Ville de bataille féroce Côté:Tedio(激戦都市 サイド:テディオ)
何故だか二手に分かれたテディオ達、そのテディオ本人を追ってリョーマが空を駆けた。
ピエナ自治領上空を西方へ、オーラクルム山脈方面へと飛行し続けていたガルガントス魔導帝国軍、十二聖天が一天、テディオ=コゼロークの後方から、恐るべき速度で迫る黒い影がみるみるその姿を明確にしていった。
「逃がしはしないよっ! テディオ=コゼロークッ!」
声の届く距離となり、そう言葉を発したのはアカツキ=リョーマであった。彼はその非凡な魔法力に見合う速度で、テディオの罠により大きく引き離されていた距離を見る間に詰めてみせたのだった。
リョーマの声に反応して、テディオはその場に静止しクルリと向きを変えて彼と対峙する姿勢を取った。リョーマも彼との距離が20m程となると減速し、それ以上近づく事を避けたのだった。先程の例もあり、彼が何処にどの様な仕掛けを施しているのか予測出来ない。何があっても即座に対応出来る距離がこの間合いなのだ。
「……流石は “神童” と名高いアカツキ=リョーマだね。ハッキリ言って速過ぎるよ」
速度差で言えば後数秒飛び続ければ、テディオはリョーマに追いつかれていただろう。テディオも決して手を抜いて飛んでいた訳では無いが、彼の飛行能力を上回る速度をリョーマが示して見せたのだ。エクストラであるテディオが使用する飛行魔法は決して遅い物ではない。ただリョーマの能力が恐ろしい程に優れているだけだった。
「このまま飛び続けても結果は見えているだろう? これ以上逃げる事は出来ないよ?」
彼のセリフからはリョーマがテディオを追い詰めている様に見え、事実単純な飛行勝負ならばテディオはリョーマに敵わないだろう。
しかしリョーマの目の前にいる男からその事に対する焦りや恐怖は感じられず、それどころか余裕さえ感じられるのだ。それがリョーマをして更に慎重な行動をとらせる要因となっていた。
「……うーん……それはどうだろう?」
リョーマの考えを肯定する様に、テディオの返答はリョーマの言葉を柔らかく否定するものだった。勿論その言葉通りに受け止める程リョーマも単純ではない。テディオはペテン師の類であり、僅かにでも油断すれば瞬く間に彼の術中へと引き込まれてしまうのだ。
「エクストラの君が、この俺とレギュラー魔法でやり合って勝てる訳ないだろ? それともここでいきなりエクストラ魔法でも使うかい? まー……俺はそれでも良いけどね」
リョーマの言った事は、最初から最後まで全て事実だった。例え強力なエクストラ魔法を持っておりアウトランクとなっているテディオと言えども、レギュラー魔法でリョーマに敵う道理はない。恐らくは現在レギュラー魔法で最も力を持っているリョーマならば、例え相手がランク5のレギュラー魔法士であっても一蹴する事が可能だろう。
そしてもし、万一テディオがここでいきなりエクストラ魔法を使用して来ても、リョーマにはそれを防ぎきる自信があった。勿論相手のエクストラ魔法にも依るのだが、それでも彼は僅か一撃で自身が敗北を喫する等全く考えていなかったのだ。そしてそう思わせるだけの魔法力をリョーマは有しているのだった。
「……いやいや……まともにやり合うのは下策ってもんだよ、アカツキ=リョーマ。君の力は帝国でも認めている処なんだからね。それにここでいきなり “切り札” を使うなんて、これほど無駄な事はないだろう? 取って置きってのは効果的に使わないと意味ないからねー」
テディオはお道化ながらそう言った物の、彼がリョーマを圧倒する為にはそれこそエクストラ魔法をぶつけるより他に手段はないと考えられ、実際リョーマそう考え何時でも防御障壁を張れるように構えていた。だが一般常識としてエクストラ魔法はその魔力消費量が尋常では無く連発出来る代物ではない。ここはやはり、余程の事が無い限りテディオがエクストラ魔法を使用して来るとは考え難かった。
「ふーん……俺が相手程度じゃー、使うまでもないって事か?」
だがそれだけに、余計にテディオの考えがリョーマには読めなくなっていた。相手の意図が明確に判断出来なければ、リョーマとしても一気に畳み掛ける様な真似が出来ないのだった。さしものリョーマであっても、不意を突かれてエクストラ魔法を食らえばただでは済まないのだ。
「いやいやー、何でそうなるのかなー? まだその時じゃないってだけなんだけどなー」
そう言いながら人差指を立てたテディオの指先に、魔法によって作られた小さい火の玉が具現化された。リョーマから見てそれはレベルの低い魔法であり、彼にとっては然して脅威となる物ではなくそれこそ構えるまでも無い程の物であった。
「……火弾……」
呟きとも取れる小さな言葉を発したテディオは、その火球をピンッと指先で弾いた。火の弾はそれ程速い速度も見せずにリョーマの方へと飛んで行った。
「……?」
しかしその方向は彼に着弾させるには大きく逸れており、リョーマの左方向を通り過ぎ彼の左後方に建つ物見塔へと着弾した。
―――ドウッ!
「なっ!?」
殆ど反射的に防御障壁を張ったお蔭で、リョーマは左後方より起こった大爆発から即座に身を守る事には成功した。その不自然な爆発は明らかに爆薬に依る物であり、テディオがこの場所に予め仕掛けておいた事に他ならなかった。
「きっ……貴様っ!」
リョーマが防御障壁越しにテディオを睨むも、彼は先程から浮かべている笑みを消す事無くリョーマの攻撃的な気を受け流していた。
―――キャーッ!……うわーっ!……。
遥か足元の下方から、テディオが爆破した物見塔の瓦礫に晒された住民の上げる悲鳴が聞こえていた。未だ住民は避難しておらず、突如起こった倒壊事故に右往左往している。
リョーマを襲ったのは爆発だけに留まらず、そこから不自然な程強力な火炎が噴き出し、未だにリョーマは防御障壁を解いて攻撃態勢を取れずにいた。
「こんな仕掛けをっ!」
リョーマは火炎が弱まるタイミングを計りながらそう毒づいた。まさかテディオが自分の弱い魔法攻撃力を見越してこの様な仕掛けを施している等思いも依らなかったのだ。
「そりゃー……ね。レギュラー魔法士を相手にするんだ、ある程度地の利は活かさせて貰わないとねー」
その言葉が終わる直前、僅かにリョーマを襲う火勢が弱まった。即座に防御障壁を解いたリョーマは、驚くべき速度でテディオとの距離を取ろうと動き出す。どれほど策を弄していようと、距離を潰してしまえばそれを使う機会などテディオにも持てないだろう。そしてリョーマは魔法士にしても珍しい、ゼロ距離での魔法を得意としていたのだ。
「ほんっと……速いねー……あ、そこも危険だから」
だがいつの間に用意したのか、テディオの指先には再び火球が浮かび上がっており、今度は先程と逆の位置にある物見塔へとそれを放った。
まるリョーマの行動を見計らっている様に、丁度彼が到達した場所に向けて再度大きな爆発と火柱が巻き起こる。
「ちぃーっ!」
リョーマは最初の爆発こそ防御障壁で防いだが、その後に襲い来る火柱を上昇する事で躱した。
「―――水龍招来っ!」
火炎の元に向けて手を翳したリョーマは、その言葉と共に腕を振り下ろした。彼の行動に併せて燃え盛る物見塔の上部に巨大な水球が具現化され、それは重力に従って地面へと引かれ落ちて行く。大量の水を浴びた物見塔から、巻き起こっていた火炎が掻き消される。
―――ドドドゥッ!
しかしその動きを見てもテディオに驚いた様子はなく、彼の言葉と同時に今度はリョーマの右後方にある背の高い倉庫と彼の足元から、無数の鉄矢が放たれた。
「……くっ!」
魔法を使った後の僅かなタイムラグに併せて放たれた矢群に、如何なリョーマも即座の防御障壁は間に合わなかった。それこそ驚く程の速さで防御障壁を構築したリョーマであったが、幾本かの矢は防ぐ事が叶わず僅かに彼の身体を掠めて行ったのだ。
「渦巻く風龍っ! 逆巻く水龍っ! 我の魔力を糧とし今ここに集い、我の敵となる者にその牙で斬り裂きその爪で引き裂けっ! 我持つ槍は風水龍の聖槍なりやっ! 渦巻く暴風槍ッ!」
リョーマが怯んだ間隙をついて、既に準備を整えていたのであろうテディオが一気に魔法を詠唱させ完了させる。彼が呪文を言い終えるのと時を同じくして、彼の頭上には風と水を含み螺旋を形成するかの如く高速回転する三角錐状の槍が出現していた。
リョーマがそちらへと目を見張ったその時、テディオがそれを手に取りリョーマへ向けて投擲した。
「轟炎の覇者リアマレイッ! 我が呼び掛けに答えその力を示せっ! 我を害する全ての物を焼き払い、この地にそなたの威容を示せっ! 燃え盛る檻ッ!」
テディオ=コゼロークから放たれたエクストラ魔法に対して、リョーマも持てる魔法の中で最も力のある魔法で対した。
―――ジュオオオオォォッ!
リョーマの顕現させた防壁に、テディオの放った聖蒼が激突し周囲に凶暴風を撒き散らした。激突直後、リョーマの防御障壁とテディオのエクストラ魔法は互角の攻防を見せていた。
―――ドンンッ!
しかしその直後変化が生じる。防御壁を破らんとする暴風槍が突如巨大化しその効果範囲を広げたのだ。聖槍であった物は防御障壁に包まれたリョーマを呑み込んで、巨大な荒れ狂う竜巻へと変貌を遂げたのだ。
「ちぃ……くっしょーっ!」
エクストラ魔法はそもそも拠点攻略等に用いられる決戦兵器。その威力もさる事ながら、効果範囲も広く到底一人で防ぎきる事等不可能であった。
古来の戦争では一人のエクストラが放ったエクストラ魔法を防ぐのに、複数のレギュラーが結合魔法を駆使していたのだ。如何に卓越した魔法力を持つリョーマと言えども、流石にテディオのエクストラ魔法を完全に防ぐなど不可能だったのだ。
遣る方無い言葉を発したリョーマだったが、わずか一人でその攻撃を防いでいる事は驚嘆に値する事実であったのだが、今の彼にはそんな事を考えている余裕などなかった。
突如発生した巨大で強力な竜巻は、リョーマの足元に広がる街並みを呑み込んで都市の一区画を瞬く間に破壊しつくした。舞い上がる家屋の残骸と動物たち、そして少なくない人の影……。テディオのエクストラ魔法はその名に恥じず、この辺り一帯に甚大な被害を与えていたのだ。
「へぇー……流石だねー。僕のトランスフィック・ツイスターを単身で防ぎきるなんて」
竜巻が去り防御障壁を解いたリョーマに、テディオが冗談ではなく本当に感心したと言う言葉を投げ掛けた。
その言葉は称賛に近い物であったが、今のリョーマにはその様な事を受け入れている余裕などなかった。
「きっ……きーさーまーっ!」
恐らく生まれて数度と感じた事が無いであろう怒りに任せた感情をリョーマは抱いていた。
腹の立つ事や苛立つ事ならば過去に幾度もあったが、それでも自制の効く範囲で収まっている物ばかりだった。だが今彼の抱える感情は、解き放てば恐らく自身で止める事の出来ない類の物であり、それをリョーマはあえて解き放とうとしていたのだった。
彼は正義の味方と言う訳でも無ければ、この地を救う救世主でもない。彼自身先程マサトに明言した事をしっかりと理解している。だが理性と感情は別物である。
目の前でたった今、大量虐殺が行われたのだ。それも自分の関係している戦闘に巻き込まれる形で……である。如何に彼が優れた理解力を示し、住民を虐殺した者がテディオ=コゼロークだと考えても、感情でが納得するものでは無かったのだ。
「でもここでの戦闘はこれでお終い。ここの仕掛けはネタが尽きちゃったからね」
いつの間に用意したのか、テディオの手には丸い物体が握られていた。リョーマが渾身の魔力を込めた飛行魔法でテディオとの距離を積めようとした正にその時。
―――カッ!
テディオが軽く放り投げた球体が眩い光を発して周囲を照らした。高照度の閃光弾が炸裂し、何も用意をしていないリョーマの周囲を光に押し包んだのだった。咄嗟に目の前を腕で覆い閃光が眼を襲う事は避けたリョーマだったが、それでもその影響に視界は失われてテディオの姿をロストした。
視界が回復したリョーマの眼前には、既にテディオ=コゼロークの姿は影も形すら無くなっていたのだった。
リョーマとテディオの戦いは、まずはトリックスターに軍配が上がる。そしてもう一方の戦闘も苛烈を極めていたのだった。




