第十三話 天敵はいつもそこに
音楽室に飾られた肖像画は、鋭い視線を放っていて苦手だ。これと同じで、僕はたとえ好きなアイドルのポスターであっても部屋の壁に飾ることができない。一方的な視線が気になってしまい、つい目を合わせてしまうのだ。
「はい、合唱の並びに移動して」
先生の呼びかけと共に、みんなが一斉に動く。僕はテノールパートで、アルトパートの隣に並ぶ。
「うわ、合唱だとあんたの隣になるから嫌なのよね」
八尾本莉緒は眉をひそめながら僕の顔を見る。
「それはこっちのセリフ」
「はあ?」
この女、何かといちゃもんをつけてくる、かなりデンジャラスなモンスターだ。僕は略して「デジャモン」と呼んでいる。もちろん、心の中で、だ。
入学して間もない頃の八尾本莉緒は、まだ可愛らしかった。というか、見た目は普通に可愛いのだ。ただ、異常なほどに性格がきつい。彼女が僕を見る目は、間違いなく「ゴミ」を見る目だ。なぜ、そこまで彼女に嫌われてしまったかというと、理由は一つ、思い当たる。
あれは、六月の下旬。盛大に行われた体育祭での出来事だった。僕は、二人三脚の種目を八尾本と出場することになっていた。しかし僕は、その種目に出ることができなかったのだ。理由は寝坊だった。種目どころか体育祭にも間に合っていなかった。
体育祭のプログラムを親に渡し忘れていたこともあって、その日は一家揃ってただの土曜日と化していた。
僕が学校に着いた頃には、体育祭は終わり、グラウンドには静けさが漂っていた。慌てて教室に行くと、鬼のような形相で八尾本が待ち構えていた。
「反谷……歯を食いしばりなさい」
八尾本は僕が歯を食いしばる前に思い切りビンタを食らわせた。
「いってぇー……!」
痛みを超えた痒みが僕を襲った。じんじんと熱を帯びた頬は、八尾本の強烈な恨みを感じさせた。
それからというものの、八尾本は僕を見るなり舌打ちをし、「一生寝てろ」などと暴言を吐きまくった。さすがの僕も体育祭のことはひどく反省していたが、まさかここまでの仕打ちを受けるとは思っていなかった。
「音痴」
八尾本は僕にだけ聞こえる声で言った。それ、僕じゃなかったら泣いてるぞ。
「あのさ、命令聞いてくれない?」
八尾本はまるで僕に「お願いを聞いてくれない?」と言うようなニュアンスで話しかけてきた。命令って、僕はお前の下僕か!
「何だよ」
「室川くんと遊びたいんだけど。あんた、仲いいでしょ?」
ん?八尾本が急に恋する乙女のような顔をしている。
「じろじろ見ないで!何も聞かずに命令聞いてよ。そしたら、体育祭のこと忘れてあげるから」
長く続いた八尾本からの罵倒がなくなる?平穏な日々が戻ってくる?
「分かった。室川に伝えとく」
悪いな、室川。僕は心の中でつぶやいた。
「八尾本と俺が?なんで?」
教室に戻り、さっそく室川に伝えた。案の定、はてなマークが浮かんでいる。
「八尾本ってさ、お前と仲いいじゃん。なんで俺?」
「はあ⁉それは全くの誤解だ。八尾本にとって僕は天敵みたいなもんだよ。頼む、お前が八尾本のデートに付き合ってくれれば、僕は助かるんだ!」
僕は必死に室川を説得した。同じ教室にいる八尾本がこちらをチラチラと見ている。頼む、室川!
「分かったよ。じゃあ日曜日の三時に駅前集合。映画見て解散、な」
「よっしゃー!ありがとう」
室川の具体的な提案には妙なものを感じたが、僕は八尾本からの解放を心から喜んだ。
日曜日、僕は信じられないメールを受信した。室川からだった。
「今日のデート、行けなくなった。代わりにお前行って。駅前三時集合な。よろしく」
なんと無責任な。僕はその一方的なメールを見て発狂した。八尾本とデート?そんなの、僕の命がもつか分からないじゃないか。それに、もう二時を過ぎている。僕はとりあえず、家を飛び出し、駅までの道のりを全力で走った。
息を切らして駅に着くと、ワンピースを着た八尾本が立っていた。まだ二時半過ぎだ。
こうして見ると、八尾本は見た目だけなら女の子らしくて可愛いな、なんて一瞬思ったけれど、僕は室川のドタキャンをこれから伝えなければならない。とんでもない罵声を受ける覚悟で僕は八尾本に話しかけた。
「あの、八尾本。実は室川のやつ、急に……」
「あっそう。行くわよ」
八尾本は僕の腕をもぐような強さで引っ張り、歩き始めた。
「行くって、どこに……?」
これからボコボコにされるのだろうか。僕はもう、諦めていた。
「なに暗い顔してんのよ。あんたは何観たいの?」
「え、まさか映画行くの?」
想像もしなかった展開だ。
「こうでもしなきゃ、あんた来ないから」
八尾本の顔が赤く染まっていく。どういうことだ……?
「室川くんに協力してもらったの。私、ずっと反谷のことが好きだったから」
僕は耳を疑った。聞き間違いか?それとも幻聴?
「だって、僕のこと、いつもゴミを見るような目で……」
「はあ?何よそれ。全部照れの裏返しよ」
「愛情の裏返しみたいに言うなよ」
僕は八尾本の顔を見れなくなっていた。
「お前、ツンデレにもほどがあるぞ」
「うるさい」
八尾本はさっきよりも強く僕の腕を引っ張る。
僕が八尾本から解放される日は、まだ来なさそうだ。
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