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千年皇国の戦略魔法師(エクストラ)  作者: 綾部 響
第二部 第二章 【再会】
37/62

金髪炎眼の「黒き戦女神(カーリー)」

突如帝国軍監視所から立ち昇る火柱。マサト達が目を見張るその先では、帝国軍でさえも予想しえなかった事態が巻き起こっていた。

 天空へと吹き上がる一本の火柱を、マサト達は声も無く、声を出す事も出来ずに見上げていた。

 突然の、余りにも突然の出来事に、目の前に見えるガルガントス魔導帝国の監視所内で何が起きているのか、マサト、アイシュ、ユファの誰もが理解出来なかったのだ。

 

 ビィーッ!ビィーッ!


 三人の動きを取り戻したのは、直後にけたたましく鳴り響いた警報音だった。風に乗ってかなりの人数が大声で騒ぎ立てているのも聞こえる。

 そのお蔭で遠目に見ているマサト達にも、監視所内で異変が起こっているのだけは解った。




「お前ら……こっちが大人しくしてればチョーシくれやがって……」


 そこはガルガントス魔導帝国の監視所、その一室。取調室に宛がわれている部屋であり、旧街道を通り抜けようとする全ての人物をそこで調査する場所だ。

 だがそこで繰り広げられている“惨劇”は、到底取り調べ等と言う生易しい物では無かった。

 一人の女性が何かを持ち、それを冷徹な瞳で見下している。

 明らかに事切れていると解る帝国兵の髪を片手で掴み、その帝国兵が床に横たわる事を許さない。髪を掴まれて両膝立ちのままピクリとも動かないその兵士の胸には、ポッカリと大きな穴が穿たれていた。

 もはや口を開く事の無い(むくろ)に向かい、その女性は不快感をあらわにした表情で、怒りを押し隠そうとしないセリフを口にしていた。

 その、ある意味理不尽な彼女の姿を、腰を抜かしたのか、地べたに座り込んで後退りする別の帝国兵が驚愕の表情を浮かべて見つめていた。

 その帝国兵は足腰が立たない状態にもかかわらず、一刻も早くその場から、少しでも遠くへ逃げたいと足掻いていたのだ。だがその行為も壁が阻み、彼の望みを防いでいた。

 すでに闘争心の欠片も伺われないその兵士に向けて、漸く事切れている兵士を解放した女性が目を向ける。その瞳には怒りと無慈悲をない交ぜにした炎が灯っている。


「ひっ!」


 兵士は思わず小さな悲鳴を上げた。

 本当ならばここで大きな声を上げ、周囲に異常を知らせるべきである。もしくは彼の頭上に設置してある警報ボタンを押すべきであった。

 だがそんな思考を今の彼には持ち合わせていなかった。彼の思考を占めていたのは、とにかくその場から何とかして逃れたい、その一点に凝縮されていた。

 そんなある種“狩られる者”としての小動物的な雰囲気を撒き散らしている兵士に、女性はユックリと歩を進める。彼女からそれ以上逃れる事が出来ないと悟ったのか、その兵士は防御障壁を女性との間に形成した。防御本能に従って、ありったけの力を以てして。

 その防御障壁を前に、女性は歩みを止めた。物理的に不可侵な防御障壁を前に足を止めるのは、考えてみれば当たり前の事なのだが、兵士は彼女の侵攻を止める事が出来て僅かに安堵した。


「お前らが!どれ程!偉いってゆーんだ!」


 女性がまたも、口汚く大声で吠える。兵士が得た一瞬の安堵も、その咆哮に掻き消えた。

 彼女の右腕に、先程と同じ様な炎が宿る。

 その炎は巨大な蛇の様に、女性の腕で巻き付いている。見ようによっては焔の鎖でもあり、または灼熱の螺旋でもある。

 その腕を、彼女は肩の高さから肘を直角に上方へ曲げ、自身の顔の横へ掲げた。それはまるで、これから行う処刑への儀式の様でもあった。

 構えられている腕に巻き付いている炎が、彼女の美しい横顔を、その鮮やかな金髪を焦がす。兵士を見る瞳には、その腕と同じ緋色の瞳が無慈悲に湛えられている。

 兵士はもう一度己が展開する防御障壁に魔力を注ぎ、これ以上ないと言うぐらいに強度を高めた。これ以上彼女の侵攻を許したくないが故だった。

 だが、そんな願いも虚しく。

 (おもむろ)に女性が右腕を引き、恐るべきスピードで手刀を繰り出した。目の前に展開されている防御障壁など気にも掛けた様子が無い。

 防御障壁に守られている筈の兵士は、無意識だろう、自身の右手を突き出した。まるで彼女の手刀をその手で止めるかの様に。

 彼女の(ほむら)纏う手刀は、その兵士が案じた通り、まるでそこに何も無かったかの様に防御障壁を突き破り、更には突き出した掌をも貫通して、彼の喉元に深く突き刺さった。

 断末魔の悲鳴さえ上げる事を許されず絶命する兵士。だが彼がそこで事切れたのは、ある意味で良かったのかもしれない。

 女性は”一人目”と違い、突き刺した手刀をすぐには抜かなかった。その理由はすぐに”発現”する。

 突き刺した右手から一気に炎が湧き上がり、瞬く間に兵士の体を呑み込んだ。

 瞬時にして兵士の体を包み込んだ炎は、やはり瞬く間に掻き消えた。そしてそこに兵士の体は一片たりとも残されていなかった。

 彼女は跡も残さず燃え尽きた兵士がいた場所を一瞥し、何事も無かった様に取調室のドアから外へ出た。

 



「取り調べ中の不審者が兵士二名を殺害!尚も逃走中!現在取調室前にて足止めを行っております!」


 彼女が取調室を出た所で、外に控えていた兵士二人に見咎められた。気にせず先に進もうとする彼女の進路を塞ぐように、一人の兵士が立ち塞がり、もう一人の兵士が部屋の中を確認した。

 部屋を確認した兵士の目の前には、胸を貫かれ絶命している兵士が一人。しかし二人で尋問に当たっていた筈にも拘らず、もう一人の姿を確認出来なかった。だが兵士はその理由を何となく、そして確信を持って理解した。間違いなく殺されている、と。

 慌てて部屋の外で押し問答を繰り広げている同僚の元へと合流し、中央管制室へと連絡したのだ。


「おい!中の奴らは殺されていた!気を付けろ!」


 半ば悲鳴に近い声で注意を促す。しかしこの言葉は、女性を足止めしていた兵士の逆上を呼ぶ。


「きっさまー!」


 足止めしていた兵士はありったけの怒鳴り声と共に、自身の魔力を高める。その様子を合流した兵士が気付き、ギョッとした表情で大きく飛び退いた。

 明らかに攻撃を目的とした魔法を仕掛けようとしている兵士に、女性は俯き加減で気にした様子も無い。垂れた前髪に隠されて、その表情すら伺う事が出来なかった。


「我が眼前の敵を焼き尽くせ!獄炎!」


 兵士は躊躇(ためら)う事無く魔法を発動した。展開された魔法陣が女性の足元に発現し、その直後、天を焼き尽くさんとする強力な炎の柱が沸き起こった。

 その炎から逃れる事も出来ず、逃れる仕草も見せずに女性は炎柱に包まれる。

 彼女の後方で、同僚が発現した魔法に備えた兵士は、炎柱に呑まれる瞬間、女性の口元が緩んでいるのを確かに見た。だが、天井を突き抜けて炎上し続けている炎を見て、彼は女性の死を確信した。


「おい!相手は女だぞ!やり過ぎだぞ!」


 そして明らかに過剰防衛だと解る同僚の魔法を目の当たりにして、彼は批難を言葉にした。例え非道な殺人者でも、罪と罰を確定させる前に殺してしまう事を良しとしない考えから出た言葉だった。それに如何な凶悪犯だとしても、女性を生きたまま焼き殺す事に忌避感を覚えたのかもしれない。

 

「女でもこいつはやり過ぎだ!見過ごせるか!」


 発動した魔法が終息を見せる中、その炎柱を挟んで掛けられた批難に、彼も怒声で返した。彼には仲間を殺されたと言う事が到底許せない事だったのだろう。その目にはありありと怒りが浮かんでいた。

 しかしその怒気を孕んだ瞳に驚愕の色が浮かび上がる。それは火柱の向うに立つ彼の同僚も同じだった。

 魔法の効力時間が過ぎ、炎柱が徐々に細くなり、すぐに消え失せてしまった。天井には炎柱の太さに併せて、直径二メートル程の穴がポッカリと空いている。

 彼も、彼の同僚も、この魔法の威力は十分に理解している。レベル三であるこの魔法は、普通の理解であれば対象者の全身を(くま)なく焼き尽くし、致命傷を与える代物だった。この魔法を防げるであろうランク四以上の魔法士などそうそう存在しておらず、例え同じランク三の魔法士であっても無傷では済まされない事は疑う余地も無い。

 だが彼等の目の前には、全くの無傷で女性が佇んでいる。

 彼女の体勢は、魔法を仕掛けられる前と後で一切変化が無い。やや俯き加減で立つ彼女の顔には、美しく煌めく金色の前髪がかかり、その表情はやはり窺い知る事は出来ない。

 

「ヒッ!」


 彼女の背後に立つ男が悲鳴を上げた。だが余りの衝撃に、大声を出すまでには至らない。


「こ……こいつ……あれで無傷……だと!?」


 魔法を射かけた兵士は、その結果が信じられないと言った風で、漸く言葉を紡ぎ出し後退った。その目は化け物を見る様に見開かれている。


「……俺は……」


 目の前の兵士を、ユックリと顔を上げた女性が鋭い眼差しで見据える。


「男だ!ばかやろー!」


 ―――男だった。

 彼は自分の性別を高らかに宣言した直後、目にも止まらぬ速さで目の前の兵士に接近し右腕を突き出した。

 恐るべき速さの手刀は、兵士の胸に突き刺さり、アッサリと背部に貫通した。

 怒りが渦巻く紅い瞳で、手刀が突き刺さり絶命している兵士を一瞥するその姿は、性別を超えた容貌の美しさも相まって、まるで黒き戦女神(カーリー)の様であり、その立ち姿は神話を模した絵画の一部を切り出した様であった。

 だが目の前で惨殺を目撃した兵士には、その様な感傷に心を奪われる事は無い。

 ただ圧倒的な恐怖に、悲鳴を上げて転がる様に逃走した。




 ビィーッ!ビィーッ!


 けたたましくなる警報音。風に乗って監視所内を慌ただしく動き回る兵士の騒動と、時折怒声と悲鳴が折り重なってマサト達の耳に届いた。

 火柱が起こり、警報音が鳴り、監視所内が慌ただしさを増す。明らかに異変が目の前で起こっていた。


「なんだ!?」


 突然の急展開に、マサトはそう叫ぶしかなかった。勿論何か答えが返って来る事を期待した訳ではない。この場に居る誰も、真実を答える術など持っていないのだから。


「……ふむ。明らかな異常事態と目の前の騒動……訓練や誤報の類では無いの。恐らくこれは……襲撃じゃな」


 ユファの冷静な分析と判断から紡がれる予想。その意見に彼等も異論は無かった。


「……それで……どうするの?」


 アイシュが恐る恐るマサトとユファに問いかける。アクシデントに対応するには、それなりに経験と知識が必要だ。だがマサトやアイシュにはそれらが圧倒的に欠けている。

 イスト自治領が襲われるまでの千年間に、争いの類が一切なかった世界では、例え警察やレスキューと言った比較的荒事に近い職業の人々でさえ、この様な状況に遭遇する事は皆無だったろう。ましてマサトやアイシュはそれまでただの高校生だった。目の前で目まぐるしく展開する事象に、冷静な判断と行動が取れる訳も無い。

 だが、彼等にはユファが居る。


「……今はこのままここを動かず、様子を見る事が肝要じゃ。闇雲に動き回っても、いい結果になるとはとても言い難いからの」


 彼女の、見た目を裏切る長い年月からなる経験則は、この場に置いて最も的確な答えを導き出してくれる。


「それに……あの炎……何か良くない感じを受けるのじゃ……」


 すでに治まっている、火柱が起こっていた場所を睨め付ける様に見つめ、ユファがポツリとそう呟いた。

 彼女の経験にプラスして、そこより紡ぎ出される“勘”もマサト達には持ち合わせていない貴重な物であった。


「……そうだな……ここで暫く様子を見よう。どのみち今の俺は戦闘出来る状態じゃないからな。戦いになっても役に立たないだろうし」


 マサトの言葉に、アイシュもユファも異を唱えなかった。状況の把握出来ない騒動が起こっている真っただ中に飛び込んでいくのが愚策であると言う事も、マサトが見た目以上に疲弊していると言う事も、十分に理解出来たからだった。


「アイシュよ、我らはいつでも対処出来る様心掛けておくのじゃ。良いな?」


 場合によってはここから早急な退避を求められるかもしれない。もしかすると戦闘に巻き込まれるかもしれないのだ。


「うん!」


 それを明確に理解したアイシュは力強く頷いた。

 



 マサト達の目には、ますます混乱の度合いを深めて、もはや戦闘状態なのは明らかとなった監視所の様子が映し出されていた。怒声と悲鳴は益々大きくなり、爆発と火柱がいくつも巻き起こる。

 マサトはその火柱を、何とはなしに目で追った。


「……なんだ?……奴ら、何かする気なのか?」


 火柱を追いかけた上空には、いつの間にか空を覆いつくす程の魔獣プリバシャルが監視所上空を旋回していた。

 いや、上空だけでは無い。監視所を挟む様にしてそそり立つ断崖の上にも、隙間を見せない程ビッシリと密集して魔獣が翼を休め、眼下の光景を見つめている。まるで何かを待っているかのように。

 

 突如として集まった魔獣プリバシャル。

 混迷の度合いを益々深める帝国軍監視所。

 更なる事態を無意識に想定したマサトは、腰に差した愛刀の柄を強く握りしめた。


混乱を極める帝国軍監視所。そして上空を支配する魔獣プリバシャルの群れ。混乱の中心に在る謎の男と帝国軍、魔獣プリバシャルの三つ巴となった状況。この混乱の向かう先にある物は……。

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