10話 ユキグマ
ジズと話している最中に、何かが近づいてきているなとは感じていた。
まさか、血みどろ事件の犯人がやってくるなどとは思わなかったけれど。
ユキグマがその姿を現す。
その名の通り雪のように真っ白な毛だが、ところどころが赤く染まっている。
返り血を浴びたのだろう。
口の周りが赤いのは…考えないでおこう。
「まずい…終わった…死んだ…」
ジズがぼそぼそ呟きながら、ガタガタと震えている。
そんなジズとルジーを後ろにかくまい、私はユキグマと対峙する。
相当大きいな。
今は4足歩行の状態だが、それでも私の身長くらいある。
立ち上がったら、3メートルは余裕で超すだろう。
「ジズ、ユキグマの弱点は?」
「そんなものありませんよ…。ユキグマはこの過酷な雪山で、生態系の上位に位置するモンスターですから」
ジズに聞きつつ私も注意深く観察したが、確かに弱点らしき場所は見当たらない。
弱点がないなら、相手の武器を潰すしかないか。
「ジズ、あいつの武器は爪?」
「そうです」
前足2本、特に右前足の爪の周りは特に赤黒くなっている。
ユキグマが攻撃するとしたら、ここを使ってくるはずだ。
「大丈夫、勝てる」
巨大なクマを目の前にしても、不思議と勝てるイメージしか湧かない。
まず狙うは右前足。
だらりと下におろしたままの左手から、無詠唱・無動作で【ファイアーボール】を放つ。
私の顔を睨みつけていたユキグマは、この無音攻撃に気がついていない。
静かに、【ファイアーボール】がユキグマの足を貫いた。
「ゴガッ!!」
突然の攻撃に、ユキグマが体勢を崩す。
その隙を、もちろん私は見逃さない。
今度は右の後足へ【ファイアーボール】を撃つ。
完全にバランスを失ったユキグマは、真横に倒れこんだ。
しかし、まだ足を封じただけ。
とどめを刺さなくてはいけない。
私はユキグマの脳天めがけて、速度の遅い【ウォーターボール】を撃つ。
しかしこれは囮。
同時に上へ【ファイアーボール】を放ち、洞窟の天井で跳ね返らせる。
ユキグマは【ウォーターボール】に気を取られ、倒れたまま必死に体をよじって避ける。
しかしその上から、天井に跳ね返った【ファイアーボール】が襲った。
―加速。
心の中で念じれば、【ファイアーボール】の速度が上がる。
ユキグマは避けられない。
「ゴガァァァァ!!」
1つ大きな鳴き声を上げた後、ユキグマはピクリとも動かなくなった。
「た、倒したんですか…?」
「案外、呆気なかったね」
私はジズを振り返り、グーサインを出した。
「いったいどうやって…。ユキグマの鳴き声以外、何も聞こえなかったですが…」
「あれ?聞いてなかったの?」
私は自慢げに笑って言った。
「私の得意なスキルは【ファイアーボール】と【ウォーターボール】だって言わなかったっけ?」
「初級スキルでユキグマを…?ありえないです…」
驚くジズの後ろで、ルジーが私へグーサインを出してみせた。
「あの時の非礼をお詫びします。そして、助けていただきありがとうございました」
ジズは無理に体を動かし、私に土下座する。
「ちょっ傷開くから!!」
私は慌ててジズを寝かせた。
「本当に申し訳ありません…」
なおも詫びるジズ。
さすがに、ちょっとかわいそうになってきた。
ルジーを突き飛ばしたのはルインだし、ジズは一瞬でも助け舟を出してくれたわけだし。
「まあいいよ。そんなに謝らなくて」
「何と優しい…」
感動するジズと不満げなルジーを尻目に、私は【ファイアーボール】でユキグマを火葬した。