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千年皇国の戦略魔法師(エクストラ)  作者: 綾部 響
第二部 第三章 【激戦都市】
50/62

Stratégie(作戦)

特殊部隊「ミスティブラッド」を退けたマサト達は、今後の行動を変更せざるを得なくなっていた。

 ピエナ自治領首府ビル最上階に設けられている、ガルガントス魔導帝国軍駐留部隊司令官室。ここは以前、ピエナ自治領主の執務室であった。

 最高権力者が執務を行っていた部屋に相応しく、そこには豪奢(ごうしゃ)な調度品が使用されていた。壁に沿ってそびえる本棚にも、応接用の机やソファー、勿論執務用の机や椅子に至るまで、高級木材を使用し細かな意匠を凝らし、更に美しく磨き上げられているのが一目でわかった。

 その光沢は闇の中でも僅かな光を反射させ、窓から射す月灯りを受けて煌めく様は、まるで夜の中に(またた)く星の様に美しい。

 その暗闇の中で、そんな調度品の価値など歯牙にも掛けず執務机に足を投げ出しているのは、ガルガントス魔導帝国十二聖天が一天、聖山羊座テディオ=コゼローク。ピエナ自治領駐留軍司令官にしてこの部屋の主である。

 おおよそ司令官、もしくは支配者にあるまじき態度を取るテディオの正面、執務机を挟んだ向かい側には一人の女性が姿勢よく立っていた。

 特殊部隊「ミスティブラッド」隊長エルンスト=アドニフスキーが退出し、それと入れ替わりに入って来たのは彼の副官を務める女性、アンドラ=シェキスであった。

 テディオの背後にある大きな窓から射し込む月灯りは、暗闇に合っても彼女のシルエットをしっかりと映し出していた。特に細くも無く太ってもいない、長身でも無くさりとて背が低い訳でも無い。一言で言えば標準的、一般的、普通(・・)の体形をしていた。しかしそれでも彼女がスラリとした女性に見えるのは、その一部も隙の無い美しい立ち姿に依る所だろう。彼女はそれを自然体で(こな)し、既に十数分沈黙を守るテディオの前で待機していた。

 彼女の肌は褐色であり、暗い部屋ではその表情を窺い知る事は困難である。それに反して短く刈り上げられた髪は美しい白色をしており、まるで闇の中で光を発している様であった。彼女の両目に掛けている銀縁のメガネも、その(いろどり)に華を添えていた。


「……まずはこのピエナ自治領を引き払う……」


 長い沈黙を破って漸くテディオが呟いた一言に、アンドラは思わず息を飲んだ。


「しかし……」


 それに対してアンドラの口から洩れた言葉は、テディオの意見に反する物であった。

 冷静に考えればこのピエナ自治領はオストレサル大陸の玄関口であり、他大陸とを結ぶ要衝である。ここを手中に押さえているかどうかで、今後の戦略に大きく影響を及ぼす事は火を見るより明らかであった。

 それにこのピエナ自治領には大陸中唯一、皇都セントレアに直通している線路があるのだ。現在は双方で閉鎖されており、その移動距離の長さからすぐに両軍が利用する事は無いが、使わないからと言って放置して良い類の物では無い。今後皇国軍がオストレサル大陸に入り込まない様厳重に管理する必要があり、こちらが皇都セントレアへ攻め込む際には有効利用しなければならない。その様な「交通の要衝」と言う側面が強いピエナ自治領を放棄すると言う事は、他大陸への侵攻を諦めたと考えられなくも無い行為だった。

 アンドラがそのままその事をあえて(・・・)陳情しようとした矢先、大きく広げられたテディオの掌が(かざ)され彼女の言葉は(さえぎ)られた。


「言いたい事は解ってるよ、アンドラ。でもこのまま『ミスティブラッド』を撃退した彼等と事を構えるのは得策じゃない。ランク1に強制されている自治領内では、こちらが圧倒的に不利なんだ。人数ではこちらが勝っていても、魔法を使用しない戦闘では彼等の方がこちらを圧倒している。急速に編成された我が軍は、魔法戦闘に措いて組織だった運用は可能でも、魔法を使用しない戦闘で統率された動きが取れるかと言うとそうでも無いからね」


「……それでも……」


 それでもたった数人の少年少女に、駐留軍数千がむざむざ敗れる訳が無い。アンドラは即座にそう考えてテディオの話が途切れた間隙(かんげき)に口を挟もうとした。


「それに。これはナラク様も了承している、ナラク様の指示に依るものなんだ」


 アンドラの言葉に被せてテディオが語った内容は、彼女を閉口させるに十分な威力を持っていた。このピエナ自治領を撤収する案は、本国にて全軍指揮の任に付いている十二聖天筆頭であるナラクが命じたと言うのだ。


「僕も驚いたよ。まさかナラク様が、僕の提出した案を見て首を縦に振るなんてね」


 お道化た様な口調でそう言ったテディオは、両手を肩口まで持ち上げて掌を上に向け僅かに持ち上げた。しかしその言葉や態度とは裏腹に、彼の表情に笑顔は無く大きくついた溜息に似合った(かげ)りが浮かんでいた。


「当初は僕の提案をただ聞いておられただけで、雰囲気としてはダメ出しでも出そうだったんだけどね。アカツキ=リョーマとミカヅキ=マサトの名前が出た途端、積極的になられてねー……僕の案を修正付き(・・・・)で了承されたんだ」


「……修正付き、ですか……?」


 そこで言葉に詰まったアンドレが、促す意味合いで同じ言葉を繰り返した。だが彼女にも引っ掛かりのある言葉に、アンドレは良くない印象を受けて不安を覗かせていた。

 アンドレの問いかけに、テディオはすぐさま言葉を続けなかった。彼女の位置からは背後から射し込む月灯りが彼の前面を暗く覆い、俯き加減なテディオの顔を(うかが)い知る事は出来ない。だが雰囲気から次の言葉を発する事に躊躇(ためら)いを覚えているのは察せられた。


「……作戦に際して、ナラク様は副官のマウアとタライアを寄越すそうだよ……」


「……っ!……では……まさか……」


 テディオの言葉にアンドラは息を飲み、漸くそれだけを口にした。彼女の想像が正しければ、それは最悪の事態へと向けたシナリオに他ならないからだった。


「……このピエナは引き払う……でもセントレア側の物にはならないって言う事さ」


 テディオはアンドレがどの様な想像をしたのか正確に把握して言葉を続けた。それは彼女の考えを肯定する物であった。


「君にも力を借りる事となるけど……いいね?」


 テディオの言葉は上官が下士官に掛ける言葉では無く、純粋に個人として協力を仰ぐものだった。命令では無く要請の形だったのは、彼女がここで拒んでもそれを認めると言うニュアンスが含まれている。


「……了解いたしました……」


 それを正しく理解しているアンドラだったが、彼女は力なくそう答えた。これから行われる作戦を考えれば、自身をどれ程贖罪(しょくざい)の炎で焼いても許されない。例え誰が許しても、自身が到底許さないと言う事が解っていた。しかしその事を踏まえて尚、彼女はテディオの副官として共に作戦を従事しようと決心したのだ。


「まずは秘密裏に小隊ずつ駐留部隊を本国方面へと撤収させる。マウア、タライア両名の到着を待って作戦を開始する。同時にアカツキ=リョーマとその仲間に対する監視を強める。ピエナ自治領警備部隊を総動員して、彼等の行動を封じるんだ。だが手を出す必要は無い、あくまでも時間稼ぎだからね。さて……害虫駆除に乗り出すとしよう」


 彼女の決意を感じ取ったテディオは、再度彼女に確認すると言う無粋な真似はしなかった。彼自身もハッキリとした口調で彼女に今後の指示を与える。


「……直ちに!」


 そう答えたアンドラの表情には、先程まで浮かんでいた苦悩の色は既に無かった。いつもの、いつも以上に気合の籠った瞳でそう答えを返した彼女は、やはり美しい姿勢で(きびす)を返すと颯爽(さっそう)とドアへと歩いて行った。





「……完全に包囲されておる。やはり昨日の一団はガルガントス魔導帝国の者共であった様じゃの」


 昨夜襲撃を受けた倉庫より2ブロック離れた場所で潜伏していたマサト達の元へ、周囲の状況を探りに行っていたユファが戻って来るなりそう口を開いた。彼女は少し離れた場所でガイストと化し、上空から港湾地区全体を観察したのだ。マサトやリョーマが「隠密」を使用して周囲の警戒を行っても全体を知る事は出来ない。そう言った意味で彼女のガイストは非常に有用だった。


「……マー坊、どうする?」


 リョーマはその報告を聞いて僅かに黙考した後、マサトに向かいそう問いかけた。話を振られたマサトは驚いた表情で反問した。


「リョ、リョー兄ちゃん。なんで俺に聞くんだよ!?」


 このメンバーで(見た目上の設定で言えば)リョーマが最年長となる。また参謀としての能力ならばユファが最も優れているだろう。状況が尋常(じんじょう)では無くなり差し迫っている状況では、マサトの考えよりもリョーマやユファが方針を出す方が適している様に思われたのだ。


「昨日も言っただろ?アーちゃんもユーちゃんもマー坊に付き従うんだ。結局この場での決定権はマー坊が持ってるんだよ」


 ニヤリと笑みを浮かべてリョーマがそう答えた。その笑みには勿論リョーマ自身もその判断に従うと言う意味合いも込めれていた。


「リョーマ殿の言う通りじゃな。昨日マサトが下した決断は、この場を素通りして皇都セントレアへ向かうと言う物じゃったが、この状況ではそう言う訳にはいかなくなったと考えるべきじゃろうな。帝国が本腰を入れて動き出した事を考えれば、どの様な方法を取ろうと一戦は避けられぬ。それを踏まえて新たな方針を考えねばなるまい」


 リョーマの言葉を継いでユファが持論を展開した。しかしそれは客観的に基づいた物で、あくまでもマサトの判断材料とする物であった。

 ユファの言葉を聞いてマサトは絶句し、深い考えに浸っていった。


「……マー君……」


 その隣ではアイシュが心配そうにマサトを見つめている。そしてリョーマとユファは、マサトが出す次の言葉を身動ぎもせずに待ち続けていた。


「……この自治領に駐留する帝国全軍を相手にするなんて元より無理だ。でも戦わなければこの先に進めないなら……戦おう」


 閉じていた目を開いて、マサトは絞り出す様に自身の考えを口にした。それを聞いたリョーマの口角が吊り上がる。アイシュとユファは表情を変える事無くマサトを見つめ続けていた。


「敵の包囲網を抜けて、間隙を付いて自治領首府に乗り込み、帝国軍を統括している司令官を討つ。司令官(あたま)を叩けば、全軍を崩壊させる事は出来なくても、混乱を助長させる事は出来るだろ?その隙に何とかこの大陸を抜けよう」


 そう言ってマサトは、リョーマ、ユファ、アイシュの順に目を向けた。それに対してリョーマは余裕の表情で、アイシュは真剣な面持ちで頷き、ユファは微動だにせずに彼を見つめ返した。


「……しかしマサトよ。お主の考えは過程を飛ばして結果だけ論じておる。具体的にはどの様にして帝国司令官を討つと言うのじゃ?」


 そしてユファはマサトが挙げた案の問題点を突いた。方針を示した所で、その通りに事を進める具体的な方法が決まらなければ全ては絵に描いた餅だった。


「それはユファとリョー兄ちゃんが考えてくれるんだろ?」


 今度はマサトがニヤリと不敵な笑みを浮かべてユファにそう答えた。


「……プッ……アッハハハハッ!」


 そのやり取りを聞いたリョーマが、これ以上ないと言う位可笑しそうに笑いだした。余程ツボに(はま)ったのだろうか、眼には涙が浮かんでいた。

 対してユファは唖然とした表情から、大きく溜息をついて苦笑いを作った。


「……やれやれ……お主、最初から我らを当てにして考えておったな?」


 完全にリョーマとユファを当てにしているマサトの物言いに、二人とも全くの虚を突かれたのか、先程とは打って変わった雰囲気がその場に流れていた。


「リョー兄ちゃんの理論とユファの知識があるんだ。それを使わない手は無いだろ?」


 しかしマサトにはそれを悪びれた様子は無く、それを見たアイシュも緊迫感から解放されて笑っていた。

 

「なる程なる程、確かに全ての事をマー坊が考える事は無いよね。マー坊は方針を示したんだから、ここからは俺とユーちゃん、アーちゃんも交えて意見を出し合おう」


 一頻り笑い満足したのか、未だ目に涙を浮かべてリョーマがそう提言した。


「そうじゃな。それにマサトは元々細かく考える事を得意とはしておらんからの。作戦の中身に現実味を持たせるのは我等の仕事と言う訳じゃな」


 聞き様によっては、いや明らかにマサトを小馬鹿にしたユファの物言いだったが、マサトはそれに気付いていないのかウンウンと頷いて同意していた。


「ちょっと、ユファ!マー君も、解ってるの?バカにされてるんだよ?」


 ユファを軽く(たしな)め、アイシュはマサトにそう注意を促すが、それを聞いたマサトの表情に彼女の言葉を解した様子は無かった。


「兎に角、作戦を立てるにもここじゃあ状況が解らない。ユーちゃんの話で作戦を決めるのも良いけど、やっぱり現状を把握しないとね」


 そう言ったリョーマは倉庫の出口へ向かって歩み出した。それにユファ、マサト、アイシュも続いて倉庫を出たのだった。





「……妙だな……」


「……うむ……」


 倉庫街で頭一つだけ高いビルの屋上に小さく身を寄せた人影はマサト、アイシュ、ユファ、リョーマだった。「隠密」を使って周囲を一回りして来たリョーマは、怪訝な表情で考え込みそう呟き、ユファもそれに同調した。


「何か変な事でもあったのか?」


 しかし彼等が何に対して怪訝に感じているのか考えもつかないマサトは、リョーマとユファにそう問いかけるしか出来なかった。アイシュも真剣な面持ちで彼等を見ている。


「……敵の包囲網はかなり厚い物だった。それに広範囲に及んでいて、流石に「隠密」だけですり抜けるにはリスクがあると思う」


 だがその話だけであれば何もおかしな話では無い。マサト達の人数や年齢を考えれば、帝国の取った包囲網はやや大仰(おおぎょう)な感がある物の、それだけ彼等を危険視していると考えれば納得出来ない物でも無い。


「うむ……しかし動きが無い……無さ過ぎると言っても良いじゃろう。周囲を包囲している者達に、我らを捉えようと言う意識が無い様に思えたの。包囲網を狭める動きも無いし、ただ単にこの地区を閉鎖しているとしか考えようがないの」


 しかしユファが続けた言葉には一考の余地がある物だった。包囲している部隊に積極性が無いと言う事は、明らかに何かしらの意図を組み込んでいる可能性が高いと示唆していた。


「それにユーちゃん、気付いたか?」


 更に彼等の見解には続きがある様だった。リョーマとユファの表情に、懸念の色がありありと浮かんでいた。


「……うむ……きやつらの編成に帝国兵が含まれていなかった……全てピエナ自治領警備部隊だけじゃったな……」


 ユファがそう呟いて、リョーマと二人、再び熟考に入った。彼女達の様子から、その状況が只ならない事は(うかが)い知る事が出来る物の、その真意を把握出来ていない者がここに約二名いた。


「……それの何処がおかしいんだ?」


 マサトが二人に向けてそう呟き、アイシュが彼の後ろでコクコクと頷いている。単純に考えれば、包囲網を形成する人員がピエナ自治領警備部隊だけだろうと、そこにガルガントス魔導帝国兵が含まれていようが、事態に大きな違いは無い様に思えたのだ。マサト達が安易に身動きも取れない程包囲されている、その一点が重要だとマサトとアイシュは考えていたのだ。

 その問いに対して、ユファが深刻な表情そのままに重く口を開く。


「昨晩襲って来た連中は、間違いなくガルガントス魔導帝国の部隊じゃろう。あの様に特殊な部隊など、今までどの自治領も保有している等聞いた事が無いからの。そして我らはきやつらを退けた。……さて、帝国軍はどう考える?」


 話を振られて、マサトとアイシュは互いに顔を見合わせた。僅かな間の後に口を開いたのはアイシュが先であった。


「……もし私達を捉えるなり殺してしまおうと考えてるんだったら、もっと大掛かりな部隊で押し寄せて来るんじゃないかしら?」


 アイシュの回答は至極もっともな物で、ユファの問いに対する模範的な物であった。

 そして今の状況を考えればその考えに合致する。帝国は彼等4人に対して、過剰ともいうべき包囲網を敷いて来たのだ。


「……うむ、その通りじゃが、それだけでは及第点をやれぬの。昨日リョーマ殿は港湾地区で大騒ぎを起こし、警備部隊や住民を巻き込んで大捕物を演じて見せた訳じゃが……」


 ここまでユファがアイシュに話したその横では、リョーマがバツの悪そうな顔を浮かべていた。


「……大規模な追跡劇にも拘らず、結局リョーマ殿を取り逃がしておるの。ピエナ自治領に駐在している警備部隊だけでは手に余るのじゃ。本来ならば帝国兵も投入して来るのではないか?」


「あ……」


 ユファの答えに、アイシュは全てを察したのか絶句して考え込んだ。だが残念ながらマサトは未だ真相に到達するに至っていなかった。


「じゃあ、更にその外側で罠を張ってるんじゃないのか?ピエナの警備部隊が取り逃がす事を前提にして、さ」


 思案に更けるアイシュを横目に、マサトは自身の意見をユファにぶつけた。


「うむ……その考えも無いとは言い切れん。しかし確率は低いじゃろう」


 確かに罠ならば、十重二十重(とえはたえ)と張り巡らせるのが得策である。罠の存在を勘ぐっている相手に対しては、元より裏の読みあい腹の探り合いとなるのだ。如何に相手を出し抜くかが肝要となって来る。


「……しかしその場合、外側に張る包囲網は更に広大となり、人員も多く()かねばならなくなる。この港湾地区に押し留めている人数の数倍、十数倍の人数が必要となるのじゃ。しかもそれで完全と言う訳にはいかぬじゃろう。その策が破れた場合に対する備えも必要となって来る。我らが必ずしも相手の注文通りに行動するとは限らぬ以上、範囲は広く、人員は多くなっていくのじゃ。それは必ずしも上策とは呼べぬ」


 ユファの言葉に納得の言ったマサトには、彼女に反論するだけの考えを持ち合わせなかった。


「じゃが何かしらの目論見を以て、あえて(・・・)帝国兵を加えていないのならば留意が必要じゃ。今ある包囲網を突破しても、その先にどの様な罠を以て待ち構えておるのか見当の付けようがないからの」


 ここに至って漸くマサトもある程度合点が言った。今この場を強行突破した所で、その先に帝国の罠や待ち伏せが仕掛けられているならば万事休すなのだ。例え力押しで突破しようとも、その事を織り込み済みな帝国は、必ず第二第三の罠を発動して来る事が考えられた。

 4人の中に流れる沈黙は短くない物だった。ここでのんびりと事態の進展を待つ事も出来ない彼等にとって、その僅かな時間さえ長く感じられる物だった。


「……強行突破しかない……」


 沈黙に耐えきれず真っ先に口を開いたのは、やはりと言うべきかマサトであった。それまで各々が思考の底に沈めていた意識を、彼の言葉がこの場へと呼び戻した。

 

「ここでこうして考えていても事態が好転しないなら、いっそ中央を派手に突破して大立ち回りするってのも悪くないんじゃないか?」


 明らかに力技の提案であり誰からも反対意見が出ておかしくない物だったが、その言葉はこの場にいる誰からも紡がれなかった。


「……正しくマサトらしい意見じゃの」


「まー……マー坊だしね」


「ふふふ……」


 三人の言葉には、マサトの提言を否定するどころか受容する雰囲気さえ感じ取れる。


「俺が言うのも何だけど、マー坊の意見はかなり乱暴だが今はそれしかない様に思う。どう動いても背後にいるかもしれない(・・・・・・)帝国兵に備えなくちゃいけないなら、ここはいっそ派手に動くのも良いかもしれない」


 リョーマは真っ先にマサトの提案を支持した。彼の活き活きとした表情は、考えるのを止めて早く動きたい、暴れたいと言った物だった。

 ユファはそれを横目に見ながら小さく溜息をついた。


「……派手に、と言う所には異論もあるが、概ねはマサトの案に賛成じゃな。どの様な物か解らぬ策に、こちらの行動が制限されていては敵の思う壺やも知れぬ。時には強硬に行動をとる事にも一理ある」


 今この時、ユファの懸念はマサトの提案よりもリョーマの有り過ぎる(・・・・・)行動力に向いていた。彼が「派手に」と口にした以上、それは間違いなく「ど派手に」となる事が彼女には容易に想像されたからだ。

 近しい将来に想像される大騒動を思い、渋く顔を(しか)めるユファの隣では、アイシュが“何も考えていない様な”笑顔を湛えてそのやり取りを(うかが)っていた。いや、実際彼女は考える事を既に放棄しており“何も考えていなかった”のだが。

 アイシュの考えは始終一貫している。それは「マサトの行動に付き従う」と言う、まるで彼の従者であるが如き思考だった。

 だがそれも彼女にとっては当たり前の事である。彼女はマサトの婚約者であり、幼馴染であり、最も親しい存在であると同時に彼のガーディアンガードなのだ。

 既にアクティブガーディアンの存在意義は薄れ、マサトも封印を解かれており、その名に由来する「能動的守護神」としての機能は果たしていない。彼等には守るべき故郷すら既に存在していないのだ。今のマサトは「能動的守護神(アクティブガーディアン)」では無く、唯一人のエクストラ魔法士でしかないのだ。故にそのガーディアンを守る存在、ガーディアンガード等有名無実でしかなかった。

 だがアイシュには彼女にしか持ち得ない矜持が確かに存在し、それは「マサトを命に代えても守る」と言う事に他ならない。例え口論の末にアイシュが到底承諾出来ない様な行動をマサトが取るとしても、アイシュはマサトに付き従うだろう。彼女は幼い頃からそう教え込まれて来たし、今も彼女自身の意思でそれを成そうと強く決意している。

 もしマサトが玉砕を提案しても、最終的には彼に付き従う事をアイシュは躊躇わないだろう。それだけに先程マサトが方針を示した段階で、アイシュは考える事を半ば放棄していたのだ。彼女が考えていた、そして考えている事は、如何にしてマサトを守り通すか、この一点に絞られていたのだ。


「とりあえずもう一度一回りして、出来るだけ警備の薄い所を探して来るよ。どうせ暴れるにしても、出来れば奴らに一泡吹かせてやりたいからな」


 立ち上がりそう告げたリョーマは、一人この場から立ち去ろうと三人に背を向けた。マサト達に異論がある筈も無く、彼等もこの場を立ち去ろうとするその背中を見つめていた。



重厚に敷かれた包囲網を強行突破する事に決めたマサト達。しかし時を同じくしてガルガントス魔導帝国の謀略が発動しようとしていた。

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