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青春と僕たちの架空  作者: 白木雨芽
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第一話 デッサンは会話なり

一時間目の美術は、何だか〝朝〟を通常よりも感じてしまい、何だか苦手だ。それはなぜだろう。まず、移動教室というのが落ち着かない。教室に残された自分の机が恋しくてたまらなくなってしまうのだ。僕はあの机にジョンと名付けている。ジョンは僕の座高にこれでもかというくらいに、とても合っている。ちなみに椅子にはメリーと名付けている。物に名前を付けるとどうも愛着がわいてしまうらしい。僕はあの何の変哲もない机と椅子たちを、たった今デッサンをしながら考えているのだから、重症だ。

「てか、何であたしが奥道のデッサン担当なの?湊くんが良かったんだけど」

雪沢江恋は、僕の顔を不愉快そうに見て心無いことを言う。

「しょうがないだろ。この授業を取っている人数は奇数なんだ。僕と雪沢さんと弧国くんが同じクラスで、こうして三角形でデッサンをするしかないと先生が決めたんだから。それに雪沢さんが弧国くんにデッサンしてほしいと言ったんだ。そうとなれば、雪沢さんが僕のデッサンをしないと、この流れが崩れて、雪沢さんと弧国くんのただのペアになってしまうだろ」

僕は一息で、吐き出すように言った。だが、僕の分かりやすかったであろう状況説明も虚しく、雪沢さんの目は明らかに僕を軽蔑していた。

「まあまあ、二人とも喧嘩なんてやめてよ。雪沢さんももっとかわいい顔して。じゃないと、恐い顔を描いちゃうよ。奥道くんもさ、そんな早口で僕のことを取り合わないでくれよ」

今の状況で自分の取り合いっこだと解釈するな。無駄にイケメンなのが腹立つ。

「湊くん、ごめん!よく考えたら、こんな眼鏡オタク、三秒で描けてラッキーだった」

人の顔を三秒で完成させるな。それに僕は目が悪いだけでオタクではない。

デッサンで似顔絵というのは、えらくプレッシャーだ。自分の顔ならまだしも、他人の顔を自分の画力で表現しなければいけないだなんて、残酷すぎる。しかも僕の場合は、クラスの中でも王子と名高い弧国湊を描かなければならない。誰がどう見ても美しいその風貌を僕が汚してしまわぬよう、最大限の力を込めて制作するのだ。

「奥道ってさあ、友達いるの?」

全くこの女は、さっきから僕に対しての敬意が全くない口ぶりだ。

「馬鹿にしないでくれ。僕にだって、友達くらいいる」

「例えば?」

一番最初にジョンとメリーが頭に浮かんでしまった僕は、ひどく強烈な哀しみを感じたが、そんなことを察しられまいと、僕はクラスメイトを五十音順に思い浮かべた。

「ほら、いないじゃん。即答できないのは友達がいない証拠よ」

「奥道くん、大丈夫だよ。高校生活は長いさ」

僕が頭の中で友達と呼べる人間を考えているうちに、ぼっち認定をされ、挙句の果てに同情と励ましの言葉までもらってしまった。そもそも、友達とはなんだ。定義は?ジョンとメリーは僕を支えてくれる大切な友達だ。物だろうが関係ない。僕にとってはオンリーワンの机と椅子なんだ。

「そうだそうだ、湊くんはどう?彼女っているの?」

弧国くんには、友達がいるかという段階をとばしての質問!いや、そもそも友達がいるかなんて質問がおかしいのだ。

「僕、皆を愛しているから一人だけに愛を注ぐっていう思考、ないんだよね。僕は道端に落ちている石ころから空を飛ぶカモメまでを愛しているんだ!」

その例え、合っているのか?石ころからカモメってどういう範囲で愛を語っているんだ?いや、雪沢さんも黙り込んでないでツッコんでやれよ。お前までナチュラルに引いてどうする。

「す、すごーい……。そういうの博愛主義って言うんだよね!湊くん、スケールが違うなあ!」

弧国くんという偶像を壊さないように必死な雪沢さんの姿が、そこにはあった。

「何見てんのよ、奥道。気持ち悪い」

「雪沢さん、思ったことをそのまま言い過ぎじゃないか?」

「もしかして、あんたも恋愛話に入りたいわけ?その顔で」

「その顔で、は余計だ」

「で?奥道に妥協してくれる女の子ってのはいるわけ?」

なんだ?僕はいつの間にここまで雪沢さんに嫌われていたんだ?何だかどんどん心をえぐられている気がするんだが。

「まあ、気になってる人はいるけど……」

雪沢さんの目が僕に「気持ち悪い」と言っているのが無残にも伝わってくる。

「奥道くん、片思いしてる人がいるんだね。うちのクラスでしょ?」

弧国くんはにこやかに言う。彼は別に悪くないけどちょっとむかつく。

「同情するわあ、その女の子に」

「雪沢さんとは違うよ、その子は。とても優しい子だから!」

「はあ?きもきも眼鏡が生意気ね」

「ちょっ……、雪沢さん、僕の悪口を言い過ぎだぞ!」

「事実でしょ」

顔か?顔が悪いからここまで嫌われているのか?

「雪沢さん、落ち着いて。奥道くんの想い人、教えてよ」

弧国くんが何か言うと、雪沢さんは静かに、おしとやかになる。ああ、僕もイケメンに生まれたかった。

「そうだな、さすがに名前は伏せるけど、特徴くらいなら。髪型はハーフアップで目がくりくりしてて、声が高めでいつもにこにこしてて、それからとてもかわいい!」

「江南さんだな」

「ハジキだね」

「え⁉何で分かるの?」

あろうことか、二人は僕が片思いをしている江南ハジキというとってもプリティな女の子を一瞬で当ててしまった。

「髪型がハーフアップなの、江南さんだけだもんね」

「ハジキはプロのぶりっこだから、奥道、もしかして勘違いしちゃった?」

髪型を指定してしまったのは汚点だった。恥ずかしい。こんな二人に好きな人がバレるなんて、考えてもいなかった展開だ。

「いや、雪沢さん。江南さんのそういうぶりっこでいることに全力な姿が好きなんだよ。自分を可愛く見せようとするなんて、いじらしいじゃないか。それにあの表情筋には尊敬してしまうよ。毎日笑顔でいるなんて、素晴らしい女の子だ!」

言うまでもなく、雪沢さんの顔は引いていた。

「奥道くん、すごいよ。豚に真珠ということわざもあるくらいだ。君たちもそうなれるといいね」

僕のためにフォローしてくれたっぽい弧国くんだったが、そのことわざの使い方、間違っている気がする。

「そうだね、豚眼鏡も真珠と寄り添えるといいね」

「悪質な言い方だ……」

僕たちはその後、誰一人として口を開かぬまま、デッサンを完成させた。


読んでいただき、ありがとうございました!

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