鳥の魔物
宴も終わり、次の日になった。夜通しで見張りを立てて、彼らは魔物を警戒していたが、朝になっても現れなかったようだ。
いつものようにメイアは母に起こされた。朝食を食べ、外に出ようとすると止められた。危険だから、魔物が倒されるまで家の中にいなさい、と母は言った。隊長さん達もいるし大丈夫、とメイアは返した。そして、まだ何か言いたそうな母を無視して外に出た。
村はいつも通りに平和だった。いつもと違うのは、兵士たちが村にいるだけだ。すれ違う兵士達一人一人にメイアは挨拶をして、友達の家へ行こうとした。その前に隊長の男に引き止められた。
「危険だから、家にいなさい」
「大丈夫だよ、魔物なんかいないもん」
「今はいなくても、いつ出てくるか分からない。情報によれば、今日あたりが怪しいんだ」
「出てきても、隊長さん達が倒してくれるんでしょ?」
「もちろん、そのためにおじさん達は来た。でも、危険なのは変わりない」
「隊長さんは大したことないって、言ったじゃない」
「でも相手は魔物だ」
「大丈夫だよ、魔物なんか怖くないもん」
「そんな事はない、魔物は怖くて恐ろしいものだ」
隊長の男が言うのと同時に、奇妙な鳴き声が聞こえてきた。
上空、鳥がいた。やたら大きい鳥だ。それでいて醜い顔をしている。猛禽類のように鋭い爪を持っていた。赤紫の嘴と細い脚、太った丸い体が特徴的な化け物だ。
咄嗟に、隊長の男がメイアを庇うようにして前に立ち、弓を構えて背中の矢を取り出し、素早く放った。
鳥の化け物はそんなに高く飛んでいない。放たれた矢は真っ直ぐに鳥の化け物の顔面へと向かって行く。倒した、とメイアは思った。しかし、直前で鳥の化け物は片翼を前に出して顔を守った。矢が翼に当たり、鋼鉄にでも当たったかのように跳ね返された。化け物は傷一つ負っていない。
「敵襲、空にいるぞ!」
隊長の男は苦い顔をした後、叫んだ。
「矢を次々に放て」
また、隊長の男が矢を放つ。しかし、それに続く者はいなかった。どうして、と思って辺りを見てメイアは言葉を失った。
あの鳥の魔物があちこちにいる。兵士達はそれぞれが、別の魔物を相手に戦っていた。二匹や三匹ではなく、十数匹はいた。対して、村を守りに来た彼らは隊長の男を含めて三十人だ。
数では勝っている。だが、どうしようもなくメイアは不安になった。あんなにもさっきは大丈夫だ、怖くないと思っていたのに、あの魔物を見た瞬間に一気に恐怖心が襲ってきた。
一人の兵士が矢を放つ。やはり翼で弾かれた。すると、弾いた鳥の魔物が一気に急降下してその兵士を襲った。
断末魔。鳥の魔物の赤紫の嘴に、兵士が串刺しされる。腹に大きな穴が空き、その兵士は息絶えた。遺骸を、鳥の魔物は啄む。まるで小鳥が木の実を啄むかのように。
怖くなり、恐ろしくなり、メイアは叫んでいた。隊長の男が何かを言ってきたが、耳に入ってこなかった。堰を壊したかのように、次々と鳥の化け物が兵士達を襲う。時には、何事かと出てきた村人も犠牲になった。
逃げていた。必死に、逃げていた。
怖くて、恐くて、堪らなかった。
逃げながら、母の顔が頭に浮かんで母を呼んでいた。
抱きしめて欲しかった。頭を撫でて欲しかった。
自分の家に向かって、ひたすら駆けた。
またあの奇妙な化け物の鳴き声が聞こえた。後ろを振り返ると、あの鳥の魔物がメイアに向かって来る所だった。
嫌だ、助けて、お母さん、言って泣き叫んだ。