第八話 爽やかな放課後
白いタオル、清涼飲料水、僕の笑顔。僕の「爽やか」を構成するとても大切な要素だ。風はいつも僕の味方をしてくれる。細部までケアの行き届いた僕のサラサラな髪を揺らす風は、圧倒的な爽やかを演出してくれる。
僕は高校に入学する前、自分の立ち位置を「爽やかくん」に決めた。当時見ていたアニメに出てきたキャラクターの爽やかさに惹かれたからだ。それからというものの、鏡を見てはスッキリした後味のいい笑顔の練習をし、持ち物はすべて清潔にし、今の僕が完成した。
「洗濯物のコマーシャルに出てそうだね」
僕を見ては、みんなそう言う。青空と白いシャツがよく似合う男子高校生といえば、間違いなく僕のことだろう。
今日は天気がいい。グラウンドで走るのが自然と苦じゃない。心なしか、女子たちの歓声も聞こえる。今日の体育の授業は珍しく、男女合同だった。
「各自男女でペアを組んで、パスの練習をしてください」
教師の言葉に、みんながざわめく。
「波島くん、私と……」
急に僕の手を取ったのは、瀬尾三珠だった。体育の授業にもかかわらず、長い髪を結びもせず、おまけに傷んでいる。肌もかさついているし、表情はなんだか暗いし、爽やか度はゼロを越えたマイナスだ。そんな瀬尾がどうして急に?
「よかった、ペアを探してた」
僕の爽やかさは完璧。つまりは相手を選ばずに、ひとまず笑顔だ。
「波島くん、ちょっと」
瀬尾は僕に耳を貸すように手招きした。僕は瀬尾の顔の高さに背を合わせた。
「あなた、言葉には気を付けた方がいいよ」
突然そんなことを言われても、しっくり来なかった。
「ごめん、何言ってるのか分からないや」
「そのままの意味。今日、あなたの本性がバレる。どう生きるかはあなたの自由だけど」
本性?僕の爽やかが演出によるものということ、だろうか。
「私、やっぱり他の人とペア組む」
瀬尾はそう言い残すと、僕の元を去っていった。何なんだ、あいつ。
「碧!俺とお前、余り者だぞー」
悲しい知らせをしてきたのは、井伊城楓だった。
「井伊城、瀬尾ってどんなやつか知ってるか?」
「なんだよ、恋でもしてんのか?だったらやめとけよー」
「え、なんで?」
「あいつ、自称予言者らしいぞ。周りのやつらも当たるって噂してる」
予言者。胡散臭いな。じゃあ、さっき俺が言われたことは現実に起こるってことか?
「なあ、井伊城。僕ってどんな人間かな?」
「えー、爽やかで人気者なモテ男?」
だよな。それが僕に対する一般的なイメージだ。
「そんな人気者・碧くんが男女ペアで余っていたことは不思議でならないけど」
それは瀬尾のせいだ。あの、インチキ予言者のせい。
「波島くん、お弁当つくってきたんです。食べてくれませんか?」
僕の前に小さな弁当箱を持って現れたのは、知里沢雫だった。昨日、休み時間に「料理が得意」と言う彼女につい、社交辞令で「食べてみたいな」と言ってしまったことが原因だった。僕はこう見えて少食だ。すでにサンドイッチを食べている。弁当を持ってくるなら、事前にそう言ってくれればよかったのに。だが、ここは笑顔で受け取るのが正解だ。
「ありがとう。今お腹いっぱいだから、部活の前に食べるよ」
「波島くん、テニス部ですもんね!絶対に食べてくださいね」
知里沢は嬉しそうにそう言い、自分の席へと戻っていった。「絶対に食べて」という言葉に少し違和感があったが、他人の好意は受け取る僕なので、お弁当はバッグの中にそっと入れた。
部室で弁当を食べるのは何だか気まずいので、僕は教室に残って、小さな弁当箱を開けた。
「おお、美味そうだな」
ハンバーグを口に入れる。冷凍食品は一つも入っていないことから、彼女の料理に対する自信が伝わってきた。どれも手が込んでいて、僕はいい気分になっていた。
「ごちそうさま」
ご飯粒ひとつ残らず、僕は知里沢の弁当をたいらげた。
その直後だった。
「ん……⁉」
僕の腹は突然、強烈な痛みに襲われた。
「本当に、食べてくれたんですね……」
僕の背後から、知里沢がそう言った。もしや、僕はこの女に毒を盛られたのか?
「波島くんって、いつも優しそうな顔して爽やかに見えるけど、怪しかったんですよね。人が見ていないところでは目が虚ろだし、言葉も薄っぺらくて何だか気持ち悪いです」
僕は、瀬尾の言葉を思い出していた。
「いや、でも、何で、こんなことを?」
一体こいつは何を入れたんだ。腹痛は増すばかり。
「波島くんは私からお弁当を受け取っても食べないと思っていたんです。それだけ薄情な人間だと私は推測していたので。ハンバーグを腐らせておいたんですよ。まさか本当に食べるとは思っていなかったんですが。だからこの場合は、私にはどうにもできません」
僕は知里沢の冷たい表情を最後に、目を閉じた。
目覚めると、そこにはいつも通りの僕の部屋の天井があった。
「あれ……」
僕はパジャマを着て、布団をかぶっていた。
「碧、うなされてたわよー」
僕を起こしに来た母がそう言った。
夢、だったのか。いや、どこからどこまでが?
僕は爽やか度を少しだけ下げようと思ったのであった。
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