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隔たれた世界

 その誰も知らない少女を見つけたのは、誰も知らない少年だった。

 後先考えずに少女を水から引き上げた少年は、簡単な手当てをしたのち彼女を抱えたまま当てなく歩き始める。


 少年は何も知らなかった。ここが何処なのか、何処にいけば少女を助けてもらえるのか。

 分からないので歩くしかない。

 勘と、少しの知識と、運と。


 様々な要素全てが噛み合って、少年は人気のある館を見つける事に成功した。



 普段ならまだ寝ている時間。何が悲しくて心拍数を数倍に上げて杖を構えねばならぬのか。

 館の主は冷や汗を滲ませ、半ばヤケクソ気味に「来るなら来い」と呟いた。


 何重にも張っていた筈の結界があっさり破られてから、早数分。

 使い魔もなぜか役に立たず。


 偶然結界近くに迷い込んだ無害な存在を追い払うため設置していた、動物を模した使い魔がダウンした瞬間。俺の負けは確定していたのかもしれない。

 適当に襲いかかった瞬間に、糸が切れたように使い魔が操れなくなったのを覚えている。


 やはり、あれから俺は腑抜けてしまったんだろうか。

 あんなのは初めてとは言え、慌てて全投入したのがいけなかった。勿論、今や全機操作不能。

 前ならこんなヘマはしなかったかもしれない。


 はっきりいって異常すぎる、もう無理だ。

 俺は終わりました。こんな芸当が出来る奴に勝てる気がしません。お手上げです殺されます。


 とは言え諦めてそのままなのも癪だ、と最後にソイツの脳天に一撃食らわせてやろうと言う魂胆なのだった。

 魔術でどうにもならないと言うならば、慣れないけども打撃で一撃。という。


 どんな姿なのか、何人なのかも把握出来ていない。それ用の使い魔もダウンしたので。はい。


 ……。

 もう無理なのでは?


 ゆっくりと足音が近づいて来る。

 死刑宣告。ああもう、クソ、畜生。


 こつこつ、と扉を叩く音。

「◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎」

 幼い声で紡がれる、聞いたこともない言語。


 外殻をあっさりと剥がされると、ここまで自分は弱くなるものなのか。笑ってしまう、というか膝も笑っている。

 ひっ、と小さく息を吸って、強張る足を引きずるように扉へ突進した。


 勢いよく開いた扉に手応えはない。素早く飛び退かれたか、遠くから使い魔に叩かせていたか。

 遠くに小さな影が立っている。髪が煌めいていて、こんな時でなければうっとりと眺めたい位だ。


「◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎?」

 言葉は聞き取れなくとも、それが首を傾げて不快そうに顔を歪めたのは見て取れた。

 影はゆっくりと屈むと、背中に背負っていたと見える何かを下ろす。


 ……人……?

 あれは人を担いでここまで?

「◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎」

 何のために? わからない、警戒を続けるしかない。


 杖を構える。流石に自分へのバフは掛けられるよな? それも消されたら俺、ただの非力なおっさんなんですけど?


「◼︎◼︎◼︎◼︎、◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎」

 それが右足を踏み出したのと、俺の準備が出来た瞬間はほぼ同じ。

 せめて目くらましにでもなればいいが、と火球を飛ばしてみるもあっさり掻き消される。


 次の瞬間にはそれが懐に飛び込んで来ていた。

 煌めく髪が眩しくて、何も見えなくなる。


 視界が戻った時には、それは真正面から俺の首にナイフを突きつけていた。

「……は、はは」

「◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎」

 表情は色がない。何を思っているのか、全く読めなかった。

 それは一度ナイフを首から外すと、俺の服の端を掴み歩いていった。

 それに逆らう気もなくついて行く。何だ、もっと開けた場所で殺すってか。

 あーあ、見つからない自信があったのに。あそこまで圧倒的な差を見せつけられると、もう恐怖だとかそんなのは吹っ飛んで。

 ちえ、あんなの勝てる訳ないじゃん。とか零してしまいそうな、そんな拗ねたような心境になる。


 引っ張られて連れていかれた先は、先程背から降ろされていた人間の側。


「◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎」

 ぱ、と服から手を離したそれが優しく人間を抱き上げる。


「な、何だよ……」

 意図が読めない。

 これは俺を殺しに来たんじゃないのか?


「◼︎◼︎◼︎」

 その人間は気絶しているらしい。

 その顔は青ざめていて苦しそうだった。

 衣服は何箇所も破けズタボロで、髪はボサボサで。


 その体を、ゆっくりと差し出された。

 その行動の訳がわからなくて後ずさる。一歩踏み込まれる。

 後ずさる、踏み込まれる。二回繰り返し。


 そこで、それの表情が初めて人間味のあるものに変わる。心配そうに眉を下げて、それはまた意味のわからない言語を口にする。

「◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎、◼︎◼︎◼︎?」

 懇願するように、手を突き出される。さっきまであんなに堂々としていた癖に。


「受け取ればいいのか?」

 躊躇いつつも手を出すと、それは安心したように笑って傷だらけの人間から手を離した。


 人間は思った以上に軽かった。

 あのよく分からない言語を操る存在が余りに小さいから相対で大きく見えていただけで、この人間もまだ少年少女と呼んでいい体だった。


 中性的な顔立ちで、性別は判別できない。

 それはさておき、人間は何故かじっとりと濡れている。汗……いや、ただの水……?


「分かった、手当てする。それで良いか?」

 それは俺の言葉を理解しただろうか。していなくても構わない。

 体を揺らさないようゆっくりと家へ歩き出そうとすると、それは嬉しそうに目を細めて俺を見送っていたからだ。


 あれに、そこまでの敵意はなかったらしい。

 あのままでは話が出来ないからと、一度制圧しようとしたんだろうか。

 例えそうだとしても使い魔云々とかは全く説明がつかない……。

 ……まあ、分からないことだらけだが、とにかくこの託された命を救う事に力を注ぐ事にしよう。


 それにしても、あれは運がいい。

 訪ねて来たのが、この俺の家だったのだから。


二話目です。

謎の「それ」が「俺」の手札を完封出来た理由や、「俺」が疑いもせず殺されると思い込んだ理由が明かされるのはまたまた後なのでした。

そこまで書けたら良いですけど……はい、頑張ります!

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