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千年皇国の戦略魔法師(エクストラ)  作者: 綾部 響
第二部 第三章 【激戦都市】
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Ville de bataille féroce Côté:Andorra(激戦都市 サイド:アンドラ)

一方でアンドラを追ったマサト達も、彼女の術中に惑わされる事となった。

 海に向かって高速で飛翔するアンドラ=シェキスをアイシュはすぐに捕捉した。


「待ちなさいっ!」


 しかしそれが、アンドラがわざとスピードを落としていたからだと言う事にアイシュも気付いていた。テディオ=コゼロークのトラップで大きく距離を開けられたにも関わらず、如何にアイシュであってもこれ程僅かな時間で追いつけた事に疑問を抱かない訳が無かったのだ。

 案の定、アイシュがアンドラにそう叫び掛けると、彼女はユックリと速度を落としてそのまま中空で停滞してアイシュの方へと振り返った。対面したアンドラの顔に焦燥感は無く、アイシュの想像通りそれが彼女の意図したものだと伺える態度であった。そこへ僅かに遅れてマサトとユファも追いついて来る。


「……そんなに大きな声を出さなくても、ちゃんと追いつける様にスピードを落としてあげたでしょ?」


 そうアイシュ達に告げるアンドラの眼光は鋭く、瞳には冷たい光が湛えられていた。クイッと指でメガネのフレームを上げる彼女の仕草は、正しく冷静冷淡な有能秘書と言った風貌だ。だがそれだけに、彼女が何を考えているのかマサトやアイシュには簡単に読み取る事は出来なかった。年齢ではそれ程大きな開きが無いと思われる物の、アイシュとマサトには彼女との大きな経験差を感じずにはいられなかったのだった。

 しかし経験差と言うならば、圧倒的に勝っている人物がマサト達のすぐ傍らにいるのだ。

 

「お主達……何を企んでいるのじゃ?」


 あらゆる事に措いて、間違いなくこの場の誰よりも圧倒的に経験して来たであろうユファがアンドラへそう返した。ユファはアンドラの出す雰囲気に呑まれる事も無く、彼女に負けるとも劣らない冷徹な瞳でアンドラを注視している。


「……これはこれは皇女陛下。この戦乱の元凶たる貴女様が、この様な辺境の地で一体何をなさっておられるのですか? ……ああ、申し訳ございません、質問の答えでしたね。エクストラ魔法士とそのガードが揃えば、その企みなど一つしか無いでしょう?」

 

 アンドラの口調は非常に丁寧であり、それでいてユファを貶している様にも聞こえる物だった。事実アンドラがユファへと話し掛けた途端に彼女の瞳から冷色が消え、忌避と怒りの光が含まれ出していたのだった。アンドラの無礼極まりなく、明らかな挑発と取れる物言いに怪訝な顔をしたユファだったが、アンドラのセリフには気になる部位が含まれておりユファはそちらの方へと気を取られていた。


「……何じゃと? ……我が……元凶……?」


 流石にこの言葉を受け流す等ユファにも、そしてマサトとアイシュにも出来なかった。それがアンドラの意図したマサト達の動揺を誘う手段であっても、現在の混乱を招きイスト自治領を消滅せしめたのが自身の責任だと言われてしまってはユファにそれを看過する事など出来ず、マサト達もその真意を知る為に動く事が出来なくなってしまったのだ。


「……分かりませんか? そもそも貴女様が御自身の御都合で聖都を出立なさる事など無ければ、我がガルガントス魔導帝国が戦端を開く事も、周辺11自治領を攻め落とす必要もありませんでしたし、何よりイスト自治領もあの様な事にはならなかったのですよ?」


 アンドラは言葉を淡々と物語っている物の、その瞳には憎しみにも似た炎が宿りユファを見据えていた。その視線の先でアンドラに見据えられているユファは平静を保っていた、もしくは保とうとしていた。

 ユファの態度には未だ毅然としたものがあり、アンドラの言い掛かりにも似た言葉に惑わされている様には見えない。イスト自治領を滅ぼしたのはそれこそガルガントス魔導帝国の都合であり、それをユファの責任にする等責任転嫁も良い所なのだ。そう考えているのはユファも同じなのだが、彼女にはすんなりとアンドラの言葉を撥ねつける事が出来ないでいた。

 彼女が自分の都合で飛び出したのも、そしてイスト自治領へとやって来たのもアンドラの言った通りである。彼女の論法に僅かな一致でも見出してしまっては、ユファにはその全てを否定出来なくなってしまったのだった。否定する言葉を見つけてみても、彼女の話を完全に論破する事が出来ない……と、そう自身の心が訴えかけてしまっていたのだった。

 言葉を発しないユファに、アンドラが更に付け加えた。


「……そもそも……あれからもう10日を超えていると言うのに、何故まだ貴女様はこのような場所に居られるのですか? 本来ならば聖都にて攻撃なり防衛の指揮に就いていて然るべきではないのですか? 事ここに至っても貴女様はやはり表舞台には現れず、傍観に徹するとおっしゃるのですか!?」


 徐々に語調の荒くなるアンドラの言葉がユファを一方的に責め上げた。だが彼女の話した事も、やはり一方的な主観に依る言葉に過ぎない。それを何よりも知っているユファである筈なのだが、彼女の心に一度湧きあがった疑念は正常な思考能力を大きく奪っていたのだった。


「……わ……我……我は……」

 

 まるで今までの事が自身の責任だと思い込んでいる様にユファは呆然と呟いた。普段の彼女ならば冷静に論破出来る様な事であっても、虚実ない交ぜと繰り出して来るアンドラの語調は至極巧みであり、その話にユファも乗せられてしまったのだった。一方的な誹謗中傷では無く、その中に僅かの真実を織り交ぜる事で全体を真実と思わせるアンドラの話術は舌を巻く程の物であった。

 

「ユファッ! 惑わされちゃダメよっ!」


 しかしその言葉に振り回されなかった人物達がこの場にはいた。アイシュの言葉にユファの身体がビクリと跳ねた。


「そうだ、ユファッ! 自分達の悪業(あくごう)を他人のせいにするなんて、言い逃れも良い処だっ!」


 それはアイシュとマサトであった。他の誰がそう言うよりも、事実イスト自治領の数少ない生き残りである彼等の言葉は正しく真実であり、ユファが冷静な思考を呼び戻すのにこれ以上の物は無かった。


「……マサト……アイシュ……」


 彼等に視線を遣ったユファの顔にみるみる精気が戻って来た。だがアンドラに策を挫かれたと言う雰囲気は無い。事実彼女にとって先程の会話は策でも何でもなく、純粋に彼女の気持ちだったのだ。


「……何も……何も知らないくせに、勝手な事をベラベラと……」


 ワナワナと体を小刻みに震わせそう零した彼女の言葉は、憤懣(ふんまん)(こら)えているのか酷く押し殺したような物だった。


「何も解ってないのはあなたの方よっ!」


 ―――シュシュンッ!


 しかしそんな事に異を介さないアイシュが、氷弾を即座に造り出しアンドラへと放った。これ以上の心理戦を防ごうと言う彼女の行動だったのだ。


 ―――キュキュキュンッ!


 だがその攻撃も、アンドラの即座に構築した魔法防壁により全て防がれた。詠唱もせずに複数の弱くはない氷塊を作り上げたアイシュもさることながら、それを一瞬で構築した防御障壁にて防ぎ切ったアンドラの実力も流石の物であった。


「……無駄な事は止めなさい。アイシュ=ノーマン、そしてミカヅキ=マサト。あなた達では私を倒す事など出来はしません」


 キッと鋭い視線をアイシュと、そしてマサトにぶつけたアンドラがそう言い放った。アイシュとの実力は見る限りで拮抗している事が伺えるものの、マサトは仮にもエクストラ魔法士であり、一般のレギュラー魔法士では到底歯が立たない魔法を行使可能なのである。それを解った上で彼女はそう啖呵を切っているのだ。


「ミカヅキ=マサト。あなたは強力なエクストラ魔法を引き継いでいる様だけれど、今はまだ1度しか使えないでしょう? 今ここで私を倒す為に使ってしまっては、あの人(・・・)の攻撃に対処できなくなる……違うかしら?」


 しかし彼女の発した言葉は正しく策士らしい言葉であった。テディオとアンドラが別れる事によって、マサトはどちらかを倒す為だけにエクストラ魔法を使用出来なくなる。例えマサトがテディオを追っていたとしても、恐らくはチェニー=ピクシス同様ハイブリッドであるテディオにエクストラ魔法の仕掛け合いを挑む事は困難なのだ。


「そしてアイシュ=ノーマン。貴女も随分と高い魔法力を有した有能なガードの様だけど、到底私には届かないわ。防御特化である貴女の魔法では私の攻撃を食い止めるにもそれなりの力を必要とするはず。高レベルバランス型の私が圧倒的に有利ですからね」


 これもまたアンドラの言う通りであった。ガルガントス魔導帝国が把握しているデータで考えればアイシュが厄介なのは攻撃よりもその防御力であり、彼女の攻撃力よりも相当以上の防御力を有しているアンドラにすれば彼女を抑え込む事に苦は無かったのだった。ただこの時アンドラの持つ情報に致命的な欠点のある事を彼女自身気付いていない。


「……そして皇女陛下。如何に貴女様と言えども、今のような(・・・・・)状態では本来の力に遠く及ばないでしょう? 歴史上、そして現存する唯一の『スペルマスター』たる貴女様を以てしても真の力を発揮する事は出来ない……違いますか?」


「……そこまで調べていようとはな……」


 朗々と話すアンドラの言葉に、ユファは僅かに気圧されていた。それは隠していた切り札を見透かされたような感覚に見舞われていたからであった。


「……ス……スペルマスター……?」


 だが初めて聞く言葉にアイシュが疑問を口に出した。自然と同意を求めに言った彼女の視線がマサトを捉えるも、彼もまた頭の上にクエスチョンマークを多数浮かべていたのだった。二人がその視線をユファへと向ける物の、当の本人はその事について語る素振りを見せなかった。ユファの瞳はアンドラを見据えており、彼女の代わりにアンドラが説明する事を物語っていた。


「現存する剣、盾、異種魔法、更には一般に知られる事のない “禁呪” と呼ばれる物に至るまで全ての魔法を行使する事の出来るただ一人の存在……それが『スペルマスター』だとか……。皇女陛下はその力を以て千年前の動乱をたった一人(・・・・・)で鎮めた……そうですよね?」


 そしてアンドラはユファの考えていた通り「スペルマスター」について説明をしたのだった。ただ先程よりのアンドラが取る行動からユファは彼女の思惑に気付いており、それはマサトも感じていた事であった。


「……じゃが今はこれこの通り、本来の姿には程遠く力も全く足りておらぬのが現実なのじゃ。あやつの言う通り、今の我は魔法士ランクに措いてあやつにも大きく劣る存在なのじゃ」


 アンドラの言葉を肯定した上でユファが彼女の話を継ぐように語った。元々マサトの元へとユファがやってきた理由も魔力の枯渇に依る物だった。それから幾日かが過ぎたものの、ユファの話が本当ならば未だ全快には程遠い筈であり、当然全力の力など出せよう筈もなかった。


「と、言う事よ? 残念だけどあなた達には時間までここで足踏みしてもらいます」


 この言葉にユファとマサトはアンドラの意図が自分達の考え通りだと確信に至ったのだった。彼女の目的は時間稼ぎであり、何らかの策を発動させる為に遅滞戦を持ち掛けているのだった。


「……なるほどのぉ……自軍が撤退するまでの時間稼ぎと言う訳じゃな?」


 そしてユファは、遥か下方にある足元の地面をちらりと一瞥してそうアンドラに質した。上空からでは解り難い物の、黒く固まった少数の一団が少しずつピエナ自治領の大門からオーラクルム山脈方面へと移動していたのだった。これがユファの言っているガルガントス魔導帝国軍の兵士なのだろう。

 大軍が一斉に行動を開始すれば間違いなく住民にも気付かれてしまう。そうなれば統治者のいなくなった街でどの様な騒動が湧き起こるか知れたものではないのだ。ピエナ自治領を放棄するガルガントス魔導帝国にすれば、撤収後の街がどうなろうとも関係ないのだろうが、万一その事で彼等の意図に支障をきたすのならば無用な騒動は起こさないのが良策と言える。そしてテディオとアンドラが何かしらの策を弄しているならば、ピエナの民に自軍の撤収を悟られる訳にはいかないのだろう。


「あなた達っ! この街もイストみたいにしてしまうつもりなのっ!?」

 

 だが彼等の思惑など想像に難くないのが現状であり、アイシュの言葉は正しく彼等の意図を看破する物であった。既にこの街を取り囲んでいた魔魂石の効力が消滅しており、今ピエナ自治領は外から襲い来る魔法に対して無防備な状態であった。そんな所にもしエクストラ魔法が放たれれば、このピエナ自治領はイスト自治領と全く同じ末路を辿る事になるのだ。そしてこれこそがテディオとアンドラの画策している、マサト達を本当の意味(・・・・・)で足止めする策に他ならない。


「……お主達……この街の住民を人質としておるつもりか?」


 ユファの言葉にマサト達は驚愕の表情で目を見張り、アンドラはポーカーフェイスを気取っているのか何の反応も示さなかった。しかしアンドラのその態度がユファの言葉を肯定している事を如実に物語っていた。

 

「……ユファ……どういう事だ……?」


 ただでさえ非人道的な行いをしようとしているアンドラ達だが、その上人質まで取っているとなれば如何なマサト達でも到底許せるような事ではない。だがピエナ自治領民を人質にしていると言う今の状況を、マサトは今一つ把握できなかった。


「……マサトよ、今この状況でお主はピエナの民を放って逃げ出す事が出来るか?」


 マサトの問いに明確な答えを示さず、ユファは質問で返答した。


「……出来ない……出来る訳が無い」


 マサトは間をおかずにそう答えた。彼がイスト自治領の生き残りであり、もう二度とあの様な事を起こしたくないと考えていても、それは自分の命と引き換えにする様な事では無い筈であった。だが残念ながらマサトはまだまだ年若く、ヒロイズムから来る正義感を抱いていたとしてもそれは仕方のない事だったのだ。冷静に考えるならば万一ピエナ自治領にエクストラ魔法が放たれたとしても、それを行ったのはガルガントス魔導帝国でありマサト達にはなんら責任が発生しない。彼等は自身の身を第一に、ピエナ自治領を放棄して逃げ出すと言う選択肢も取る事が出来、状況を考えればそれも致し方ない事だと言えるのだ。


「……つまりそう言う事じゃ」


 しかしマサトはその選択肢を取らなかった。そしてテディオ達の作戦はマサトの考えを正しく見抜いた物であり、その気持ちを利用した物であったのだ。それにより全く赤の他人でしかないピエナ自治領民がマサト達にとっての人質となるのである。ユファの言葉はそれをマサトに伝える物であった。


「大丈夫よ、マー君っ!」


 ユファの話で言葉も漏らせず固まってしまったマサトを助ける様に、勇気づける様な声音を発したのはアイシュであった。


「つまり、彼女を倒してあの男も倒しちゃえば、この計画は頓挫するって事でしょっ!」


 アンドラから視線を外す事無く力強くそう宣言したアイシュの言葉だが、それを受けたアンドラは失笑とも取れる笑みを零したのだった。


「……アイシュ=ノーマン……貴女は先刻の話を聞いていなかったのか? 私は先程、それは無理だと話したはずだが?」


 論理的にその理由も添えて、アンドラはマサト達に打つ手がないと話したばかりだった。それを受けても尚そう言い切るアイシュの言葉は、この場に置いて些か滑稽に映る物だったのだ。

 だがマサトは知っていた。アイシュが自身で無理だと判断する様な事を、例えその場凌ぎであっても口にしないという事を。

 勿論ユファやリョーマもアイシュの言葉を否定的に捉える様な事はしないだろう。しかしアンドラの言葉に反論出来ない以上、ただ単に結果だけを唱える事は相手の失笑を買う行為なのに間違いない。それでもアイシュの顔には曇りなく間違いのない自信が浮かんでおり、マサトは一片の疑いも持っていなかったのだ。


「あなた達の情報は新しくないわっ! 私達は昨日までの私達じゃないんだからっ!」


 勇ましく、力強くそう啖呵を切ったアイシュに強い力をマサトとユファは感じていた。だがその中に、僅かな違和感をマサトだけは持っていたのだった。


怪しい気配を纏い、アイシュの恐るべき力が解放されようとしていた……。

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