失った命と助かった命
逃げた、この村を諦めてくれた、メイアはそう思った。だが、鳥の魔物達は空へと逃げただけで、村の上空からは去っていない。村の上空で鳴き声を発して、いつまでも旋回している姿は不気味だった。
「弓を貸せ」
戸惑いながら上空を見上げていた兵士に、大男は言った。
「無茶だ、矢の届く距離ではない。今は奴らが去るのを待つべきだ」
「あいつらは持久力が飛び抜けている。それでいてしつこい魔物だ。ああして嘲笑いながら、此方の気力が尽きるのを待っているのだ。それに、届かない距離ではない」
「届くものか」
「届く」
届くわけがない、とメイアも反論している兵士と同じ意見だった。鳥の魔物は、空高く飛んでいる。それも、旋回しながらだ。万が一届いたとしても、当たる訳がない。
「いいから弓矢を貸せ、その方を信じろ」
声のする方向をメイアは振り向いた。
隊長の男だった。生きていた。こんな事態だというのに、それが嬉しかった。だが、重傷を負っている。特にメイアを庇った時にできた傷は深かった。
「お前がこの隊の隊長か?」
「はい。だが、この様です」
「恥ずべき事ではない」
隊長の男に言われ、兵士は大男に弓矢を手渡した。素早く大男は魔物が旋回する空に向かって構えた。それを嘲笑うかのように魔物が鳴く。
引き絞り、放った。真っ直ぐに、矢が飛ぶ。
矢は、吸い込まれるように鳥の魔物の脚へと突き刺さった。勢いは全く衰えていない。魔物が悲鳴を上げる。第二射、今度は反対の脚へと当たった。それで魔物は飛べなくなった。落ちて、その衝撃で絶命した。
誰も声を上げなかった。本当に、矢は魔物に当たった。しかも、細い脚にだ。
第三射、また当たる。二匹、三匹と落とされ、遂に魔物達は一斉に大男へと狙いを定めて急降下してきた。
危ない、そうメイアは声を上げていた。横顔で一瞬、大男はメイアを見たような気がした。何故かそれで安心できた。大男は弓を置き、再び剣に持ち替えた。
ぶつかる、寸で避け、斬り付ける。
血が飛ぶ。魔物が倒れる。
大男は傷一つ負っていない。
もう、生きている魔物の姿はなかった。あっという間の出来事だった。メイアは息をするのも忘れ、その姿に魅せられていた。
ようやく、声が上がった。歓声だ。泣き声もあった。死んだ者もいる。本来なら此方が絶滅するはずだった。それが、たった一人の男の出現で多くが生き残れた。メイアもその一人だ。だが、母は死んだ。
涙がまた流れた。とっくに、流し切ったと思っていた。枯れてなどいない。母の死に顔は安らかに見えた。まだ温かい手を握り、涙を流した。どうして、母は死んだのか。あの大男がもう少し早く来れば母は生き残れたのではないか、そう思ってしまった。
大男は何処に行ったのか、涙で視界の悪くなった目で追った。直ぐに見付けた。奇妙な事をしていた。両手を顔の前まで持ってきて合わせ、目を閉じている。まるで何かに祈っているかのようだ。
「すまなかった、お嬢ちゃん」
隊長の男の声だった。振り向くと、二人の兵士に支えられた隊長が立っていた。
「我々はあまりにも無力だった。君のお母さんを守る事も出来なかった」
何かを返すべきだ、しかし言葉が出なかった。隊長の男は支えられてようやく立っているような状況だ。メイアを庇って、そうなった。
「隊長、お身体に障ります」
「すまない」
それだけを言い残し、隊長の男は部下の兵士に支えられながら去っていった。三十人いた兵士で、まともに動けるのは十人に満たない。彼らと無事だった村の者達は、懸命に怪我人の治療をしていた。
隊長の男は、自分たちは無力だと言ったが、彼らの奮戦のおかげで村人の被害は思ったより少なかった。それでも母を含めて十人は死んでいる。小さな村だったから、みんな顔見知りだった。