35話 冒険者ウィブロックの手記③
ミーア湖のほとりには、見たこともないたくさんの草花が生えていた。
そして驚いたことに、森に入ってからずっと私たちを苦しめてきたあの不快な雰囲気がなくなっていた。
これは決して、興奮のあまり感覚が麻痺したとかそういう話ではない。
間違いなくミーア湖の周りだけ雰囲気が違ったのだ。
モンスターの気配もない。
安全だと判断した私たちは、その場に倒れこんだまましばらく休んだ。
徐々に呼吸も落ち着き、私は猛烈な喉の渇きを感じた。
持っていた水では足りなかったため、ミーア湖の水を汲んでみる。
きれいな水であるのはその透明度を一目見れば分かったが、少し口に含んでみるとほのかな甘さを感じた。
その甘さが非常に心地よく、私は我を忘れて湖の水を飲んだ。
するとどうだろう。体に力が湧き上がってくる気がする。
この水には何か不思議な力があるに違いないと考えた私は、周りの草花も含めて直ちに調査を始めた。
この調査の結果は、考察と共に第三章でまとめてある。
唯一ここで取り上げたいのは、私が青緑憐花と名付けた花のことだ。
この花は湖の周りでも特に水分の多い場所を好み、日の出の直前10分間だけ花を咲かせる。
なぜ青緑憐花について取り上げるかといえば、これがシーニャの命を救ったからだ。
ミーア湖に到着した翌日の夜、シーニャは原因不明の高熱を出した。
咳が止まらず吐血もあった。
ミーア湖の水を温めて飲ませたが、一向に収まる気配がない。
症状は一晩中続き、とうとう日の出が近づいてきた。
そんな中、私の視界に青緑色で可憐な花が咲く。
私は吸い寄せられるように近づき、その花を摘んで煮出しお茶を作った。
それをシーニャに飲ませてみると、荒かった呼吸が落ち着き始め同時に熱も下がっていく。
太陽が昇るころには、何時間も続いた咳も止まった。
「今日はこれぐらいにしとくか…」
手記の写しを丁寧にしまい、私はベッドにその身を投げ出した。
ウィブロックの手記はまだまだ続く。
しかし、すっかり夜も更けて窓の外は真っ暗になっていた。
馬車での移動で疲れもあるため、今日はもう体を休めたい。
私はランプの灯りを消して、静かに目を閉じた。
頭の中では手記で呼んだことが渦を巻く。
森中を包むという不快な雰囲気。
訓練された冒険者たちの失踪。
異常に巨大化したグリーンウルフ。
不思議な力を持つミーア湖と青緑憐花。
どうやら、予想以上に危険と謎をはらむ依頼らしい。
ウィブロックの時代と冒険者ランクの基準が変わっていないとすれば、私と彼の実力は同じくらいだろうか。
Bランク冒険者のアーヴィンに勝っているから、私もそれくらいの力はあると考えていいと思う。
もちろん、彼が新人の私をなめていたというのもあるが。
一体森には何があるんだろう。
しばらくの後、私は考えるのをやめた。
生還したウィブロックですら、なぜ仲間が消えたのか分からないと言っているのだ。
実際に森へ行っていない私が、いくら想像を重ねたところで正解にたどり着けるはずがない。
もちろん、最優先すべきは青緑憐花を手に入れてノアの病気を治すこと。
しかしもしチャンスがあるなら、森の秘密を解き明かしてみたいと思う私だった。