これからの事
「後で私の家に来い、メイア」
話しの最後に村長が言った。結局は、村長が引き取る事になるのか。彼には妻と子もいるし、経済的な余裕もないはずだ。だが、人が良いから仕方なく引き受けたのか。
メイアは頷いたが、断るつもりだった。
話し合いが終わり、それぞれが自分達の家へと帰って行く。今夜がこの村で過ごす最後となる。メイアも一度は家に帰ったが、何もする事はなかった。母のいない家は静かで暗く、寂しいものであった。また流れた涙を拭い、村長の家へと向かった。
直ぐに中に通された。薄暗い一室、驚く事にそこにはあの大男がいた。
「立っているのも辛いだろう、座りなさいメイア」
村長に促されて大男の隣に座った。大きな体に大きな剣、短くて茶色い髪と一睨みすれば相手を黙らせるような容姿、左の頬には大きな斬り傷がある。だが、恐さはない。彼は一言も発していないが、メイアに気を使っているように見えた。なんとなくだが、安心できる。彼があの魔物と戦っていた時もそうだ。それがメイアには不思議だった。
「君のお母さんについては残念だった」
席に着いた村長が言った第一声はそれだった。
「君のお母さんは大人しかったが、実に優しい人だった。誰かが困っていれば直ぐに助けに行くような人で、家の子が産まれた時も産婆を呼びに行ってくれたりしたな。その後は、初めての出産で不安がっていた妻にずっと寄り添ってくれた。旦那の私は慌てる事しか出来なかったのに」
そのまま村長は母の昔話をしてくれた。幼い頃、母は祖母に連れられてこの村を出たらしい。そして五年前に、赤ん坊だったメイアを連れて戻って来たそうだ。その間に何をしていたのかは分からないが、母を連れて行った祖母は既に死んでいるとの事だった。祖母を失い、父を失い、行くあての無くなった母は村へと戻って来たようだ。
出戻りという形になるが、母は決して村人達から嫌われていなかった。むしろ、好かれていたような気がする。村長の言う通り、母は優しかった。その優しい母がメイアは大好きだった。
「それでメイア、これからの事なんだが」
村長の口からそう言葉が出て、メイアは身を硬くした。
「待て、そこから先は俺が話そう」
村長を遮るようにして大男が言った。どうして此処で彼が出てくるのか、メイアには分からなかった。大男がメイアを見下ろしてくる。メイアも彼を見上げた。やはり、恐さはない。
「お前は俺が預かる事になった」
目が点になった。予想外の言葉だった。メイアが返す前に、大男は続けた。
「と言っても、少しの間だけだ。遠くにお前の親族…叔父か叔母がいるらしい。しかし、何処にいるかははっきりしていない。なので、そこまで俺がお前を連れて行く事になった」
「この村を出るのですか?」
「嫌か?」
「嫌です、お母さんと別れたくありません」
自然と、そう口から出ていた。敬語なんて普段は使わないが、母から教わっていたので知ってはいた。どうしてこの大男に敬語を使ったのかは分からない。命を救われたからか、見事に魔物を倒した強さに敬意が現れたのか、いずれかなのだろう。
「来い、お前の母の墓へと行こう」
少しの沈黙の後に、大男はそう言った。メイアは素直に頷いた。大男は村長に目配せし、家を出ていった。その後ろをメイアは付いて行く。大きな背中を追い掛けた。大男はメイアに合わせて歩調をゆっくりとしてくれた。