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うっかり親友の性別を変えてしまいまして

作者: 燦々SUN

郷田(ごうだ)先輩! 好きです! わたしと、付き合ってください!」


 中学の卒業式。校舎裏で後輩の可愛い女生徒に告白される。

 男なら、誰しも一度は憧れるシチュエーションかもしれない。

 だが、俺は……


「……ごめんな」

「っ!」

「気持ちは嬉しい。だけど……俺は、お前とは付き合えない」

「っ、そ、う……ですか。……いえ、最後に気持ちを伝えることが出来て、よかったです」


 唇を引き結び、顔がゆがむのをぐっとこらえて笑みを浮かべる後輩。その健気な姿に、俺の心もずきりと痛む。


「本当に、ごめんな……」

「いえ、こんなタイミングでなんですけど……郷田先輩、ご卒業おめでとうございます!」

「……ああ、ありがとう」

「っ、それでは!」


 笑顔でお祝いの言葉を告げると、後輩はパッと素早く身を翻して駆け去っていく。

 胸の痛みと共にその背中を見送ってから、俺もゆっくりと振り返り、その場を後にした。


「あ、武彦(たけひこ)

璃玖(りく)……わざわざ待っててくれたのか?」


 正門へと続く並木道に戻ると、親友が気遣わしげな笑みを浮かべながら近寄って来る。


「話は終わった?」

「ああ……」

「そっか。じゃあ……帰ろっか」


 俺の表情から、大体何があったのかは察してくれたのだろう。

 璃玖は余計なことは一切言わず、何事もなかったかのように提案してくれる。その親友の気遣いが、今の俺にはとても有り難かった。


「ん、じゃあ帰るか」

「うん」


 親友と共に、慣れ親しんだ学び舎を後にする。


「4月からは僕らも高校生か~……なんか、実感湧かないね」

「そうだな。まあだいぶ環境は変わるだろうし、いざなってみたら嫌でも実感が湧くだろ」

「ん……そうだね」


 他愛もないことを話しながら、家路を辿る。

 璃玖は表に出さないようにしてくれているが、なんとな~く先程の一件を気にしているのは分かった。俺自身、いつまでも変に気を遣われるのも嫌だったので、あえて軽い雰囲気で口を開く。


「いやぁ、それにしても俺が女子に告白される日が来るとはな。ビックリしたぜ」

「あ、やっぱり告白だったんだ……」


 俺の言い方に微苦笑を浮かべながら、璃玖は少し遠慮がちに訊いてきた。


「その感じだと……断ったの?」

「……まあな」

「そっか……理由とか、訊いてもいい?」

「……」


 璃玖の質問に、俺は言葉に詰まる。すると、すぐさま璃玖が「まあ、いろいろあるよね」と話を断ち切ってくれた。


(やっぱり、いい奴だよなぁ)


 しみじみと思いながら、俺は璃玖を横目で見遣る。

 いかつい俺と違って、全体的に華奢な体躯。制服を着替えれば、普通に美少女で通用しそうな中性的な容姿。

 その横顔を見ているだけで、俺の中に温かくも激しい火が宿る。


 そう……俺はこの親友に、道ならぬ思いを抱いていた。


 告白を断ったのもそのためだ。我ながら、男同士なんて不毛だしどうかしてると思う。

 でも、好きなのだ。気付いたらどうしようもなく心惹かれていたのだ。他の女子なんて、もう目に入らないくらい。


「武彦?」

「っ!」


 璃玖の怪訝そうな視線に、見過ぎだと自覚した俺は慌てて目を逸らす。

 この想いは、決してバレるわけにはいかない。普通に考えて同性の友人にそういう目で見られるとか怖過ぎだし、俺だって璃玖以外の男に狙われたりしたらドン引きする。

 2人の友情を守るためにも、この想いは絶対隠さなければいけないのだ。


「あぁいや……その、あれだ。俺にはまだ恋愛は早いわ。お前と一緒に遊んでる方が楽しいしな!」

「え、あ、うん……僕も、武彦と一緒だとすごく楽しいよ?」


 どこか照れた様子でそう言う璃玖に、俺は思わずドキッとしてしまい、慌てて頭を振る。


「武彦?」

「うん? あぁ、それにしても、明日から春休みか~。璃玖は何か予定とかあるのか?」


 分かりやすく誤魔化す俺に、しかし璃玖は何も言わずに中途半端に頷く。


「予定……まあ、うん。高校生になる前に、いろいろと……」

「お? なんだ? 高校デビューでもする気か?」

「高校デビュー……そうだね。ある意味そうかも」


 冗談交じりに言った言葉にまさかの肯定で返され、俺は目を見開く。


「え? なに? まさかヤンキーにでもなるつもりか? やめとけよ絶対似合わないから」

「違うよ」


 苦笑を浮かべて首を左右に振ると、璃玖は何やら考え深げな表情をした。


「……そうだね。やっぱり……」

「璃玖?」

「ねえ、武彦。明日って時間ある?」

「明日? まあ予定はないけど」

「じゃあ、家に行ってもいいかな? 少し話したいことがあって……」

「え、ああ、まあいいけど?」


 璃玖が家に来るということに内心動揺しつつも、俺は平然とした振りを装って頷く。


「よかった。じゃあ、朝の10時くらいでいいかな?」

「朝10時? 結構早いな?」

「うん……決心が鈍らないうちに、したいから……」

「?」


 どこか神妙な表情を浮かべる璃玖に首を傾げつつも、俺は深く突っ込むことはなくその日は別れた。……俺の家に、そして恐らく俺の部屋に璃玖が来るということで、頭がいっぱいだっただけと言えばその通りだが。


「はあ……何を意識してるんだか」


 仮に部屋に2人きりになったとして、別に何が起こるわけでもない。男同士で、何も起こるはずがないのだ。


「ハァ~ア……璃玖が女の子だったらよかったのに」


 1人の帰り道で、ポツリとこぼれたのは俺の本音。叶うはずもない願望に、自分で「何を言ってるんだ」と首を左右に振りながら、俺は家路を辿った。




 ……そんなことを、口にしたせいだろうか。その晩、俺は変な夢を見た。

 ふと気付くと真っ白い空間にいて、目の前には仙人みたいな格好をした長い白髭の老人がいたのだ。


「……誰?」

「ほっほっほ、わしか? わしはおぬしらが神と呼ぶ存在じゃ」


 ……ああ、なるほど夢か。どうせあれだろ? おぬしは死んだ。これから異世界に転生することに~とか言い出すんだろ?


「人間と言葉を交わすのも久しぶりじゃ。ふむ、これも何かの縁じゃ。おぬしの願い事を、なんでもひとつ叶えてやろう」


 ……違ったらしい。しかし、それにしてもまあ……まさかこんな、小学生が見るような夢を見るとはな。


「む? おぬし、目を覚まし掛けておるぞ? ほれ、はよぅ願いを言わんか」

「えぇ~? 別にいいよ……」

「何を言う。わしにここまで言わせといて、いらぬとは言わせんぞ?」

「いや、別に頼んでないし……」


 自分から提案しておいて、ずいぶんと勝手な自称神だ。


「ほれ! 早ぅ!」

「ああぁ~はいはい、分かったよ」


 ゆっくりと感覚が遠のいていく中、俺は投げやりに言った。


「じゃあ、璃玖を女にしてくれよ……」



 ……………………



 ……………………



 ……………………



「……んぁ?」


 不意に目覚め、俺はゆっくりとベッドの上で体を起こす。


「っ、あぁ~~……っっ、なんか、変な夢見たなぁ……」


 先程まで見ていた夢のことを思い出し、ぼんやりと呟く。そして、何気なく時計を見て……俺はぎょっとした。


「ぅえ!? 9時47分!?」


 ヤバイ。春休みだからって完全に気が抜けてた! もうすぐ璃玖が来るじゃねぇか!


 俺は大慌てで着替え、洗面所に向かおう……と、したところで、



 ピンポーーン



 玄関のチャイムが、来訪者の存在を告げた。


「っ!!」


 俺は、一瞬迷い……しかし、リビングで誰かが動く気配に、とっさに「俺が出るよ!」と叫ぶと玄関に向かった。


「悪い! お待た、せ……」


ドアを押し開けつつ、璃玖に────?


「お、おはよう、武彦」


 そこにいたのは……春らしいピンクのブラウスに、空色のスカート(・・・・)を身に着けた璃玖だった。

 それはあまりに似合っていて、あまりにも俺の理想通りで……俺は、ただただ呆然とするしかなかった。


「お、驚いた、よね?」

「あ、ああ……」

「あはは、なんか恥ずかしいな。スカート穿くのなんて何年ぶりかなぁ」

「いや……似合ってる」

「そ、そう?」


 視線を泳がせながらはにかむ璃玖に、俺の胸がほんわりする。が、直後我に返ってザッと血の気が引いた。

 頭に思い浮かぶのは、先程夢から覚める直後に自分が口にした言葉。


『じゃあ、璃玖を女にしてくれよ……』


 俺が……自称神に対して、言った言葉。


「う」

「う?」

「うおおおおぉぉぉぉーーーーー!!!」

「!?」


 凄まじい後悔と罪悪感に、俺は頭を抱えて絶叫した。

 なんて……なんてことだ! 俺は……っ、俺はぁ! 自分の浅ましい欲望のために、親友の性別を変えてしまったんだーーーー!!!


「すまん! すまん璃玖! まさか、まさか本当に実現するとは思わなかったんだーーーー!!!」

「お、落ち着いて武彦! どうしたの?」

「まさか、本当に女になってしまうなんて!!」

「女になって──? いや、僕は生まれつき女だけど?」

「っ!!?」


 まさか……まさか、過去の認識まで!?

 性別どころじゃない。俺は、璃玖の人生そのものを狂わせて──?


「うわあああぁぁぁぁーーーー!!!」

「武彦!? え、武彦どこに行くの!?」


 璃玖を押しのけ、俺は全力で駆け出した。己の罪深さを嚙み締め、どこまでもひたすらに駆けた。


「俺は、最低だぁぁぁーーーーー!!!」


 走って、走って、走り続けて…………気付けば俺は、海に来ていた。


 どこまでも続く青い海。3月の海風は、まだ少し肌寒い。しかし、今の俺にはその風が心地よかった。

 そうして、海風を全身に浴びながら海を眺めること十数分。俺は不意に、自分がすべきことを自然と悟った。


「そうだ、責任を取ろう」


 もはや起こってしまったことを悔やんでも仕方ない。俺は親友として、璃玖の人生を狂わせてしまったその責任を取らなければならない。

 そう悟ってから、俺は走って自分の家に戻った。親にリビングに通されていた璃玖を自室に招き、詳しい事情を聴く。

 璃玖は何やら神妙な顔で家の掟がどうとか跡継ぎがどうとか言っていたが、まあそんなことはどうでもいい。どうせ、あの自称神の改変によって付け加えられた設定なのだろうから。


「それで、お前はどうしたいんだ?」


 そう、一番大事なのはそこだ。過去は変わってしまったが、それを受けてこれから先をどうするか。たとえ璃玖の選択がどんなものであろうと、俺はそれを全力で応援しなければならない。それが責任を取るということだ。


「そう、だね……もう男のフリをする必要もなくなったし、これからは思う存分女の子らしいことをしたいかな。と言っても、その女の子らしいことっていうのが僕自身分かってないんだけど」


 困ったように笑いながら頬を掻く璃玖に、俺は内心ほっとした。どうやら、璃玖はこの先女の子として生きていくことに割と前向きらしい。これで心は男のままとかだったら本格的にあの自称神を恨むところだったので、そこは安心した。そういうことなら、俺のすべきことは決まっている。


「そうか、分かった。俺は全力で応援するぞ!」

「え、うん? あ、ありがとう?」


 その日から、俺は宣言通りに全力で璃玖が女の子らしくなれるよう協力した。姉貴の協力も仰ぎ、全力で璃玖の女子力を高めていった。

 そして、その結果。4月に高校に入る頃には──


「どう、かな? 武彦。この制服似合う?」


 俺の理想の女の子が完成してしまったんだよな!!!


 女子用の制服に身を包んだ璃玖。うっすらと施されたナチュラルメイクに、女の子らしい立ち居振る舞い。髪はショートカットのままだが、おしゃれなヘアピンがそこにアクセントを加えている。

 えぇ~~いやぁ、もうナニコレ。好きだわ。可愛過ぎて目が幸せだわ。そりゃそうだよね! だって俺男だった頃から璃玖のこと好きだったもん! それが更にこんな女の子らしくなったら……もう、ダメだよ。死ぬよ。死んじゃうんだよ。


「武彦?」

「……ああ、よく似合ってるよ」


 だが、その内心を表に出すわけにはいかない。なぜなら、璃玖の人生を狂わせたのはこの俺なのだから。たとえ璃玖にその自覚がなくとも、この想いを告げるわけにはいかないのだ。


「へへ、そう? ありがと」

「……ぅぐ」


 それでも! 可愛いものは可愛い! ああもう、ホントに可愛いなこんちくしょう!


「それじゃあ、行こっか?」

「ああ」


 そうして2人で一緒に向かった高校でも、璃玖は男子の注目の的だった。

 元より優しくて人当たりもいい璃玖のこと。そこに容姿の良さまで加わっては、男子が放っておくわけがなかった。

 当然俺にとっては面白くはない事態だが、だからと言って何が出来るわけでもないし、何をする権利もない。

 そうして高校生活最初の1週間を悶々と過ごし──迎えた週末。俺は、またあの夢を見た。


「おや、また会ったのう」

「あ、あんた──」


 気付けばそこは、見覚えのある白い空間。そして目の前には、例の自称神がいた。


「同じ人間と二度も会うとは珍しいのぉ」

「頼む! 璃玖を男に戻してくれ!」


 自称神に掴みかかるようにして、俺は叫んだ。だが、その瞬間早くも意識が遠のくような感覚に襲われる。


「頼む──!」


 自称神に向かって必死に叫ぶ。しかし、意識は遠のき──


「ハッ!?」


 気付けばそこは、自室のベッドの上だった。

 むくりと体を起こし、夢の内容を反芻はんすうする。

 俺の願いは……届いたのだろうか? 璃玖は、男に戻ったのか?


「……確かめないと」


 居ても立っても居られず、俺は着替えもそこそこに家を飛び出した。

 璃玖の家に向かって、ただひたすらに走る。そして、璃玖の家の近くにあるコンビニの入り口付近で、見覚えのある後ろ姿を見付けた。


「璃玖!」

「え、武彦?」


 驚いた様子でこちらを振り返る璃玖は、上下にダボっとしたジャージを身に着けた、化粧っ気もしゃれっ気もない格好をしていた。

 その姿を見て、俺の胸に安堵と歓喜が広がる。本当に、男に戻ったんだ。

 よかった。本当に良かった。これで……堂々と、想いを告げられる。


「いや、ちょっ、今、すごくラフな格好しちゃってるからあまり──」

「璃玖!!」

「は、はい!?」


 璃玖が慌てた様子で何かを言っているのを遮り、俺はずんずんと璃玖に歩み寄ると、その目を真っ直ぐに見つめて叫んだ。


「好きだ! 俺と付き合ってくれ!!」

「は、へ……え、えええぇぇぇ!?」


 俺の突然の告白に、璃玖は激しく目を泳がせると、突如くるりとこちらに背を向けた。


「ちょっ、ちょっと着替えてくるから! は、話はその後でーーー!!」


 そう叫び、脱兎のごとく駆け出す。その背を見送り、俺は空を見上げると、スッキリとした心境で息を吐き出した。

 長かった。ずっと苦しかった。だが、それも今日終わる。璃玖の人生を狂わせてしまったという後ろめたさから解放された俺に、もはや何も恐れることはない。

 いやぁ、実に晴れ晴れとした気分だ。ずっと胸の奥に押し込めていた想いを吐き出すことが、こんなにも爽快だとはな!


「……ん?」


 そこで、俺はふと気付いた。


「男同士だと分かって告白するって……え、ヤバくね?」


 ん? あれ? 後ろめたさがなくなったのは確かだけど……それ以前に俺今、男に告白したよな? あるぇ?

 空を見上げながら、ダラダラと汗を流す。そこで、再び璃玖の声が聞こえて俺は跳ね上がった。


「た、武彦……」

「うわあぁぁーーー!! 璃玖! さっきのは冗談! マジで冗談だから!!」


 声のした方向にガバッと頭を下げ、両手を合わせる。すると、その場には重たい沈黙が落ちた。

 両手を合わせたまま恐る恐る顔を上げると、そこには涙目で体をプルプル震わせ……え? 女の子の格好してる? しかも妙に気合が入っているような……


「璃玖……え、なんでそんな格好?」

「っ! 最低っ!!」


 俺の疑問に璃玖は大声で叫ぶと、荒々しい足取りで駆け去ってしまう。


「………………え?」


 あとに残された俺は、ただ呆然とした呟きをこぼすしかないのだった。

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