表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/2

ユスティーナ

 この想いは、きっと永遠だと。

 ずっとずっと変わらないのだと、そう思っていた。







 天井には輝くシャンデリア。

 美しい細工の施された白い柱に、中央には金で縁取られた大階段。大広間では、美しく着飾った令嬢たちが、パートナーの手を取って、くるくると可憐に踊る。


 その中でも特に目を引く男が、ちらりとこちらを見るのが見えた。その横には、花のように可愛らしく美しい少女。男の視線を追うようにして彼女もまた、こちらを見て微笑んだ。ユスティーナは、目を伏せた。微笑み返すことなど、できなかった。




 ユスティーナは、侯爵家の長女として生まれた。父は宰相を務め、兄は王太子の側近の一人、父の補佐もこなしている。何事もなければ、このまま兄は次期宰相となるだろう。母は、隣国の王女で、かつては真珠姫と呼ばれた美しい人だ。


 ユスティーナの面差しは母に似ている。だが髪の色と瞳の色は父親譲りだ。灰色の髪と、碧い瞳。艶やかな黒髪黒目の母を、全体的に薄くしたような印象は、灰かぶり、と揶揄されることもある。ちなみに兄は逆で、父に似た容貌に、母親譲りの色彩をもつ。


 ユスティーナには婚約者がいる。この国の第三皇子。名をアルベルトと言う。彼は、絵にかいたような「王子さま」の容姿をしている。ちょっと癖のある金髪で。晴れ渡った青空のような碧眼に、整った顔立ち。人当たりよく、武芸にも秀でた、王子さま。




「・・・チッ。」

 すぐ隣で、兄が舌打ちをした。


 本来なら、婚約者である皇子が、ユスティーナのエスコートをするのが普通だ。だが、今夜、ユスティーナをエスコートするのは兄だ。義姉は今、身重の大事な時期なので、このような場には出られない。・・・ちょうどよかったと、考えるべきだろうか。


 アルベルトとの仲は、はじめは、とても良かったと思う。仲の良い幼馴染だった私たちは、それでも、お互いを異性として意識しだして、それから気持ちを深め、婚約式を執り行った二年前には、お互いを将来の伴侶として認め合い、誓った。ユスティーナの胸元には、いまもその誓約の証である宝石が輝いている。


 様子が変わったのは、一年くらい前からだろうか。正確な時期は覚えていない。どこそこの令嬢と二人、仲睦まじい様子で話していた、とか。お忍びで出かけた先で、見目麗しい女性を連れていた、とか。それは噂話だったが、すべてが作り話、ということはないだろう。


 もともとアルベルトは、チヤホヤされるのを好む末っ子気質だ。夜会でも初めの頃は丁重に、令嬢のお誘いを断っていたが、そのうち面倒になったのだろう、山ほどの令嬢に囲まれるようになった。ファーストダンスだけはユスティーナと踊り、あとは別行動。




 私の何が悪かったのだろうか。

 自覚はないが、きっと、何かが悪かった。


 婚約が正式に決まってから、ユスティーナには皇子妃となるための教育が課された。アルベルトが王になることはたぶんないが、王家の一員として、外交を担うことになるの確実だ。母国だけでなく周囲の国々の言語、習慣、歴史を知っておかなくてはならない。


 大変だったが、それを苦に思うことはなかった。知識を得ることは好きだったし、いずれ国のため、アルベルトのために、必要なことだから。ああ、でも、二人で会う時間は少なくなった。


 アルベルトは、ある一人の令嬢を連れて歩くようになった。金に花弁のようなピンク色が混じる、不思議な髪色をした美少女だ。辺境の子爵の出だが、とても優秀なのだという。


 そこに至って、侯爵家は皇子に苦言を呈するようになった。不特定多数との「お遊び」ならば許せるが、特定の浮気相手を置くのは言語道断だ、というわけだ。ユスティーナにしてみれば、その考えもよくわからない。


 浮気だろうがなんだろうが。

 想いが他に向けられるようになったのなら、もう、ダメなのではないだろうか。





 くるくると、花のように舞う。その微笑みは、妖精のようだ。そしてそれを優しく見つめる王子さま。ああ、まるで絵画のような。夢物語のような。


 アルベルトがまた、こちらをちらりと見た。

 ユスティーナは、胸元のペンダントをぎゅっと握りしめた。



 好きだった。

 見つめる目が、笑顔が。その声が。

 大好きだった。

 貴方の世界に、私がいることが。

 だけど。


(・・・・・・。もう、いい。)

 ユスティーナは思う。


 もういい。もう、無理だ。

 このまま、想い続けることは。

 

 アルベルトがユスティーナのよく知らない女に笑いかけ、その髪に触れる。愛しくてたまらない、と、甘く蕩けるように。

 何度も。何度も。何度も。

 まるで、ユスティーナに見せつけるように。


 哀しかった、とても。とても、苦しかった。

 それでも、婚約者はユスティーナで。最後に、彼の横に立てるのは、自分なのだと。

 でも。


(・・・・もう、いい。)

 

 もう、いらない。


 握りしめていた手をほどいて。

 ユスティーナは顔をあげた。


 視界が、静かに広がっていく。 

 視線の先に殿下がいた。まっすぐにこちらを見ている。もう、目を背ける必要はなかった。アルベルトの顔はどこか強張っていて、それから見る見るうちに蒼ざめていった。


 体調でも悪いのかしら、とユスティーナは首を捻った。

 何やら慌てた様子でこちらに向かってくるのを、ユスティーナは淡々と見つめる。隣にいる兄か、どこかにいる父が、睨みでも利かせたのかもしれない。


「ティーナ!」

 伸ばされた手に。


(・・・・嫌だわ。触れられたくない。)

 ユスティーナはそう思って、半歩下がって綺麗なカーテシーをとった。

 丁寧な、それは拒絶だ。気づかれただろうか。構わない、別に。ユスティーナは、彼の腕が、下がるのを待ってから顔をあげた。


「来ていたんだね、ティーナ。」

「・・・・・。」

 知らなかった、はずがない。ユスティーナは、歪みそうになった口元を、扇で隠した。

「久しぶりに、踊ろうか。」

 

 隣で、兄が殺気を放つ。それはそうだ。

 踊ろうか、と婚約者を誘うその反対側では、アルベルトに追いついた噂の美少女が、ちょうど腕を絡めていたところだったから。


「・・・・・・!」

 視線に気がついて、アルベルトが少女の腕を払う。

 その乱暴な仕草が、さらに、ユスティーナの気に障った。


「・・・・殿下。今宵は彼女がパートナーなのでしょう?そのような乱暴な扱いはどうかと思いますわ。」

「・・・ティーナ!」

「それに、パートナーの許しもなく、他の女にダンスを申し込むなんて。」

「君は!君は、僕の婚約者だろう!」

 向けられた懇願するかのような視線に、ユスティーナは驚いた。だが、すぐに心は切り替わる。


 婚約者?

 それを、貴方が言うの? 

 婚約者でない女をエスコートすることを望み、連絡一つで済ませた、貴方が?


「・・・お気遣いは無用ですわ、殿下。」

「そうだな。今日のユスティーナのパートナーは、兄であるこの私だ。」

 ずいっと、兄が前に出る。

「殿下は、そちらのお嬢さんと楽しまれるとよい。・・・・ティーナ。」

「ええ。私に異存はございません。」

「ティーナ!」

 なぜ、咎めるような声音なのか。納得できない、とユスティーナは思った。

 

 綺麗な、キレイな、碧い瞳。

 見つめられると、嬉しくて、幸せで。

 ああ、でも、いまはもう。


 別にいい。

 

 ユスティーナは呼びかけるアルベルトの声を無視して、兄の手を取って歩き出した。

「ティーナ。もう、いいのだな?」

「ええ。いいわ。」

 覗きこむようにして問う兄に、答える。迷いはなかった。もう、いい。

 自分でも、驚くほどだ。

「そうか。」

 嬉しそうに、兄が頷く。


 兄は仕事の早い人だ。

 だからきっと、明日には婚約解消の手続きを始めるだろう。だいぶ前から言っていたから、もしかしたらもう準備はできているのかもしれない。


 新しい婚約者を見つけるのは難しいかもしれない。まあ、でもしばらくはゆっくりしたいし、構わないと思う。お世話になった王宮の方々には申し訳ないけれど、なんだか解放された気分だった。


 好きだった。長い初恋だった。

 この想いをずっとずっと重ねて、その先に幸せな結婚があるのだと、信じて疑っていなかった。

 間違いだったとは思わない。だけど、もういいのだ。


 さよなら。


 ユスティーナは、心に小さく呟いて、想いの扉をパタンと閉ざした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ