騒めく森
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申し訳ない。
血の流れを頭の中にイメージする。淡くで良い。なんなら、正しくなくたって良い。
流れに力を流し込む。
因みにこれを行う時の俺のイメージは、ある時から固定されている。
血は川だ。他人に流す力は土砂。
そりゃ川が極端に小さかったり流れが遅ければ、その川はただの水溜りになるだろう。
けれど、その川の幅が大きく流れが早ければ?
必死に戦ってるときってのは、当たり前だが血の流れは早い。心臓が必死に動いて、酸素とオド──自身の魔力──を体中に回そうとする。
これを俺のイメージに組み込むなら、豪雨としよう。いや、まあ血の総量は増えないけれどな? そこは妥協だ。
さて。激しい川に流れ込んだ土砂は、そのまま土石流になる。
俺の強化魔法はそんなイメージだ。
とはいえ、人によって川の速さ、深さ、幅は違う。
そこを上手く調節するのが出来る強化師である。
時間がない。心の中で、早口に精霊に呼び掛ける。
今一度、我に力を授けたまえ……なんて。そんな事は言おうが言うまいが結果は変わらないのだけど。まあノリというか、その為に言ってる感ある。
「……!」
乱暴で済まんが耐えてくれ、と半ば願うように。ヤツなら大丈夫だろ、と言う過信も半分。
ヤツが唐突な力の流入に目を見開いた。金の髪が一瞬だけ広がる。
特殊な機器を使わなければ干渉すら能わない、世界を構築する存在である精霊すらも焼き尽くす炎が、俺たちを襲うまであと少し。
ぐ、とヤツの足に力が入るのが分かった。
やばい、置いていかれる。慌ててヤツの服を留めている、丈夫そうなベルトを引っ掴む。
赤が俺たちを包むまで、あと……?
と、考える前に。世界は緑に戻っていた。
先程まで、ほんの直ぐ後ろに居たはずのドラゴンが遥か遠くで。
「……は、速……いな」
「速いな」
ヤツは綺麗な青い瞳を細めて、いつものように得意げに言葉を繰り返す。
それに曖昧に笑うと、ヤツは大事に抱えて居た少女を俺に渡してきた。
「……?」
「……」
刹那、ヤツの表情が消える。
あの時と同じだ。
俺がアイツに敵意を向けた時と、同じ顔。
「……え」
そこから、何も見えなかった。
気がつけばヤツは目の前にいない。きらきら輝く金髪も、空のように澄んだ青い瞳も。
どこにも無かった。
見捨てられた? いや、まさか。そんなはずはない、多分。
分からなかった。ヤツが何をしたくてここを離れたのか。
なぜ俺に少女を託したのか。
ここまで離れたとはいえ、一度でも補足されればあのドラゴンは何処までも追ってくるだろう。
速度もアホみたいに速い。ずっとヤツに走らせ続けるわけにもいかない。
それに、見つからないと言う保証はどこにも無い。永遠に逃げ続けるなんてのは不可能だし、どうすれば。
ヤツを置いて逃げていいのか? いや、もしかしたらヤツが俺たちを置いて逃げたのか。
そうパニックになりそうな頭と違い、体は淡々と気配を断つ陣を敷いていた。
「アイツは戻ってくる」と、どこか確信めいたものがあるのだろうか。自分の体なのに何一つ分からない。
一抹の綻びもなく陣を敷けたのが、範囲が小さいのもあって三十秒くらいだろうか。
……頭の何処かでは、これが殆ど意味が無いのは分かっている。
それなのに、何故俺は必死になって体力を消耗しているのだろう。
ふと、精霊が騒めいたような気がした。
嫌な予感がする。素早く顔を上げた瞬間。
俺の家があった辺りで、目の眩むような閃光が迸った。
このおっさんの子供時代とか、何年前の話なんでしょうね。




