32話 シオンの依頼
シオンさんは椅子を2つ持ってきて、私に座るよう促した。
自分もベッドの横に椅子を置いて座ると、娘の手を握りながら話し始める。
「私の妻は王都で薬学の研究をしている。そんな彼女から、ノアの病気を治せるかもしれないという手紙と一緒にこの手帳が届いたんだ」
なるほど。
奥さんの気配がなかったのはそういうわけなんだ。
「薬草の名前は青緑憐花。水分の多い環境を好み、日の出の直前10分間だけ花を咲かせるらしい。生息地として推測されるのは、イアリア領の最南端にあるミーア湖のほとりだ」
「場所が分かってるのに冒険者へ依頼するってことは…何か危険なモンスターがいるってことですか?」
「半分当たりといったところかな。ミーア湖は広大な森に囲まれているんだが、そこは人を寄せ付けない謎の森でね。魔境とでも言おうか。森に深入りして出てきた人は、歴史上を見ても数えるほどしかいない。情報が少ないだけに森の構造や生態系が分からず、ただ危険ということしか分からない」
「じゃあどうして、その森に青緑憐花があるって分かるんですか?」
「妻が過去の文献を色々調査した結果だよ。さっきも言った通り、森から生きて帰ってきた人は数えるほどしかいない。逆に言えば少しは生還した人がいるってことだ。その中の1人が、自らの手記の中でその成分を抽出した茶を飲んだ仲間の病気が治ったという趣旨のことを書いている」
青緑色の可憐な花。
青緑憐花なんて難しい名前の由来はそこか。
「危険を伴う仕事だし、青緑憐花の存在もあくまで推測の域を出ない。しかし現状ではこれ以外に可能性がないのも確かだ。どうか娘を助けるために、この森へ行ってみてはくれないだろうか」
「領主権限で命令…とかはしないんですね」
「当然だ。たとえ何かの権力があるとしても、それを乱用して人を苦しめてはいけない」
やっぱりこの人は良い貴族だ。
ウィース王国には、どこぞの王子に爪の垢を煎じて飲ませたい立派な人がたくさんいるな。
「やれるだけはやってみます。でも本当に私でいいんですか?運に助けられて多少の実績があるとはいえ、Dランク冒険者ですよ?」
「問題ない」
シオンさんは、はっきりと言い切った。
「ここのところ君の話はよく耳にしている。ジークからもリリアナは強いとのお墨付きがあったよ。それに、彼らは彼らでまた別の依頼があってね」
そこまで言われたらやるしかないな。
目の前で苦し気な呼吸をしている少女を見捨てるわけにもいかない。
「何か必要なものがあれば言ってほしい。全力を尽くして用意する」
シオンさんがそう言ってくれたので、私は何が必要かを考える。
まずは欲しかった装備を手に入れてしまおう。
俊敏さを活かすために軽さを重視し、かつ防御力の高い鎧。
恥ずかしいのでビキニアーマーはなしで。
それから生還者の手記。
写しでもいいので、森の中の状況が分かるものがほしい。
それを伝えると、シオンさんは必ず用意すると保証してくれた。
他にも何か経費がかかった場合、あとから請求すれば払ってくれるという。
どうやら私はかなり信頼されているようだ。
「手記の写しは王都にあるはずだ。即刻取り寄せるが、おそらく到着まで1週間はかかる。それまでにそのほかの装備も準備しよう」
「じゃあ、1週間後にまたきます」
「申し訳ないな。本来ならこちらから出向くべきなのだが、娘の面倒を見なくてはいけないからね」
どこまで謙虚なんだこの人。
アン王国の領主どもは、おごり高ぶった嫌味な奴らばっかだったのに。
「ちょうど報酬も運び終わるころだろう。食事を用意してある。みんなで食べよう」
そしてシオンさんは、ノアの頭を撫でながら言った。
「どうする?ノア。みんなで食べるなら車いすを持ってこよう。体調が良くないようなら、無理はしなくて大丈夫だよ」
「みなさんといただきます」
「そうか。じゃあ車いすを持ってこよう」
車椅子に乗ったノアとそれを押すシオンさんについて、私は食堂に入った。
数人のメイドがあわただしく食事の準備をしている。
エニーさんの料理に負けず劣らず素敵な香りだ。
「リリアナさん。隣に座っていただいてもいいですか?」
「もちろん」
私は車いすのまま食卓についたノアの隣に座る。
ほどなくジークさんたちもやってきて、私たちは和やかな食事のひと時を楽しんだ。




