出来損ない魔道士、奮闘する
初投稿作品です。更新はゆっくり、完結できるよう頑張ります。
唸り声が響く。威圧感のあるその声に、近くに居た鳥達が一斉に飛び立った。
男の目の前に対峙しているのは、大きな熊だ。鋭い爪を見せびらかすように太い腕を振り回している。それも、ただ振り回しているわけではなく、無駄のない軌道で男をしっかりと狙ってきている。
体を捻るようにしてそれを避けると、男は腰の辺りに付けている白い箱に手を当て、魔力を流す。
【import MagicPoint as mp
from DemonsRealm import fire】
白い箱が小さく光ったのを横目で確認すると、頭の中でコードを実装する。
【mp.distance(3 , 3 , axis = me)
x = bear
FireBall = mp.fire[x , 10]】
熊は男の首から肩にかけた部分を噛もうと、口を大きく開けて近付く。相手の急所がどこなのかを判別できているということは、これまで幾度となく人間を手に掛けてきたのだろう。
歯は刃のように鋭く、太い。万が一にでも噛まれたら間違いなく命を持っていかれる。男は大きく後ろに跳躍し距離を取った。
脳内に実装したコードに魔力を込める。魔力量は少なくてもいいので、僅かな時間で出力の準備が整った。
【output(FireBall)】
最後の一文を素早く書き込むと、何もない空間から炎の塊が飛び出した。
いくら歴戦の熊でも、何もないところから炎が出てくるなど想像も出来なかったのだろう。これが人であれば別だが、野生の動物は驚いて動きを止めるので、非常に仕留めやすい。
炎は無情にも無抵抗の熊を飲み込んだ。毛や肉が焦げる匂いが立ち込めた後、絶命した熊が倒れると同時に炎もどこかへと消えていった。
「ふう、危なかった」
男――リチャード・アクランドは額に浮かんでいた汗を袖で拭うと、安堵の息を吐いた。今倒した熊は、討伐の依頼が出されていた熊に違いない。大きさは成人した男性の倍近くあり、爪も牙も普通の熊に比べると異常な程大きく、鋭かった。
依頼書には特徴として背中に月のような模様があると記載されていた。戦っている最中に模様も目視したし、間違いはないだろう。
いつもならば証として指定された部位――今回の場合は背中の月模様――を取っていけばいいのだが、毛皮を剥ぐにしては体が大きすぎるし、非効率だ。
リチャードは冒険者だ。勿論旅のために大きな鞄を持ってきて入るが、そこに遺骸を入れるわけにもいかない。
では、どうするか。リチャードは鞄から小さめの箱を取り出すと、魔力を使ってコードを実装していく。
【mp.distance(1 , 1 , axis = me)】
まずは力が及ぶ範囲を設定する。これをしなければ、どこまで影響があるかわからないからだ。例えばだが、先程の戦いでこの範囲指定コードなしにFireBallを実行した場合、たまたま近くに居合わせたただの熊相手にも炎が生み出された可能性がある。影響を及ぼせるのは込めた魔力量に応じた範囲に限られるが、念には念を、だ。
最初の1は横に1メートル、次の1は縦に1メートルという意味であり、axisは軸、meは使い手を表す。つまり、使い手であるリチャードから縦横に1メートルの範囲を指定している。
【X = bear】
熊の遺骸をXという文字に置き換える。簡単に言えば、Xという名前を付ける、といったところだろうか。
【Bear = mp.input(X)】
そして、熊の遺骸すなわちXをBearに格納する。こうすることで、熊の遺骸はこの小さな箱の中に自動的に入っていくというわけだ。あとはギルドでこの熊を出力するコードを書き足せばいい。
熊を閉じ込めた箱を鞄に仕舞い、リチャードは冒険者協会のある街の方へ――――ではなく、山の奥の方へと向かっていった。