31話 領主シオン・ラーケ
「それでね、その時にアーヴィンがお漏らししたのよ」
「へ、へぇ~」
「怖がりなのはずっと変わらないのよね」
領主の館がある街リカルに向かう馬車の中。
後ろを走る馬車に私とミリィさんが、前の馬車に残りの3人が乗っている。
領主様に会うということで、ミリィさんはビキニ―アーマーではなくちゃんとした服だ。
もちろん、私も一番ちゃんとした服を着ている。
アーヴィンの幼少期の話を聞きつつ、馬車で約1時間の移動の末に領主の館に着いた。
「冒険者の御一行様。お待ちしておりました。こちらへ」
ちょっと雰囲気がルジーに似ている執事に案内され、館の中に入る。
オインの街で一番大きいのが、数十人規模のパーティーが開ける冒険者ギルドだ。
しかし、この館はその何倍もある。
さすがは領主だ。
「領主様はもう間もなくいらっしゃいます。こちらでお待ちください」
私たちを広間に通し、机にお茶とお菓子を用意して執事は出ていった。
それから間もなく、扉が開いて領主が入ってきた。
向かいの席に着き、1人1人と目を合わせる。
「来ていただきありがとう。私は領主のシオン・ラーケです。とは言っても、ほとんどの方とは顔見知りだと思うけどね」
私以外、みんなが頷いている。
「初めましてリリアナ。シオンです」
シオンさんが立ち上がって握手を求めて来たので、私も立って机越しに手を握り返す。
「初めまして。ご招待に感謝します」
「そうかしこまらなくても大丈夫だよ。ぜひとも、あとでゆっくり話をしよう」
「ええ」
一応令嬢やってたおかげで、こういう上流階級の人と接するのは慣れている。
見た感じで良い貴族か嫌な貴族かも分かるが、シオンさんは良い人のようだ。
「今回の盗賊団掃討にはとても感謝しているんだ。彼らによる略奪行為の被害は、数えきれないほど報告が来ていた。対応に苦慮していただけに、これから奴らのことを考えなくて済むと思うと気が楽だよ」
シオンさんは本当にほっとしているようだった。
あいつら、相当な悪事を働いていたようだ。
「唯一の心残りといえば、【忠犬】を取り残したことくらいですな」
ジークさんが悔しげに言うと、シオンさんは笑って答えた。
「気にすることはないさ。立場は横並びでも、【忠犬】より【狂犬】の方が脅威は上だった。【忠犬】1人くらい、すぐに捕まるかどこかで野垂れ死ぬだろう」
その会話に私は違和感を覚えた。
ギノは明らかにデーブより強かった。
あの場で戦っていたとして、100%勝てたと自信を持って言えはしない。
可能性があるとすれば、ギノが本来の実力を隠していたということだろう。
「報酬の品はかなりの量になる。運ぶのを手伝ってくれ。執事が案内する」
私たちが立ち上がると、シオンさんは一言付け加えた。
「リリアナは残ってくれるかい?少し話があってね」
「分かりました」
というわけでジークさんたちは広間を出ていき、私とシオンさんだけが残される。
「それで話って何ですか?」
「そうだね。君は超大型の新人だと聞いたが、それは本当かい?」
「自分で言うのは恥ずかしいですけどね。それなりの力があるのは自負しています」
「頼み事があるんだ。ついてきてくれ」
シオンさんについていくと、3階にある部屋に通された。
中央の大きなベッドに少女が横たわっている。
時折、ケホケホと咳をしていた。
「お父様…。そちらの方は…?」
「前に話した冒険者のリリアナだよ」
「ああ…あなたが…」
少女は体を起こすと、かすれ気味のか細い声で自己紹介した。
「私はノア・ラーケです。どうぞよろしくお願いします」
「娘なんだが、見ての通り病気にかかっている。難病でどんな医師もどんなスキルも治せなかった」
「私は医者じゃないし、そんな病気を治せるスキルも持ってないですよ?」
「それは分かっている」
シオンさんは胸元から一冊の手帳を取り出すと、最初のページを開いて見せてくれた。
緑の葉に青い花を咲かせた、きれいな花の絵が描かれている。
「頼み事というのは、この薬草を採ってきてほしいということなんだ」
シオンさんの目は、何としても娘を救いたいという決意に満ちていた。