第十一話 秘密は喫茶店にて
僕は今、同じクラスの秘密森保志という男を観察している。彼は入学してからずっとマスクをしていて、クラスの誰もが目から下のパーツを見たことがないと言う。昼休みになると、秘密森は必ず教室を出ていく。マスクを外さないと食事ができないため、だろうか。
「たしかに秘密森って誰かと一緒にいるところとか、見たことないかもな。学校も来ないときは来ないし」
隣の席の辺見伝治は気怠げに言った。秘密森は、学校を一週間休んだかと思えば、次の週にはひょっこり登校していたりする。
「人には言えない病気をもってるのかもしれないし、詮索するのもほどほどにしておけよ、敬咲」
辺見の言う通りだった。誰にだって知られたくない事情はある。僕は秘密森に向けていた好奇心をひどく反省した。
「敬咲旭くん、だよね?」
放課後、商店街にある小さな本屋で立ち読みをしていると、突然話しかけられた。
あの、秘密森保志だった。
「そうだけど……」
同じ教室で授業を受けているにもかかわらず、ずいぶんと曖昧な確認をされた。
「ちょっと、駅前の喫茶店で話さない?個人経営だけど、コーヒーゼリーの美味しい店があるんだ」
意外な誘いだった。ひょっとして、僕が秘密森に対して関心をもっていたことを感づいているのだろうか。僕は反省の意も込めて、秘密森の後をついていった。
「いらっしゃい」
喫茶店のドアを開けると、白い髭を生やしたサンタクロースみたいなおじいさんが、柔らかい笑顔で迎え入れてくれた。
僕たちは窓側の席へと座り、秘密森がお勧めするコーヒーゼリーをおじいさんに二つ注文した。
「敬咲くん、僕のことは黙っていてもらえないかな?」
秘密森はマスクを外してそう言った。初めて見る顔だった。余白のない整った顔をしていた。しかし、秘密森が「黙っていてほしい」という内容が僕にはイマイチ理解できなかった。
「どういうこと……?」
僕は小さな声で言った。すると、秘密森は驚いた顔をした。
「え?僕の正体がシークレットフォレストってことに気付いたんじゃないの⁉」
シークレットフォレスト?秘密森をただ英語にしただけ……じゃないのか?
「ま、まじか……僕てっきりバレたのかと思って……」
秘密森は真っ赤になった顔を恥ずかしそうに手で覆う。
一体何の話をしているんだろう。シークレットフォレスト……、怪盗みたいな名前だな。
「これ、僕なんだ」
秘密森はスマートフォンの画面を僕に見せた。そこには、秘密森が奇抜な衣装を着て、アイドルのように歌っている姿が映し出されていた。
「僕、シークレットフォレストっていう名前でアイドルをやっているんだ」
とんでもない暴露だった。まさかうちのクラスにアイドルがいたなんて。しかもよく見れば、動画の再生回数が三百万回もいっている。それが多いのか少ないのかは、正直僕にはよく分からなかったけれど、秘密森くんがプロのアイドルとして活動していることは十分に理解できた。
「最近やたらと敬咲くんからの視線を感じていたから、バレているのかと思ったよ。それがまさか自爆するなんてね」
「ごめん、マスクの下がどうしても気になってた」
「周りにバレると面倒だから、出来るだけクラスの皆とも関わらないようにしてたんだ。こうしてちゃんと話したのは、敬咲くんが初めてだよ」
僕は秘密森と同じ空間にいることに多少ながら罪悪感があった。これ、ファンだったら料金発生するやつだ……。
「そうだ、来週、二日間だけ関西にロケがあって学校に来れないんだ。宿題とかノートのコピー、頼んでもいい?」
「もちろん。暴露させたのは僕のせいでもあるし、それくらいは任せて」
秘密森は笑顔でありがとうと言った。これが、アイドルスマイルか。僕はコーヒーゼリーを食べながら、彼の顔を眺めていた。
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