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千年皇国の戦略魔法師(エクストラ)  作者: 綾部 響
第二部 第二章 【再会】
34/62

霊峰の凶翼鳥(プリバシャル)

プラティア平原を抜けた先にそびえるオーラクルム山脈。ここにもやはり魔獣は住み着いている……。

 グルリと三百六十度周囲を見回すも、目に映るのは剥き出しの岩肌と所々に点在する巨石のみだった。


「……あじぃ……」


 荒れる呼吸でそう絞り出し、大きく肩を上下させながら急な斜面を登るマサトの足取りはすこぶる悪かった。

 今朝早くプラティア平原を渡り切り、オーラクルム山脈の麓に到着したマサトは、休む事も無くそのまま登山を開始した。

 常識で考えれば得策とは到底言えない。

 彼はこの数日、強行軍でボスケ森林を抜けプラティア平原を渡ったのだ。体力も体調も万全には程遠いだろう。

 加えて今は初夏と言う事もあり、降り注ぐ陽射しは決して弱い物では無かった。

 周囲に日差しを避ける遮蔽物が一切ないという訳では無い。

 目に映るだけでも結構な数の巨石が確認できた。それらの直径はマサトの身長よりも遥かに高く、彼が陽の光から身を隠すのに何の不都合も無い大きさだった。

 だが、当然の事ながらこれは逃避行であり、のんびりと休息を取る暇はない。時間を掛ければ、折角無理をして来た甲斐が無くなると言う物だ。

 ここまで来た彼等の行動速度は、一般の常識を遥かに超えた物である。ガルガントス魔導帝国もスツルト自治領も、まさかこの時点でマサト達がオーラクルム山脈に到達しているとは夢にも思わないだろう。

 そう言った意味では、彼等の作戦は功を奏している。

 このままこの山脈を超えピエナ自治領へ入る事が出来れば、完全に出し抜いたと言っても過言では無い。上手くいけば、そのままこの大陸を出国出来る可能性すらあるのだ。

 勿論楽観している者は誰もいない。むしろ流石に出国までスムーズに進むとは誰一人考えていなかった。だが時間を掛ければその難易度が高くなる事も事実だった。

 マサトが無理を通り越して無茶をしているのにはそう言った訳がある。時間は待ってくれないのだ。

 ただ彼にとって、この登山は何重にも不都合が重なっていた。

 体調不良に加え体力低下と睡眠不足、更に初めての道なき道を征く登山。

 武器防具の上から背負うリュックには少なくない荷物が押し込まれており、疲労困憊(ひろうこんぱい)の体に重く圧し掛かった。

 ここまで最悪の御膳立てが整うと、如何にマサトと言えども軽口を叩く余裕すらなくなってしまう。

 ”残念な事に”初夏の元気な日差しを目一杯受け、マサトの額からは珠の様な汗が止め処なく流れていた。


「……あじぃ……」


 先程から彼の口を突いて零れるのはこの言葉だけであった。


「初夏の日差しとは言え、ここまで来ると盛夏と差して変わらぬの」


「ほんとねー……地面からの照り返しもすっごく暑いわ」


 ガイスト化してヒラヒラとマサトの周囲を飛び交うアイシュとユファが、改めてその様な会話を交わしている。

 限界をとうに超えているマサトに「頑張れ」と言った言葉を投げ掛ける事は出来ない。また、それに類する言葉を掛けるのも(はばか)られた。

 何故なら彼はとっくに頑張っているし、無茶をしているのだ。

 彼女達の会話もそれらを避けた物になるが、周囲に話題となる様な物が一切見受けられない。自然と解り切った様な題材の会話を持ち出す以外になかった。

 

「ほもっ……はっ……ひじょほひ……ひふひ……」


 彼女達の会話に、マサトが何かを答えた。しかし息は上がり呼吸の激しい彼の言葉は、”常人では”聞き取る事が困難な暗号と化している。


「ほも?ひじょほひ?お主、何を言っておるのだ?」


「思った以上にきついんだって」


 マサトの、何処の言葉ともつかない聞き取り不能な言葉に、怪訝な表情を浮かべ考え込んだユファへ、その言葉を的確に翻訳したアイシュが答えた。この辺りは流石に長い付き合いである。

 彼の言葉を訳してもらい漸く理解出来たユファは、改めてマサトの顔を凝視した。


「ふむ、余り宜しくないの」


 太陽は天頂に手を掛けている。ここから数時間は一日で最も陽射しが厳しい時間帯へと差し掛かる。


「まだ先は長いが、こやつがこの状態では、山を越えるのにどれ程の時間を費やすか知れたものでは無い。お主はここで一度休息を取るが良い。我は周囲を見て回って来よう」


 慣れない登山にこのまま体力を消耗させ続けるよりも、数刻の休憩を挟み陽射しが弱まる時間帯を狙って行軍を再開する方が良いと判断してだった。

 勿論マサトの顔色を判断しての言葉でもある。誰が見ても彼の顔色が良いものだとは思わなかっただろう。


「あ、じゃー手分けして見て来ようよ。私は南側に行くから、北側はユファがお願い」


 視界の届く範囲では、わざわざ見に行くほどの事がある様には思えない。マサトから離れる事が出来る限界まで、それぞれ見に行く必要があり、手分けした方が効率の良い事は明らかだった。


「うむ、心得た。その間、お主はここで休息と食事を取っておれ」


 ガイストと化しているアイシュとユファが一際大きく飛び上がり、ユファはマサトにそう告げた。

 その言葉に右手を上げる事で返答したマサトは、比較的大きな岩の陰へと、陽射しから逃れるように腰を下ろした。

 それを見て取った彼女達は互いに顔を見合わせ頷き合うと、それぞれ正反対の方向へと飛び去って行った。




(ふわーっ!ビックリしたー!)


 軽く食事を取り、連日の疲れからすぐにでも眠りに就きそうだったマサトの精神世界に、突然アイシュが出現した。


(うぉっと!俺もビックリしたよ!いつの間に戻って来てたんだ?)


 フワフワとした心地よい眠気に包まれていたマサトは、不意に現れたアイシュによって強制的に睡魔を取り除かれた。


(違うの!さっきいきなり魔獣に襲われそうになって……慌ててガイストを消したの)


 彼女の言葉に、微睡(まどろ)んでいたマサトの意識が一気に覚醒する。


(な、なんだって!大丈夫なのか!?)


 自身がのんびりと休息している間に、大切な人が襲われて命を散らす様な事があっては悔やんでも悔やみきれない。それ以上にアイシュやユファを失うような現実は何としても回避したかった。”あの夜”以後、彼の心には常にその想いがあった。

 だが、現実には僅か一時気を緩めただけで、アイシュが危険な目に遭っていたのだ。マサトの動揺は計り知れなかった。


(あ、うん、大丈夫だよ。ガイスト自体は極少量の魔力で形作った遠隔操作用の体みたいなものだから、何かあればそれを消せば意識は本体に戻って来るし、ガイストが傷つけられても私自身にダメージはないから)


 だが、アイシュの返答は実にアッケラカンとした物であった。それも彼女が話す内容を聞けば合点の行く事だ。

 そこでマサトも以前ユファが話していた内容を思い出した。

 意識だけを、魔力で形作った体で(くる)んだ存在。確かにそう言っていた。

 

(ふ、ふーん……そ、そうなのか……意外に便利だな)


 先程の少なくない動揺からすぐに平静を持ち直す事は困難だったが、それでもアイシュが問題ない事を理解した彼は思いつくままにそう答えた。

 咄嗟に彼の口を突いた言葉だったが、その意味を噛みしめると意外な利便性を再確認させられた。

 今までは彼女達の分身と思い接して来たし、それも誤りでは無い。

 だが、戦術として利用するならば意外に活用方法があるかもしれないと考えが浮かんだのだ。

 例えば敵地の偵察。

 ダメージを考慮に入れる必要が無いので、かなり自由な行動が可能となるのではないか。

 又は後方攪乱(こうほうかくらん)

 これも効果絶大だ。目的付近から監視の目を遠ざける事が出来ればこれ以上に安全な事は無い。


(ん?便利って?)


 その事を考えてもいなかったであろうアイシュから、マサトに向けて問い返される。

 彼女の問いに答えようと口を開けた瞬間、彼の後方より別の声がそれを遮った。


(そうでもないのだ)


 突如出現したユファが、マサトの考えを読み取っていたかのように軽く否定する。


(うぉっと!ユファか。お前も戻って来たんだな)


 彼女はマサトの声に返答せず、先程の続きを語りだした。


(まずガイストは魔法がほとんど使えん。主であるマサトから離れては全く使えないと思った方が良いじゃろう。力も皆無。故に姿を晒して注意を引く様な事しか出来んが、そうなれば敵も警戒するじゃろう。索敵にしてもこの姿を消したまま行動出来る訳では無い。それに遮蔽物を通り抜ける様な事も出来ぬ。もし見つかればやはり相手に何者かの存在を危惧させてしまう。結局この姿で出来る事と言えば、周囲を見て回る事ぐらいじゃな)


 彼の考えを完全に見透かした様なユファの答えに、マサトもアイシュも言葉を発する事無く聞き入ってしまい、再起動までに若干の間を要する事となった。


(そ、そうか……ガイスト化したユファ達を今後の作戦に組み込むなんて事は止めといた方が良いって事か……)


 先に意識の手綱を握る事の成功したマサトが、考えていた自身の意見を口にした。

 彼自身、そこまでガッカリした訳では無い。

 確かにガイストが幽体やホロスコープの様に朧気(おぼろげ)で実体が掴めない存在ならば、マサトの言う様な活用も可能だろう。

 しかし例え見た目が妖精のそれであっても、魔力で形作られた実体は存在する。冷静に考えれば、ユファの言った事は解らない話では無かった。


(ごめんねー……役に立てないねー……)


 だがアイシュはマサトの言葉を聞いて、彼が意気消沈していると感じた様で、その言葉も尻すぼみに元気が無くなっていった。

 

(じゃがそう悲観した物では無い。今回はこの体が十分役に立ったぞ。ここより北に向かった所で、昔使われていた街道を見つけたのだ。整備はされておらぬようじゃったが、このまま山を越えるよりも遥かにましと言えよう)


 ニッと笑顔を浮かべてマサト達にそう言うユファ。確かに彼女達のガイスト化は使い処さえ間違えなければ十分役に立つ能力である。

 

(一先ずそこへ向かうとしよう。体を休めるにも山を越えるにも、ここより断然都合が良かろう)


 ユファの提案に、マサト達は顔を見合わせた後、ユファに頷いた。




「そう言えばアイシュが襲われた魔獣ってどんなやつだったんだ?」


 急な斜面を覆う大小の岩が、歩を進めるマサトの足元を不安定にしている。

 結果としてほんの僅かしか休憩を取れなかった彼の歩む速度は、それらの原因も相まってとても軽い物とは言えなかった。

 太陽は天頂をやや過ぎたあたり。陽射しは強く彼を照射している。

 歩く度に体力が消費されていくのを感じながら、それでも先ほど僅かに取った休憩で多少気力を取り戻したマサトが、気になっていた質問を傍らに寄り添うアイシュに投げ掛けた。


「うーん……咄嗟だったからハッキリ見れなかったんだけど……大きな鳥のような……人の様な……」


「なんだ、要領を得ないな」


 必死に思い出しながら呟くアイシュに、マサトは微笑みながら答えた。だが疲労から来る彼の微笑は、どちらかと言うと苦笑いのそれだった。


「だ、だって!いきなりだったし、何匹もいて周囲を囲まれてる感じだったんだから!」


 マサトの物言いを、どこか小馬鹿にされたと感じたアイシュが、顔を赤らめ頬を膨らませて反論する。

 予想外に強い反論を受けたマサトは、咄嗟に言い訳をしようと口を開きかけたが、それよりも先にユファの言葉が割って入った。


「それは多分、小型の有翼魔獣プリバシャルじゃな。この辺りに多く生息しておるし、まず間違いないじゃろう」


 膨大な知識と言う名の図書館から、必要な資料を集めているかの様に手をこめかみへ当て、目を閉じながら話を続けた。


「人の顔、体、足を持つが、両の手は巨大な翼と化しておる魔獣じゃ個体でのランクはそれほど高くないが、驚異なのは集団で襲ってきた時じゃな。魔獣にしては高い知能を有しておるし、魔法も使って来る。何より組織的に襲って来るだけでも、あのガリナセルバンより厄介かも知れんな」


 高い知能を有する魔獣と言う物にマサト達は遭遇した事は無い。それに二匹以上の徒党を組んで襲い掛かって来る魔獣と対峙した事も無い。


「プリバシャル……か……」


 思わずマサトの口からその名が零れる。この霊峰を遭遇する事無く超える事が出来るだろうかと考えずにはいられない。

 だが、既にアイシュのガイストは見つかっている。魔獣のテリトリーに入っている事は否定できなかった。

 

「なるべく見つからない様に進まないとだね」


 スッと視線を上げ、上空を見やったアイシュに釣られて、マサト達もその視線を追った。

 気付けば先程まで照り付けていた陽射しは影を落としている。


 

 前方数百メートルにはユファの言った旧街道へと下りる崖が、山を横断する様に続いている。

 


 そして上空数百メートルには、鳥と言うには巨大で形も歪な有翼の生物が、空を埋め尽くすかの様に旋回していた。


山脈の上空を支配する魔獣プリバシャルの気配に気を割きながら、彼等の行軍は続く。

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