34話 冒険者ウィブロックの手記②
私が見張りの時はもちろん、他のメンバーが見張りの時にもベリーダルがどこかへ行った気配はなかったという。
そうなると、ベリーダルが消えたのは彼自身が見張りだった時だ。
彼は6人のうち一番最後の見張り番で、夜明けの少し前から場所についていた。
それは前の当番だった私が交替時に確認している。
果たしてベリーダルはどこへ行ったのか。
付近を捜索しつつ昼ごろまで待ったが、結局彼は戻ってこなかった。
この森に入ると決めた時から、ある程度の犠牲を払う覚悟はできていた。
しかし、まさかここまで早い別れがこようとは思わなかった。
ベリーダルの身に何があったのか。彼が自らの意思で消え去ったのか、それとも何者かに連れ去られたのか。
この手記を書いている今でも分かっていない。
私たちはベリーダルの捜索を諦め、彼の荷物と共に置き手紙を残してキャンプ地を発った。
万が一彼が戻った時には、荷物を持って森を出るようにと記したのである。
私たちの進路は不確定ゆえ、追いかけたとしても追いつけるとは思えないからだ。
さらにこの一件を受け、見張りのシステムが見直された。
今までは1人ずつ行っていたものを、2人1組に変更したのだ。
全員の賛成を受けて決めたことだったが、これがあだとなる。
ベリーダルが消えた翌朝、今度はリアンとベルティが失踪していた。
状況は全く同じ。
見張りについた2人が消え、探しても見つからない。帰ってこない。
とうとう隊は、私とレグリー、シーニャの3人になってしまった。
シーニャはこれ以上の冒険続行は不可能と主張し、レグリーもそれに同意した。
しかし私は、どうしてもミーア湖を一目見たかった。
「夜間の見張りは全て自分がやるから、どうかもう少しだけ進ませてほしい。もし自分まで消えたら、探さずに即帰ってもらって構わない」と頭を下げ、もう3日だけ同行してもらえることになった。
ここまでひたすらに、誰かが消えた話を書いてきた。
もちろんモンスターとの戦いなどあったのだが、それが決して森の中でしか味わえぬ体験ではなかったため省略している。
というのも、生態系は他の森とあまり変わらなかったのだ。
唯一の違いといえば不快な雰囲気だけだった。
ただ3人になっての初日、森に入って5日目になって森はその姿を大きく変えた。
まず不快感が異常なまでに強くなった。
約束通り私は徹夜で見張りをしていたのだが、夜明けごろに呼吸が苦しくなり、太陽が昇るにつれてどんどん辛さが増していった。
他の2人も同じだったようで、誰も朝食を取ることが出来なかった。
それでも気力だけを頼りに体を起こし、ゆっくりと歩き始めたところで2つ目の異変が起きる。
見たことのないサイズのグリーンウルフが現われたのだ。
多くの人が、グリーンウルフと言われれば大型犬くらいで緑色の獣を思い浮かべるだろう。
しかし私たちの目の前に現れたそれは、普通の3倍はある怪物だった。
ただでさえ森の雰囲気で吐き気を催している中、そんな化け物と戦えるはずがない。
私たちは必死に走り、大きな歩幅で追いかけてくるグリーンウルフから逃げた。
どこに向かっていたのか、どちらが北か南かも忘れてひたすら逃げた。
唐突だが、これを読んでいるあなたは「運命」というものを信じるだろうか。
私はこの巨大なグリーンウルフに追われるまで、運命をあまり信じていなかった。
真っ向から否定していたわけではないが、自らの努力があれば運命などという因果はどうにでもなると思っていた。
しかし、無我夢中で走り続けてグリーンウルフを何とか振り切った時、私は初めて涙を流し血を吐きながら笑った。
運命の神様とやらがいるのなら、そいつは相当センスが良いみたいだと。
私たちが倒れこんだのは、間違いなくミーア湖のほとりだった。