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千年皇国の戦略魔法師(エクストラ)  作者: 綾部 響
第二部 第二章 【再会】
40/62

西端の港町へ

奇跡的にリョーマとの再会を果たしたマサト達だったが……。

 ―――重苦しい沈黙がこの場を支配していた。

 アカツキ=リョーマのウッカリ発言で、隠そうとしていた秘密を知られてしまったアイシュ、それを知ってしまったマサト、口を滑らせてしまったリョーマは、それぞれ違う理由で口を開く事が出来ないでいたのだ。

 

「ともかく、じゃ。このままここに留まっておっても仕方ないのではないか?監視所と連絡が着かない事で、ピエナ自治領に駐留するガルガントス魔導帝国の兵士が、もうすぐこちらへやって来る可能性が高い。ここに居ては見つかってしまうじゃろう。移動を開始すべきじゃ」


 そして唯一、その原因に抵触していないユファが、この場からの行動を提案した。

 彼等もようやく、ここが安全な場所等では到底ないのだと気付き、ユファの提案に賛同してピエナ自治領方面に、街道を西へと歩を進め出したのだ。


 暫く、リョーマ、マサト、アイシュ、ユファの順で列を作り、特に会話も無く一行は進んでいた。すでに山道は下りに差し掛かっており、山越えも半分終えた事を示している。

 最後尾を歩いていたユファは、ススッとアイシュとの間合いを詰めた。


(アイシュよ、我は暫しこの場を離れる。後を宜しく頼む)


 アイシュの耳元で、そう小声で耳打ちしたユファ。突然内緒話を耳打ちされ、思わず声を上げそうになったアイシュにそれを許さず、ユファは言葉を続けた。しかし今度は前方のマサトに向かってである。


「マサトよ、すまぬ。我はここから少し別行動を取る事とする。ここまで同行してもらった事には感謝に絶えない。いずれ再会する事もあるじゃろうから、暫しの別れじゃ」


 振り返ったマサトにそう告げ、ユファは魔力を高め出した。漏れ出る魔力の光が使用する魔法の強力さを物語っている。


「あ……ちょ……」


 マサトが何か発言するよりも前に、ユファの姿はその場から消え失せた。

 と、次の瞬間、マサトはギョッとした表情になった。しかしそれはほんの一瞬。その事に気付いた者はいなかった。それよりも、突然ユファが“離脱宣言”を発してこの場から消えた事に、リョーマもアイシュも気を割かれていたのだ。


「へぇー。転移魔法か……。彼女は余程高位の魔法士なんだねー……」


 リョーマはユファが消えた場所をマジマジと見つめ、彼女の力量に感嘆していた。アイシュはそんなリョーマに、どう答えるべきか言葉が見つからず苦笑いを浮かべていた。


 ―――そしてマサトは。


 自身の中に出現したユファと対話を行っていた。

 ユファは本当にマサト達の元を去った訳では無かった。そもそも彼女は、マサトの精神世界に魔力供給のパイプを構築しており、それが元で、単独での遠距離移動は出来ないのだ。魔力を高めたのも、まるで転移魔法を使用した様に見せかけた(・・・・・)のも、すべて彼女が一計を案じた芝居であったのだ。


(おい、ユファ。いったいどういう事だよ?何か用事があったんじゃなかったのか?)


 だが、そんな事に気付きもしないマサトは、正にそのまま質問をユファにぶつけた。

 すっかりユファとマサトが繋がっていると言う事を失念している彼に、ユファは溜息を織り交ぜながら説明を開始した。


(ふぅー……お主、本気で言っておるのか?我とお主は今現在、魔力供給の為に繋がっており、おいそれと切り離す事は出来んのじゃ。我がお主から遠く離れて単独行動を行う等、出来る訳が無かろう?)


 マサトは「そうだった!」と言わんばかりに、大袈裟な納得顔をユファに向けていた。

 それに対してユファは、俯き加減に首を左右へと振り答えとしたのだった。


(それでユファ。なんでさっきはあんなこと言ったんだ?)


 アイシュを、リョーマを謀ってまで姿を消したユファに、マサトは当然の質問をした。ユファの思惑が、全く見当つかなかったのだ。


(……アカツキ=リョーマ……彼は危うい……)


 だが、ユファの口から紡がれた返答に、マサトの表情は一変した。

 リョーマはマサトやアイシュにとって、実の兄の様に慕っている人物だ。幼少の頃より、その人となりは良く知っている。同じ一族と言う事もあり、今となっては数少なくなった血族でもあるのだ。


(ユファ……リョー兄ちゃんを……疑っているのか……?)


 そんな彼に対して、疑うような発言をしたユファに怪訝な表情を向けるマサト。しかし無条件でユファの言葉に忌避感を向ける様な事はしなかった。

 彼とユファの付き合いは、決して長い物では無い。だが、乗り越えてきた幾多の死線が、彼等を強い絆で結びつけている。

 それ故、何の考えも無く、ただの感情や思い付きでユファがリョーマをそう評すなど、マサトには到底思えなかったのだ。


(それは違う。彼はやや直情的ではあっても実直で、信用に足る人物だと言う事は理解出来た。お主達が心底、信頼していると言う事も見ていて良く解った。じゃが……)


 ユファの言葉から、彼を疑っていると言う物は感じる事が出来ない。それどころか、彼を認めていると言った内容でもある。だがその口調は、尻すぼみに弱くなっていった。

 ゴクリ……とマサトは息を飲んでユファが発するであろう、次の言葉を待った。


(……彼は隠し事が出来ない……いや、信じられぬほどに下手糞じゃ。違うか?)


 この言葉にマサトは絶句した。リョーマを擁護する言葉がすぐに出てこなかったのだ。

 幾つも、何十もの言葉がマサトの頭を瞬時に掛け巡り、ユファの言葉を否定しようと努力した。だが、残念ながら彼の努力が報われる事は無かった。


(うっ……)


 漸く出てきたのは、言葉にもならない呟きだけ。それは取りも直さず、ユファの発言を肯定した事になった。


(彼と行動を共にしておれば、いずれ我の素性も明かさねばならぬし、そんな事をせずともバレるやもしれぬ。じゃが早い段階でバレる事は得策では無い。我の事はギリギリまで隠し通した方が良いと考えたのじゃ)


 ―――バレる……確かにバレる……しかもかなり早くバレるかもしれない……。


 マサトもユファの意見に異論は無かった。いや、反論できなかったのだ。

 

(そう言う理由で、我は当分の間、外で姿を晒す様な真似は控える事とした。何か問題があれば勿論手を貸すが、彼がいれば恐らく、早々に我が出なければならなくなると言う事は起きんじゃろう……もっとも、彼が問題を起こす……と言う可能性も皆無ではないがの)


 全く持ってユファの言う通りであり、マサトにはグゥの音も出なかった。


「それにしても、ユーちゃんはどこ行っちゃったんだろうね?マサト達とはピエナまで一緒に行動すると思ってたんだけど」


 そんな会話が行われ、まさか自分が扱き下ろされている等と思いもよらないだろうリョーマが、美しい笑顔をマサトに向けて疑問を口にした。


(……ユーちゃん……とは、もしかして我の事……か……?)


 やや驚愕の表情でユファが呟きを絞り出す。先程挨拶を交わして間も無いにも拘らず、すでに彼女のあだ名が使用されているのだ。


(ああ、うん……リョー兄ちゃんは昔から、人の名前はあだ名じゃないと覚えるのが苦手なんだよ……何か……まずかったか?それなら……)


(……ユーちゃん……ユーちゃんか……ふむ)


 違う物と変える様に言おうか?と問いかけて、マサトは思い留まった。

 “ユーちゃん”と呟きを繰り返すユファに、照れた様な笑顔が浮かんでいたからだ。どうやら満更でも無い様だ。


「あ、ああ……ユファとは行掛り上一緒になっただけなんだ。今は何処に行ったか解らないけど、多分ピエナ自治領で合流出来るんじゃないかな?皇都セントレアまでは一緒になると思うよ」


 咄嗟に誤魔化した言葉であったが、マサトにしては殊の外スムーズに口から紡ぎ出され、不自然な所が無かったせいか、リョーマはそれを不審に感じた様子は無かった。


「へー、そうなんだ?」


 簡潔に、ややもすれば無関心とも思える言葉を漏らしたリョーマとは対照的に、アイシュはマサトの言葉に不審な表情を浮かべた。しかしその表情もリョーマの視界に入る事は無く、アイシュもマサトにあえて問う様な事は無かった事で、この話題は一旦この場から流れて行った。


「それよりもマー坊、『継承の儀』は済ませているのかい?」


 それはリョーマの意識がすでに別の所を向いていたからだった。


「ああ、それはもう済んでるよ。『解放の儀』も、もう済んでる」


「……そうか……」


 マサトの返答を聞いたリョーマは、どこか安堵した様に目を瞑り微笑んだ。その姿は、何かに思いを馳せている様にも見える。


「それなら朔月華はマー坊の中に在るんだな……良かった……」


 噛みしめる様に呟いたリョーマは、眼を開き、アイシュに柔らかい笑みを向ける。


「そう言う意味でも、アーちゃんはマー坊をしっかりと守ってくれたんだな。本当にありがとう」


「い……いえ!そ、そんな……」


 突然笑みを向けられ、更に感謝までされたアイシュは、シドロモドロでリョーマに答えた。だが、彼が突然「朔月華」を口にした事がマサトには不思議だった。


「でもリョー兄ちゃん、朔月華がそんなに重要な物なのか?」


 マサトにしてみれば、自身の中に眠る魔法の事である。気にならない訳が無い。


「ん?ああ、マー坊はまだ知らなかったか。アーちゃんも知らないだろうけど、朔月華は『深淵の御三家』が合同で《(・・・)》作り上げた秘剣なんだよ。三家の間で長きに渡り受け継がれ、守り通されてきた、正に至宝なんだよ」


 それはマサト達にさえ伝えられていなかった事だった。初めて耳にする事実に、マサトもアイシュも驚きの色を隠せない。


「ええ!そんなに重要な物だったのか?父さんは何も言ってなかったけどな……」


「……私も……お父さんやお母さんから何も聞かされてませんでした……」


 本来ならば「継承の儀」を執り行った時点で、父ユウジからマサトへと告げられてもおかしくない事だった。また、アイシュがマサトの「真名」を告げられた時に教えられてもおかしくないような事でもあった。だが二人には全く寝耳に水の事実だったのだ。


「まー……そりゃーしょうがないかな。これって最高機密だもんなー……あっ」


 マサト達に答えたリョーマは、最後にサラッと、とんでもない言葉を呟き、慌てて口を閉じたのだが後の祭りとなり、マサト達からは「リョー兄ちゃん……」「リョーマ様……」と、二人同時に呆れ眼を向けられる結果となった。


(とんでもなく、絵に書いた様なうっかり者じゃの……)


 自身の懸念が十分と経たず現実の物となり、これにはユファもあきれ返るしかなかった。


「ま、バレちゃったら仕方ないか。『朔月華』には秘密が多いんだ。製法も性能も、ただ単なる“マテリアライズ化された剣”に留まらない。口伝によればその剣には全てを滅ぼす力《(・・・・・・・)》が秘められているって事なんだ」


 バレたと言うのは少し違う気もしたマサト達だが、その後に続いた言葉に興味を惹かれ、二人ともそこを問う様な事はしなかった。


「それは、強力過ぎる力って事なのかな?」


 マサトが一度だけ朔月華を振るった折に、三人はその威力を目の当たりにしている。しかし、確かに強力な魔法だったが、とても魔法の域を超える様な物ではなかった。全てを滅ぼすと言うには大袈裟過ぎると感じていた。


「そこが解らない。強力過ぎるってのと、全てを滅ぼすでは意味が全く違って来るからね。そもそも“全て”ってのは一体何を指しているのか。この世界なのか、別の何かなのか。それすらもう解らないんだ」


 腕を組んで考え込む様な姿を取るリョーマは目を見張る程美しかった。


「そんな重要な事が解らないなんて、それじゃあ何も解らないってのと大して違わないな」


 そう零したマサトの言葉は、少し呆れ口調になってしまった。


「仕方ないよ。書物に書き記す事も出来ず、口伝のみで伝えられてきたんだ。長い年月で言い伝えが歪曲する事はよくある事だしね。それに千年も戦争が無かったんだ。朔月華の性能を実践する機会なんて無かっただろうし、研究を進めるにも限界があるからね。だから朔月華の所持者には細心を払い、一族で朔月華が御せる可能性のある者を選び出し、その者に引き継がせたんだろうけどね」


 作ったは良いが、使う事も出来ず、使った後どうなるかもわからない。当事者であるマサトにしてみれば、厄介物を押し付けられた感が拭えなかった。


「でもね。良くも悪くもそれは“一族の形見”だよ。長い年月を掛けてご先祖様達が引き継いできた物を、俺達の代で終わらせるのは忍びないと思っていたんだ。だからマー坊がそれを引き継いでくれていて、本当に良かったと思ってるんだ」


 そう言って微笑むリョーマの表情に他意はない。自分達以外、一族郎党全て死んでしまった今となっては、マサトの持つ朔月華が、確かに一族が存在した証となるのかもしれない。


(誠に良い漢じゃな、リョーマ殿は。顔は少女の様に美しいのじゃが)


 マサトの中でリョーマの言葉に耳を傾けていたユファが感嘆の声を漏らした。だがそれを聞いたマサトはギョッとして、慌ててユファを嗜める。


(ユファ!それ、禁句だからな!リョー兄ちゃんに間違っても“女みたいな”的な意味の言葉をぶつけちゃダメなんだからな“)


(な、何故じゃ?)


 マサトの慌てっぷりには流石に気圧されたユファだが、そこまで慌てる様な事を言ったとは思えない彼女はマサトに理由を問うた。


(……鬼に……変わるぞ……?)


 しかしマサトから返って来た答えは実にシンプル。説明は一切含まれていなかった。だが彼の声音には恐怖が練りこまれており、その余りな迫力に、さしものユファも喉を鳴らした。


(う……うむ。心得た……)


 ユファはリョーマにその手のセリフは決して言うまい。と心に固く誓ったのだった。




 ピエナ自治領へと続く山道を行く三人。だが、不意にリョーマが立ち止まり精神を集中させた。遥か西の方より、急速に飛来する物をリョーマは感じ取ったのだ。


「……これは……ピエナに居るガルガントスの魔法士かな?二人ほど飛んで来るみたいだ。身を潜めてやり過ごそう」


 リョーマの「索敵」はマサトのそれを遥かに凌ぐ範囲と精度を有している。

 昔からリョーマは何を取ってもマサトより上を言っており、マサトにとって彼は、決して越えられない兄の様な存在なのだ。

 アイシュは一旦マサトの中へと戻り、二人は岩陰に入り込んで、上空を東へと飛んでいく二人の魔法士をやり過ごした。

 姿を消したアイシュを見て、リョーマは「便利なもんだ」と呟いたが、その言葉に悪意は無く、表情は純粋に感心している様であった為に、マサトも、彼の中にいるアイシュも苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

 下山を再開したマサト達は、程なくしてピエナ自治領の全貌を眼下に収めた。


 


第二部第二章 完

次話より、第二部第三章が始まります。

ピエナ自治領に到着したマサト達は、この大陸を出る為に行動を開始した。

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