先してほしいと言われている。
もとより無理などする気はないが、可能な限り奥まで進むつもりだ。
しばらく馬車に揺られ、とうとう目的地までやってきた。
降りて荷物を持った私の前に、金属製の高い壁が立ちふさがる。
あまりに高いせいで、向こう側にある森の様子は見えない。
「こちらを」
執事に渡されたのは、かなり特殊な形をした鍵だった。
「ご覧の通り、森の外側は金属製の壁で囲まれております。あちらにあるドアだけがこの森に入る唯一の道です。そしてそれがドアの鍵。お戻りの際には、鍵を閉めることをお忘れにならないようにお願いいたします」
「分かった」
鍵を差し込んで回すと、ガチャリと音がしてドアが開く。
私は大きく深呼吸してから魔境に足を踏み入れた。
「どうかご無事で」
後ろで執事が深々と頭を下げる。
その姿を一目見て、私はドアを閉じ鍵をかけた。
【気配察知】の結果、すぐ近くに危険はない。
呼吸がやや荒くなっているのは、緊張からか例の雰囲気によるものか。
少なくとも、先へ進む上で障害とはならなそうだ。
「さてと…」
人が立ち入ることを許されていない森に道などない。
とにかくまっすぐ進むだけだ。
コンパスで南の方角を確認し、ところどころで木に印をつけながら進んでいった。
ウィブロックが書いていた通り、時折ブラックボアーやグリーンウルフが木陰から飛び出してくる。
しかしそのはるか前に気配を察知しているため、あっさり撃退しながら歩いていた。
本来ならモンスターを倒すごとに解体して核晶を取り出すところだが、そんなことに時間を使っていられないので丸ごと焼き尽くしてしまう。
普段から派手に動き回って戦うタイプじゃないから、果たして動きが悪くなっているのか全く分からないな。
完璧に気配を察知しきっているところを見ると、森の雰囲気に呑まれてはいないと思うけど。
そんな調子で2時間ほど進んだころ、私は異変に気付いた。
印をつけようとした木に、もうすでに印がついている。
慌てて方角を確認すると、ぐるぐると針が回り続けて一向に北を差さない。
「うわ…」
唯一の道しるべだったコンパスが壊れ、さっき歩いた場所に戻ってしまっている。
森へ入って初日にして、私は迷子になってしまった。




