第四話 灼熱の調理実習
調理実習は、日頃の努力の見せ所。卵ひとつを割るだけでも、普段から料理をしない素人と、毎日キッチンに立っているプロでは大違いなのです。ちなみに今日の課題は、グループごとに和食と洋食のどちらかを選択することになっています。和食なら、肉じゃがと白飯とお味噌汁。洋食なら、ビーフシチューとバゲットとジェラート。
「拙者は和食がいいでござる」
同じグループの和霜猛くんが言いました。和霜くんは、二学期から急に自分のことを武士の生まれ変わりだと告白し、ちょんまげで登校してきました。制服にちょんまげというのは、だいぶアブノーマルなものでした。あまりのぶっ飛んだ行動に、誰もツッコめない状態が今でも続いています。
「私も和食に賛成だなぁ!肉じゃがって、なんか可愛いしぃ」
語尾にすべて小さい母音がつくような喋り方をする彼女は、色井メリルさんといいます。通称ラブレターの色井と呼ばれている、恋愛体質な彼女は、下駄箱に手紙を入れるという古めかしい手法で告白することで有名です。本人がその呼び名を知っているのかは不明なところです。
「知里沢殿はどちらが良いか?」
和霜くんが私に聞きます。
「私も和食がいいと思います」
「全員一致!和食で決定だねぇ」
私たちは、材料と調理器具を協力して運び、それぞれの担当を決めることにしました。
「拙者は材料を斬るでござる!」
「私は料理苦手だから洗い物専属になるよぉ」
私はそれ以外の工程を担当することにしました。調理実習という授業において、洗い物のみをするという選択肢があるのはおかしいと言いたいところですが、料理好きの私にとってはさほど困ったことではないので、大人しく水道の前に色井さんを配置させてもらいました。
「ちょこざいな奴らめ!」
和霜くんは、武士のセリフっぽい言葉を叫びながら、野菜を切っています。和霜くんの中では、江戸時代の敵とでも闘っているつもりなのでしょうか。和霜くんの将来が心配です。
「雫ちゃん、もうこのボウル洗ってもいいかなぁ?」
色井さんは暇そうに、水道の水を出して遊んでいます。
「それより、色井さんは具材を炒めてもらえますか?混ぜているだけで大丈夫なので」
「おっけぇい!任せてぇ」
和霜くんは、野菜も肉も切り終えたのに、包丁をずっと見つめています。なんだか怖いです。
「どうしたんですか、和霜くん?」
あまりにも恐い顔をしたまま動かないので、私は勇気を出して話しかけました。
「拙者……武士としての職務を全うしている気がしないでござる」
その感覚はひょっとしなくても間違っていません。武士はこの時代にはいないのですから。それにあなたは、一般的な男子高校生なのです。そうツッコんでもいいのでしょうか。もしかしたら、和霜くんは自分が武士の生まれ変わりだという設定に飽きが来ているのではないでしょうか。だとしたら、私が真実を彼に伝えた方がいいのかもしれません。
「和霜くんは……」
その時です。
「キャー‼火が出てる!火が!助けて!」
突然悲鳴を上げたのは、色井さんです。語尾の母音がついていないことから、彼女のパニックさがひしひしと伝わってきます。
そんなことより、大変です。色井さんの炒めていた鍋の火が色井さんのエプロンに燃え移っています。このままでは、色井さんが火だるまになってしまいます。
「俺に任せろ!」
たくましい声で色井さんのエプロンにバケツで水をかけ始めたのは、和霜くんでした。彼の喋り方が現代に戻ってきたことに、何だか深い郷愁に駆られました。
幸いなことに、火は和霜くんの消火活動のおかげで消すことに成功しました。クラス全員が彼に熱い拍手を送りました。和霜くんの顔はもう武士の顔ではありませんでした。
「俺、消防士になる!」
彼はそう言ったように聞こえました。
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