第1章 港町・カンネラント
「さて、行くか……リックもカンネラントの街でいいのか?」
「ああ」
港街・カンネラント。
突出しているものはないが、港が近いため商人が多く行き交い、夜は穏やかだが日中は活気に溢れている小さな街だ。
昼は人々の声で賑わい、夜は耳をすませば波のさざめく音が聴こえてくる。そんな風情のある街で、夏は観光客が多く訪れる地でもある。
「じゃ、向かいますか!」
ノアとリチャードを先頭にして、森の中を歩く。時折飛び出してくる野生の動物たちは小さい火球で牽制し逃がしておく。
無駄な殺生をする必要はない。
早朝ともいえる時間帯に森を出発したことで、カンネラントの街に着いた頃に日が昇り始めた。普段のこの時間ならば商人や漁師しかいないはずなのに、冒険者たちが街のあちらこちららに溢れていた。
「なんだ……?」
「よく分からないが、ひとまず協会に向かおう」
冒険者に関する話ならば、協会にいる職員や他の冒険者に聞けるだろうと考えて、リチャード達は協会に向かった。
『冒険者協会』という看板を立てているその建物の入り口には、数人の職員が立っている。入口までやってきた冒険者ひとりひとりに声をかけているようだ。
リチャード達も例外ではなかった。
協会の入口に続く階段に足をかけると慌てたように一人の職員がかけ寄ってきた。
「すみません、依頼のご報告に来たのですが……」
「あっ、それではこちらへどうぞ!」
どうやら依頼達成報告以外をしにきた冒険者たちを弾いているようだ。
職員に案内されるがまま協会に入り、受付の方へ向かった。
『冒険者カードを挿入してください』
受付に向かうと、窓口に置いてある機械がひとりでに話し出す。指定されたところにカードを差し込むと、目の前に文字が浮かび上がる。
それぞれ『依頼を受ける』、『依頼の報告をする』、『入金・出金をする』、『その他』という項目があり、これらの文字に魔力を込めた指で触れる事で受付が完了する。
また、冒険者カードに登録してある魔力と相違ないかを機械が判定する事で、カードの不正利用を防ぐ事も出来る優れ物だ。
リチャードが『依頼の報告をする』に触れ数秒待つと、機械から冒険者カードが出てきて、『二番の窓口へ向かってください』と指示を受ける。
同様にノア達が受付を済ませているのを横目に、二番窓口へと向かった。
「リチャード様ですね。報告したい依頼内容は『暴れ熊の討伐』でお間違いありませんか?」
「そうですね」
「達成の報告でしたら、こちらに証拠品をお願い致します。今回は背中の月模様……ですね」
リチャードは鞄から小さめの箱を取り出した。
これは熊の遺骸が格納されている箱だ。後はこの場で出力するコードを書き足すだけで良い。
【output(Bear)】
「きゃあっ!」
「うおっ」
こちらに、と指し示された机では小さかったため、いきなり何もない空間から飛び出してきた熊が机にもたれかかるように倒れた。
それを目の当たりにした職員の女性と、三番窓口で報告をしていたノア達が驚くのも無理はなかった。
驚き声をあげたものの平静をすぐに取り戻した職員が背中の模様を確認すると、依頼達成として報酬を口座に振り込んでくれた。この口座からは冒険者カードを用いることで入出金や支払いが出来るようになっている。
「はい、これで手続きは終わりです。熊の遺骸は……そうですね、背中の毛皮だけ剥がせてもらうので、それ以外は持って帰って頂いても構いません。いかが致しますか?」
「……いや、要らないですね」
「かしこまりました。それではこちらで処理させて頂きますね」
数人の職員で熊を抱えて運んでいったのを見届けると、リチャードは女性職員にひとつ声を掛けた。
「今日、何かあったんですか?」
「ええ、まあ……そうなんです。事情が事情なので簡単にはお話できないんですが……」
「いや、待て」
やはり話してはもらえないか、とリチャードが少し残念そうにした瞬間、女性職員の後ろからぬっと大柄な男が顔を出した。