1話 婚約破棄
「リリアナ・アルミ―!!ただいまをもって、貴様との婚約は破棄する!!」
広間に響く、アン王国王子フラントの声。
周りの者たちはあらかじめ知らされていたのか、驚くことも理由を尋ねることもない。
私だけが、王子へ問いかけた。
「どうしてですか!?なぜ私との婚約を…」
「お前が勝手に王宮の金を浪費しているという情報が入っている!!確かな証拠もあるんだぞ!!」
「そんな…でも…」
全く身に覚えがない。
なおも食い下がろうとする私を見て、王子は衛兵に命じた。
「この裏切り者を地下牢へほうり込め!!」
「お待ちください!!王子様!!」
必死の叫びもむなしく、私は両サイドから屈強な男に抱えられた。
「いやあああああ!!」
王宮の地下牢。
そこは、入ったら2度と出てこられない最悪の牢獄だ。
冤罪でそんなところに囚われるなんて、たまったもんじゃない。
必死にあがいたが、普段から訓練を積んでいる男2人に抗えるはずもなく、私は地下牢の独房に放り込まれた。
目の前でガシャンと音を立てて扉が閉められ、しっかりと鍵が閉められる。
私はへなへなと、地面に崩れ落ちた。
「噓でしょ…どうして…どうして…」
真っ当に生きてきた。
16で王子の婚約者に選ばれ、それから王宮でその立場にふさわしく暮らしてきた。
何一つとして、こんな仕打ちを受けるような汚点はない。
「誰か…誰か助けて」
必死に扉を叩くが、もちろん反応などない。
暗闇の中、独りぼっちで私はうなだれた。
投獄されてから数時間後、いきなり扉が開いた。
突然射し込んだ光に顔を上げると、トレーを持った男性が立っている。
「リリアナ様」
しわがれた男の声に、私は聞き覚えがあった。
「ひょっとして、ルジー?」
「いかにも」
ルジーは私に使えてくれていた老執事。
いつでも完璧に仕事をこなす、信頼のおける執事だ。
彼なら、私を裏切ったりしないはず。
心の中に、希望の光が射し込んだ。
「助けに来てくれたの?ここから出してくれるの?」
「いえ、それは出来ません」
「そんな…」
私は再びうなだれた。
その様子を見たルジーは、慌てて説明する。
「リリアナ様、私が裏切ったなどと思われないでください。必ずお助けいたします。しかし、今はタイミングが悪いのです」
「タイミング?」
「はい。リリアナ様は囚われたばかり。今は監視も厳しく、私も食事を届ける以外は近づけないのです。地下牢に入る前と後には厳しくチェックされるため、あなた様をお連れすることはできません」
ルジーは跪いて目線を私と合わせ、しわがれながらも力のある声で誓った。
「必ずチャンスが来ます。その時には、何に代えてもリリアナ様をお助けします。お辛いとは思いますが、どうか今しばらくのご辛抱を」
「…分かった」
ルジーを信じるほか、生きる道はない。
今は彼に賭けるしかないのだ。
「必ずよ」
「はい、必ず」
ルジーは食事の入ったトレーを置き、扉を閉めて去っていった。
日に3度、ルジーは食事を届けに来る。
2週間がたったころ、ルジーは昼食と共に本とランプを持ってきてくれた。
「…これは?」
「監視の目を盗んで持ってまいりました。牢獄は退屈でしょう。小さな本くらいのサイズであれば、こっそり持ち込むこともできそうです」
実際、真っ暗闇の中で何もやることがないと気が狂いそうだった。
本とランプがあれば、少しは時間がつぶせる。
「ありがとう。頼めば、どんな本でも持ってきてくれる?」
「サイズにもよりますが」
「戦闘スキルの指南書は?」
「小さなものなら可能ですが…。どうされるんですか?」
「勉強するのよ」
仮にルジーが助け出してくれたとしても、この国で暮らしていけるとは考えにくい。
国外への逃亡は避けられないだろう。
どの国でも通用する仕事として、真っ先に浮かんだのは冒険者だ。
戦闘スキルを用いて依頼をこなし、報酬をもらう。
危険ではあるが、他の国でも確実に需要があるはずだ。
「お考えは大体分かりました。初心者用の指南書を持ってまいりましょう」
「ありがとう」
ルジーは約束通り、夕食の時に指南書を持ってきてくれた。
「この本には、初級スキルの【ファイアーボール】【ウォーターボール】【ヒール】の習得方法、使用方法が書かれています」
「まずは基本からってことね」
「くれぐれも、派手にスキルを使うことのないようにしてください。もしこのことがバレれば、リリアナ様にも私にも危険が及びます」
「分かってる。ありがとう、ルジー」
「では」
カサカサのパン、水と共に置かれた、一冊の小さな本。
口の中の水分をパンに奪われつつ、私はページをめくる。
まずは【ファイアーボール】か。
攻撃スキルの初歩の初歩だな。
「やるぞ~」
私はパンをすべて水で流し込むと、指南書の熟読を始めた。
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