第1章 旅の目的(2)
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至る所が焦げている遺骸を見て、冒険者達はポカンとしていた。普通に戦っていたというのに、いきなり大きな火球が何もないところから生まれたのだ。無理もないだろう。
三人はしばらく呆然としていたが、剣士の視線が魔道士の方へ向かう。この中で攻撃魔法を使えるのは魔道士の女しかいないのだ。
「お前がやったのか」と言わんばかりの視線を受けて、魔道士の女は頭を左右に振って否定した。黒い艶のある髪が揺れる。
「違うわよ。私じゃない」
「いや、でも……」
困惑している三人の方へ、リチャードは歩みを進めた。
「大丈夫か?」
茂みから顔を出して問うと、剣士は一瞬だけ驚いたような表情をした後、すぐにホッと息を吐き出した。緊張で張り詰めていたから、物音に敏感になっているのだろう。
剣士が剣を鞘に収め、お互いに敵意がない事を確認してから、茂みを出る。
「ああ、オレは大丈夫だ。助かったよ」
「そうか。それなら良かった」
横目で魔獣の遺骸を確認する。中には一定時間が経過すると再生し始める個体もいるが、どうやらそうではない個体ようだ。完全に息絶えている。
「オレはノア・ゴードンだ。見ればわかるだろうが、剣士をやってる」
「リチャードだ。リックとでも呼んでくれ。よろしく頼む」
ノアが右手を差し出してきたため、リチャードも右手を出して握手を交わす。ノアの手は剣士らしく、硬くてゴツゴツとしていた。
「リサ・パーソンよ。さっきの魔法は、貴方が?」
「ああ、まあ……一応な。余計なお世話だったか?」
「いいえ、そんな事ないわ。ありがとう。
……それから、私の後ろに隠れているのはアレシア・グラナドス。私達のパーティの回復魔道士なの。極度の人見知りだから、失礼だとは思うけど、許してちょうだい」
リサは苦笑しながらアレシアの頭を撫でる。アレシアの緩いウェーブの掛かった金髪から、チラチラと真っ赤になっている顔が覗いている。
一通りの紹介が終わった後、ノアとリチャードは手早く魔獣の遺骸の処理をした。魔獣は体内に魔力があるので、野生の動物が誤って食べてしまわないように土に埋めておく必要がある。魔力がないものが魔力のあるものの肉を喰らうと、突然変異を起こしてしまう可能性があるのだ。
なるべく深いところまで穴を掘り遺骸を埋めると、リチャードは辺りを見回して他に魔獣がいないことを確認した。
「ところで……何があったか聞いてもいいか?」
魔獣と遭遇する事は珍しい訳ではない。だが、魔獣は自然発生はせず歪みから出てくるため、ある程度纏まった数で発見されるはずなのだ。今のように一匹だけしかいないという事は滅多にない。
あるとしたら群れからはぐれてしまった事くらいだが、もしそうならば、近くに群れがいるか、あるいはいた形跡があるはずだろう。しかし熊討伐までの間を含めて、数日間を山の中で過ごしてきたリチャードは魔獣を一匹も見かけなかったし、形跡も見当たらなかった。
「まあフツーに、素材採取の依頼で森に来たんだよ。話によると熊とか狼とかが出るらしくて、それの牙とそこら辺に生えてる草を取ってくる、っていう簡単な任務だな」
「魔獣が出るかもしれない、という話は?」
「一応下調べもしたけど、一切聞かなかったわよ」
やはり三人にとっても魔獣の存在は不意打ちに近かったらしい。魔獣と出会う直前まで狼やら熊やらを倒していた事で、疲労もあり対処しきれなかったのだという。
「……さっきの魔獣以外は見かけもしなかったが」
「私達も、この山で見かけた魔物はさっきの一匹だけだわ」
「そうなると、やはり……」
考えられる可能性は、この近くに歪みが発生している事だけだ。そして、もし本当にそれが正しければ、早い内に歪みを正さなければ魔獣が次から次へと流れ込んでくる事になる。
そうなればリチャード達はともかく、街にまで被害が及ぶ。街には魔力がなく戦えない人間も多くいるのだ。
「その歪み? ってのを探せばいいのか?」
「ああ…………いや、その必要は無さそうだ」
魔獣と戦っていた場所から少しだけ離れたところにある、大木の根本。草木に隠れて見にくくはなっているが、ジッと目を凝らしていると、一瞬だけ空間がぐにゃりと歪むのが見える。分かりにくいが、目印はそれしかないのだ。
「こんなの見つけらんねえよ……」
「そうね。ノアは特に注意力がないものね」
「ぐっ……言い返せねえ」
ノアとリサのやり取りを聞き流しながら、リチャードは歪みを観察する。
歪み自体はまだ小さいが、出来てからそれなりに時間が経っているようだ。空間がある一点に向かって引っ張られているかのように渦を巻いている。そしてその一点こそが、歪みのコアになっている。
これを閉じるのには、条件がある。それは、魔界に干渉できる事だ。例えば、歪みから出てきた魔物であるとか、魔人であるとか。
どういう原理かは分からないが、初めに歪みを生じさせたのは魔界側のため、そういう風に出来ているのだろう。
リチャードは右手をコアにかざす。そして指の先に魔力を集める。どの程度集めればいいかは歪みの大きさによって左右されるので、とりあえず歪みが閉じるまで様子を見ながら集中させる。
ある程度の量が集まると、コアの部分が光り、リチャードの魔力を取り込んだ。その光が収まると段々渦が引いていき、元のあるべき形に戻っていく。
「……よし、これで大丈夫だ。もう魔物も出てこないだろう」
歪みが完全に封じられた事を確認して、リチャードは振り返り三人の姿を改めて見る。
ノアは一番激しく戦っていた事もあり、体力の消耗が酷い。アレシアが治したのか傷などは見当たらないが、いくつか傷はあったのだろう。服にところどころ血が付いている。
リサは血がついていないため傷はなかったのだろうが、何より魔力の消耗が激しい。冷静な顔を保ってはいるものの、時折少し疲れた表情を浮かべている。
アレシアは――リチャードは顔を背けられているため表情は見えないが、やはり魔力は少なくなっている。その上、あまり元から魔力量は少ない方らしい。
回復魔道士は一番後ろで戦うのが基本で、傷を負うリスクはほとんどないが、それでも周囲の警戒や回復魔法で動きを妨げないようにしなければならないことなど、注意すべき点は沢山ある。それ故、体力というよりは気力の方を消耗しやすいのだろう。
反対に、リチャードの魔力量は膨大だ。熊と魔獣に放ったような炎ごときでは到底使い切れないほどある。とはいえ、熊の遺骸を格納している間は常に微量の魔力を持っていかれるのだ。魔力回復速度も早い方ではあるが、同じくらいの速度で放出されるので、今のところ回復は見込めない。
段々と太陽も傾いてきている。街の方へ歩きながら野宿に適した場所を探すよりは、ここでテントを張ったほうが良い。リチャードはノア達とひとまず休む事にした。