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千年皇国の戦略魔法師(エクストラ)  作者: 綾部 響
第二部 第三章 【激戦都市】
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Libération(解放)

マサトとアイシュ、それぞれに新たな力を得る為儀式に取り掛かる事となった。

 港湾地区倉庫街は、夜の帳に暗闇と化していた。

 元来港湾作業者しか訪れる事の無いこの倉庫街は、夜ともなれば人の気配は殆ど感じる事が出来ず、隠れ潜むには打って付けの場所と言えた。

 

 ―――そして、秘事を行うにしても……。

 

 無数にある倉庫の一つ、その中の片隅で淡い魔力光が灯っていた。その一角では今まさに、マサトがアイシュの「解放の儀」を執り行おうとしていたのだ。


「……我は求め訴えたり……」


 以前アイシュがマサトの「解放の儀」を行った時と位置を全く逆にして、儀式に集中を高めるマサトの前ではアイシュが目を瞑り(ひざまず)いている。その傍らでは、今は人の大きさに実体化を済ませているユファが、体の前で両手を組んで事の成り行きを見守っていた。

 

「……この者、アイシュ=ノーマンの真なる力、真なる名の元に解放せしめん……願わくば祝福の在らんことを……」


 魔力の集められたマサトの右手人差指には光が灯り、彼はその指で跪くアイシュの額に魔法陣を描き出した。描かれた魔法陣はアイシュの額へと吸い込まれる様に消えて行った。


「……解放せよっ、月華月読っ!その力、そなたの思うが儘にっ!」


 ―――ブワッ!


 マサトの詠唱が終了すると同時に、アイシュの体から途轍もない魔力が噴き出し、彼女の体を美しい聖白に染め上げた。止め処なく尽きる事の無い魔力を受けながら、マサトはそっとアイシュを抱き寄せた。


「……これは俺からだ」


「……うん……」


 アイシュもそう答えてマサトを抱き返した。その途端、マサトの時と比べても強力に思える更に強力な魔力が吹き上がった。


「……ほう……ここまでとは……」


 その光景を傍らで見つめていたユファは思わずそう呟いた。彼女が見ても感嘆の声を漏らす程、今アイシュが放っている魔力は強く美しい物だったのだ。

 暫くの後、アイシュから湧き立っていた魔力光は治まりを見せ、周囲には元通りの暗闇が訪れていた。


「我が見た所アイシュ、お主の能力はただ解放されただけでは無いの。“潜在能力”まで引き出されておる様じゃ」


 ユファはマジマジとアイシュを見つめてそう話した。アイシュを見る彼女の目には喜色の色がありありと浮かんでいる。


「……潜在……能力……?」


 しかし聞きなれない言葉を耳にしたアイシュは、彼女の言葉を繰り返して呟きマサトの方を見た。彼もまた、その言葉の真意(・・)を知っている筈も無く首を傾げている。

 言葉の意味(・・)だけならば彼等も知っている。いや、誰でも知っているだろう。しかしこの場で使われる事の意味には理解が及ばない。何故ならマサトはただ単に「解放の儀」を執り行っただけであり、アイシュもその様な認識だったのだから。

 彼等が行った儀式は、何も秘められた能力を無理やり引き出す様な物ではなかったのだ。


「……うむ。お主の今まで培った研鑽(けんさん)とマサトへの想いが、能力をただ解放するだけに留まらず、それが切っ掛けとなってより高みへと引き上げたのじゃろう。勿論、それだけの素養が無ければ成り立たぬ話ではあるがの」


 しかしそれがどれ程の事なのか、実感を伴わない説明ではアイシュも、勿論マサトも知り様が無かった。それぞれ「へぇー……」とか「ふぅーん……」と言った、どこか他人事を思わせる反応をするしか出来ないでいたのだ。それを見たユファは、溜息交じりに説明を続けた。


「……お主達……これがどれ程の事か良く解っておらぬようじゃの……良いか、アイシュの魔法力は、正確に測ってみなければ断言出来ぬがランク7相当の力を上回っておるじゃろう。全く以て素晴らしい力じゃ」


「ほ、本当っ!?」


「す、すごいな、アイシュッ!」


 現実的な数字を告げられる事で、漸く彼等にもその実感と、それがどれ程驚嘆に値する事なのかを理解出来た。事実、ランク7を超える魔法士等、彼等の知る限りではリョーマしか居ないのだ。その力はエクストラ魔法士に匹敵すると言っても過言では無い。


「兎も角、実際に魔法を使用すれば、嫌でも実感する事となる。……さて……次はマサト、お主の番じゃな」


 ユファの言葉でやや和んでいた雰囲気に張り詰めた空気が戻った。これまでに二度、目にした事のある「解放の儀」よりも、未だマサト達が知り得ない「アウトランク」となる為の儀式の方が得体も知れず、彼等が緊張するのも無理のない事だった。


「……ああ、宜しく頼む」


 緊張感を隠せないマサトであったが、それでもその目には新たな力に対する期待と、ユファに対する信用が見て取れた。どの様な儀式であっても、そしてどの様な結果になろうとも最後までユファを信じる、マサトの目はそう告げており疑った様子は微塵も無かった。


「うむ、任せておけ」


 しかしそう答えたユファの瞳はどこか楽しそうに輝いており、その声音も弾んだ物の様にマサト達には感じた。一言で言えば、今から行う儀式に対してユファはそのワクワク感を抑えられずにいたのだ。


「……ねぇ……ユファ?何でそんなに楽しそうなの?」


 やや興奮気味な、ともすればサディスティックにも見て取れるユファの瞳に、若干の怯えを覚えたアイシュが恐々と尋ねた。


「何じゃ、アイシュ。お主は楽しみでは無いのか?余人が新たな力を手に入れようと言うのじゃ。それがどの様な力であれ、やはり興奮を隠せる物では無いじゃろう?」


 そう言って口角を釣り上げたユファの顔は、楽しそうでもあり嗜虐的(しぎゃくてき)でもあった。


「……そ……そう……ね……?」


 その顔を真正面から見てしまったアイシュは、その笑顔を引き()らせて後退り、何とかそう答えた。彼女の言葉が最後には疑問形となってしまったのは、ユファの言葉に概ね賛成ではあってもその言葉と表情が一致しておらず、アイシュ自身の理解と同一なのか自信が持てなくなっていったからだった。それはマサトも同様であり、彼は何も言わずにただ苦笑いだけを浮かべていた。

 

「……もっとも、思っていた様な力を得る事が出来なかった被術者が大層に落ち込む様を見るのも、それと同じ位滑稽(こっけい)で笑えるものなのじゃがな」


 その言葉で、アイシュは今度こそ本当に後退った。ユファの好奇心とその嗜虐心は、彼女の想像を超えて理解の及ばない物だったのだ。

 しかし当のマサトは、彼女の言葉を殊の外冷静に受け止めていた。

 それは何も、見えない自信から来る物等では無く、ただ単に彼は知っていたのだ。


 ―――リスク無く、力を手にする事等出来はしない……と……。


 マサトは何も、自分は大丈夫、きっと成功すると言う根拠のない自信を持っている訳では無い。今までの経験上「得る事が出来なければ、その様に対応する」と言うのが彼の信条なのだ。それが今まで「世にも奇妙な魔法が使えない人間」として生きてきたマサトの行動理念でもあるのだった。


「……じゃが……そうじゃの……。“力”とは何も、その強さだけを現す物では無い。何事も使いようによって、その性質も効用も大きく変わる物じゃ。それを解らぬ輩が多すぎると言う事じゃな」


 ユファの言葉に、マサトは強く頷いた。これはユファのマサトに対する忠告であり、心構えを説いた物だった。それが解ったマサトであったから、ユファの言葉に異議異論を唱える様な事はしなかったのだ。


「……それでは……始めるぞ……」


 その言葉と共に、ユファの発する雰囲気が一気に変わった。雰囲気だけでは無く、それまでの物とは明らかに違う表情を湛え、重々しい魔力を纏い出したのだ。

 

 ―――ゴクッ……。


 彼女の正面に立っていたマサトも、そしてアイシュも同様に喉を鳴らした。今のユファは、マサト達の知る彼女とはまるで違う人物の様だった。


「……マサトよ……我の前に来て跪け……」


 ユファは今までにマサト達が聞いた事の無い様な低く暗い声音を発した。事前説明など一切なく、それでいて有無を言わせぬ圧力を放っている。名を呼ばれたマサトに抗う術は無く、彼は意を決して彼女の前へと歩を進め、両膝を付いて(こうべ)を垂れた。


「……聞き届け賜え……(いにしえ)の神々……神代(かみよ)(ことわり)に触れし者の願い……彼の者は力を望みし人の子なり……定められし天則(てんそく)を覆し、試練を以て新たなる才力(さいりょく)を得る聴許(ちょうきょ)を此処へ……」


 呪文と言うよりも祝詞の様に朗々と唱えるユファの周囲には、尋常で無い程濃厚な魔力が渦を巻いて凝縮して行く。それと同時に彼女の足元から、ユファとマサトを取り込んで複雑な紋様を刻んだ魔法陣が展開された。

 集中を高めて行くユファはユックリと右手を頭上に持ち上げ、何もない中空で何かを掴む(・・・・・)仕草を取った。すると彼女の右手に向かって、魔法陣から湧き上がる光粒が集まり出し、それは一つの形を(かたど)って行く。次々に集まる光の粒が次第にその姿を明確に現し、ユファに握られた一振りの宝剣を顕現させた。

 それは魔法によるマテリアライズ化とは根本的に違う物であり、何よりも宝剣自体に魔力を感じる事は無かった。


「……ユ……ユファ……それって……一体……」


 ユファの、何もない所から実体剣(・・・)を手にする所業に、それを初めて目にしたアイシュが声を震わせて問いかけた。

 

「……アイシュよ、案ずるな。これは失われし『召喚』の秘術。我はこの世界よりも高位の次元からこの神刀を呼び寄せたのじゃ」


 頭上で宝剣を掲げたままユックリと目を見開いたユファは、不安気に彼女を見つめるアイシュへ静かにそう答えた。アイシュにはその事で、ユファに聞きたい事が次々と湧いて来たのだが、今それを問う事は(はばか)られた。彼女の醸し出す雰囲気もそうだが、何よりも今は儀式の途中だったからである。

 ユファは右手で掲げていた宝剣に、ソッと左手を添えた。


 ―――キランッ


 次の瞬間、聞いた事も無い様な音色を発して、黄金の刀身を持つ宝剣が綺麗な弧を描いた。ユファが頭上で宝剣を逆手(・・)に持ち直したのだ。

 まるで自分自身にその煌めく刀身を向けている様な構え。しかしその刃先はユファにでは無く、彼女の眼前で瞑目し跪いているマサトへと向けられている。


「……えっ!?……ちょっ……ユファ!?何を……する気なのっ!?」


 突然の事に思わずアイシュが彼女を問い質す。彼女の目には、今にもユファがマサトを手にした宝剣で突き刺そうとしている様にしか見えなかったのだ。

 しかしユファはそれに対して行動で答えを返した。


「受け入れよっ!されば開眼せんっ!」


 ユファはそう告げると同時に、手にした宝剣をマサトに向けて振り下ろした。


ユファの振り下ろした剣がマサトを襲う!はたしてそれは、儀式と関係した物なのか、それとも……!?

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