23話 赤犬盗賊団首領ザグマイト
首領ザグマイトを筆頭に、赤犬盗賊団のメンバーが合計で12名。
対するこちらは、Gランクの新人冒険者が1名。
おまけに、周りをきれいに囲まれた。
戦局は絶望的だ。
「おい、てめえら」
ザグマイトは目線を私から外さずに部下たちへ告げる。
「手出しすんじゃねえぞ。親父の形見を汚したこいつは、俺がこの手で潰す」
その言葉に、盗賊団たちは構えていた武器をおろした。
これで状況は1対1。
しかし私の不利な状況は変わらない。
何せ相手は二大盗賊団の頂点に立つ屈強な大男。
――『今お前は、絶対に勝てないと思ってるだろ?』
ふと、頭の中にジークさんの声が響いた。
何で急にこの言葉を思い出したんだろう。
確かこれを言われたのは、アーヴィンに勝負を挑まれた時。
私は、相手はBランクでしかも幹部だから勝てないって感じで答えたんだ。
そしたらジークさんは…
――『まずはその思い込みを取っ払え。戦闘において重要なのは肩書きじゃない。集中して相手を見極めろ』
そうだった。
この言葉のおかげで、最終的に勝利できたんだ。
集中して相手を見極める。
向こうが怒り狂って睨みつけてくるなら、こちらは冷静に見つめ返す。
大事なのは肩書きじゃない。
「死ね!!」
ザグマイトが大剣を振り下ろすが、私はそれを完璧に見切った。
続けざまにやってきた下から突き上げるような攻撃も、しっかりとかわす。
しかし、狭い洞窟の中ではスペースがない。
俊敏さを武器にしようにも、思ったように動き回れないのだ。
「せめてこいつらがいなければ…」
周りを囲んでいる盗賊たちを排除すべく、まず私は【目くらまし】を使った。
ザグマイトの視線が私から外れたすきに、質量を重くした【ファイアーボール】を連射する。
全部で11発。それも手下たちの頭を狙って。
重い一撃を受け、うめき声を上げながらバタバタと倒れていった。
もちろん殺しはしないが、気絶して当分動けなくなる程度には強い攻撃だ。
これで動き回れるし、ザグマイト1人に集中できる。
「おもしれえじゃねえか」
今までひたすらに怒っていたザグマイトが、ここへきて初めて笑った。
「いつの間にやら俺の部下たちが気絶してやがる。さっきの煙といい、詠唱は聞こえねえし激しく動いた感じもしねえ」
ザグマイトは笑みを絶やさず、大剣を構え直した。
「親父の形見も大事だが、シンプルに俺はお前と戦ってみてえ。真剣に殺し合おうぜ」
「残念だけど、私は殺しには興味ないの」
職業は【暗殺者】なんだけどね。
あくまでも適性があるってだけで、実際に人を殺すなんてごめんだ。
「きれいごと言ってっと死ぬぞ。こっちは何人も殺してんだ」
殺意の宿ったザグマイトの目を、私は正面から睨み返した。
筋力Fでも気力S。気持ちと根性では絶対に負けられない。
「俺は殺しにいく」
「なら私は、殺さないよう手加減してあなたに勝つ」
来た。
この感覚だ。
アーヴィンと戦った時に味わった、絶対に勝てないという消極的な自信が揺らぐ感覚。
どんな相手と対峙していても笑えるだけの、心の余裕が生まれる。
「【ブレイドダンス】!!うおおおおおおりゃあああああ!!」
鼓膜が破れそうになる大声を上げて、ザグマイトが斬りかかってくる。
それを合図に、新人冒険者と盗賊団首領の真剣勝負が始まった。
【ブレイドダンス】というその名の通り、まるで踊っているかのような切れ目のない攻撃が襲ってくる。
一撃一撃が重そうだが、それと同時に次の攻撃への転換が滑らかだ。
ザグマイトはただ体が大きくて力が強いだけでなく、柔軟さとスピードも兼ね備えているようだ。
それでも、剣との戦い方はアーヴィン戦で学んでいる。
まずは【目くらまし】で…
「その手は食わねえぞ。【ウィンドボム】!!」
ザグマイトは、私が発生させた煙を爆風で吹き飛ばした。
煙の晴れた先には何もない。
本当は【造影】を使ったのだが、それで生み出した影すら吹き飛ばされてしまったのだ。
囮作戦が失敗し、私は背後へ回り込みきれていない。
「逃がすかっ!!」
視界の端で私を捉え、ザグマイトが体の向きを変える。
「【加速】!!」
向こうに合わせて私も【加速】を使い、攻撃を次々にかわす。
それと同時に【ファイアーボール】を撃つのだが、完璧によけられてしまった。
「詠唱がないと反応が遅れるが、しっかり目で捉えられてるぜ」
え?見えてるの?
詠唱なし、予備動作なしで放った【ファイアーボール】が、至近距離で見切られる?
「俺の動体視力なめんなよ」
まさかのスキルですらなかった。
でも問題ない。
「じゃあ、見えない攻撃ならどう?」
「なんだと?…ぐはぁっ!!」
ザグマイトの左肩から右腰にかけて血が噴き出す。
続いて右肩から左肩にかけても傷ができた。
突然やってきた痛みと十字の傷に、ザグマイトの動きが止まる。
何てことはないただの【鎌鼬】だ。
しかし、もともと軌道が見えない【鎌鼬】を【無詠唱】【無動作】で撃たれて避けろというのは無理な話だ。
ザグマイトが私レベルの【気配察知】を持っていたら話は別だけどね。
「降参する?」
アーヴィンなら、ここですかさず土下座するか逃げるかするが…
「誰がするかこの野郎!!」
ザグマイトは諦めが悪かった。
血を流しながら突っ込んでくるが、私の目の前でばたりと倒れる。
無防備になった後頭部がびちょびちょになっていた。
「水って意外と重いからねぇ」
傷を負って冷静さを欠いたザグマイトは、私が背後に展開した【ウォーターボール】に気が付かなかった。
密度と質量を高めた【ウォーターボール】には、鈍器で殴られたくらいの威力がある。
それを不意に食らっては、さすがのザグマイトも立っていられなかった。
「どう?さすがに降参?」
「…」
「お~い」
「…」
返答がない。
重い体をひっくり返してみると、白目を剝いて泡を吹いていた。
「ありゃ。気絶しちゃったか」
ピクリとも動かない12人の男を前にして、私は静かに勝利宣言を上げた。
「あ、勝てた」




