第二話 消しカスはゴミ箱へ
僕にキャッチフレーズを付けるとするならば、「ゴミや埃は全力で抹殺!掃除マニア茂見崎」というのを提案したい。僕は生まれた時から大の綺麗好き。五歳のころ、僕がサンタさんにもらったプレゼントは、自動回転絞りモップである。ただのモップより何ランクも上のスペシャルな掃除用具だ。自動でモップを絞ってくれるなんて、最高としか言いようがない。当時の僕は毎晩それを抱いて寝ていたのだと母は今でも誇らしげに言う。
そんな僕は、学校に対して一つ、不満がある。それは、掃除用具のおんぼろさだ。掃除をするための道具がゴミのように汚く古くてどうする。僕はその哀れな掃除用具のことがしばらく気がかりで夜も眠れないほどだった。学校はもっと、掃除に関心をもつべきだ。
「校長先生、掃除用具をすべて新しいものに変えてくれませんか?」
僕は我慢の限界を感じ、校長先生に直訴した。もはや僕を止めるクラスメイトの声など聞こえなかった。
「茂見崎慎二くん、君の願いは僕が叶えよう」
校長先生は、まるで魔法使いのようなセリフで僕の願いを聞き入れてくれた。
今夜はぐっすり眠れるかもしれない。僕は浮かれて、歌を歌いながら、教室まで戻った。世界が輝いて見える。僕がこの学校をピカピカにするんだ!
「茂見崎、何か良いことでもあったの?」
僕の親友、佐美丸寛が焼きそばパンを食べながら言う。彼は恐ろしく前髪が長く、親友の僕でさえ、彼の目を見たことがない。
「校長先生が掃除用具を買い替えてくれることになったんだ。これでお昼ご飯も喉が通るよ」
僕がお弁当箱を広げると、その瞬間チャイムが鳴った。
「もうお昼は終わりだよ」
佐美丸が焼きそばパンを詰め込んで言う。パンの隙間から見える焼きそばは、佐美丸の前髪のようにふにゃふにゃしていた。
お昼の後の授業は、数学だった。数学は、一番教室が汚れる授業だ。問題を解くにあたって、書いたり消したりが多い数学は、消しカスを大量生産してしまう。クラスメイトは、その消しカスを何の躊躇もなく、机の下へ振り落とすのだ。許しがたい現実。数学はこの世の不条理を僕に教えてくれたと言っても過言ではない。
「えっ……」
僕は信じられないものを見てしまった。斜め前の席に座る墨田来季がノートに次々と消しゴムをかけている。あれは授業のノートか?尋常じゃないペースで消しカスが積もっている。
「どうした、茂見崎。顔色悪いぞ?」
隣の佐美丸が小さな声で言う。
「あいつ……墨田のやつ、とんでもないスピードで消しゴムをかけてないか?」
「あー、噂だとあれは呪いのノートだね。あの中身を見たやつは病気になったりケガをするらしいよ」
「何だよそれ。めちゃくちゃ怖いな」
墨田来季は、二学期からうちのクラスに転校してきた謎の多い人物だ。伸ばしっぱなしの前髪は佐美丸と同じように見えるが、墨田の場合、前髪のわずかな隙間から鋭い目がちらちらと見え、それこそ呪い殺すようなオーラを放っている。
綺麗好きの僕とはいえ、墨田に「消しゴムをかけるのをやめろ」なんて言うのは、とてもじゃないが気が引ける。しかし、僕は消しカスが溜まっていく様子を黙って見ていられるのか。掃除マニア茂見崎の名にかけて、そんな見て見ぬふりをすることなんて出来ない!
問題が起きたら、まずは現状を把握することが大切だ、と母に教えられた。下手に動くのはまずい。とりあえず、徹底的に監視をすることにした。
墨田は、鉛筆でノートに何か文字を書いている。しかし、内容を見てしまうと呪われるというリスクがあるため、それ以上先に目を向けてはならない。すると、また消しゴムをかけ始めた。それも、一箇所ではなくノート一ページ分を縦に消している。火が出そうなくらいの強い力だ。
墨田は、その作業を何度も繰り返した。僕はひやひやした。あの大量の消しカスが床に葬られることだけは何としてでも避けたい。
「なあ、お前さっきから墨田のこと、見すぎじゃない?」
僕は佐美丸の言う通り、授業が始まってからずっと墨田のことを監視していた。おかげで、首が右に曲がってしまった気がする。あと五分で授業が終わる。チャンスは、授業が終わった直後だ。僕が墨田に「消しカス、ゴミ箱に捨てておくよ」とでも言って回収すればいい。
僕の心は今、猛烈に燃えている。掃除マニア茂見崎としてのプライドをかけた任務だ。
「はい、今日の授業はここまで」
おっと、授業がチャイムのなる前に終わった。心の準備などしている暇はない。
「墨田くん、その消しカス、僕が捨ててもいいかな?」
いざ本人を目の前にすると、若干ビビってしまった。
「なんで?」
僕の言葉が気にさわったのか、墨田の顔は険しい。たかが消しカス、されど消しカス。僕の頭には、彼の「なんで?」という威圧感のある言葉が反芻した。
「もしかして、お前も作ってんの?」
作っている……?ま、まさか呪いのノートを?
「いやいやいやいや、まさか!僕はこの世に恨みなんてないし」
墨田はまた「は?」とでも言うような顔をした。僕はひょっとしたら、とんでもない人間と関わってしまったのかもしれない。
「お前が何言ってんのか全然わかんないけど、これは譲らねえよ。これから作るんだから」
墨田は山盛りになった消しカスを綺麗に丸め、こね始めた。
もしや、僕は壮大な勘違いをしていたのかもしれない。
「それ、もしかして練消しを作るために……?」
「そうだよ、昔作ってたの思い出してさ。これは練消し専用ノート。書いたり消したりを繰り返してるから汚いだろ?」
「呪いのノートじゃなかった……」
墨田は僕の言葉を聞いて吹き出した。
「何それ、そんなのあるわけないだろ」
僕は、墨田の笑顔を見て、さっきまで疑っていたことを申し訳なく感じた。
「そうだ、放課後空いてる?佐美丸とファミレス行こうって話してるんだけど、良かったら墨田くんも来ない?」
「マジで?行く」
数学はやっぱり、大切な授業だ。
読んでいただき、ありがとうございました!