試行
戦闘の高揚に駆られるユファと、自身の試行が思いのほかうまくいかず焦るマサト。
(なるほど!これが戦闘か!)
激しい戦闘の最中にあって、ユファは高まっていく自身の高揚感を感じずにはいられなかった。
これまでの人生で、彼女に戦闘の経験がない訳では無かった。
むしろ千年前の戦争を終結させた立役者であるユファは、常にその身を最前線に投じていたのだ。マサトよりもずっと戦闘経験は豊富だった。
彼女が言う戦闘。それは「誰かと協力して敵に立ち向かう」戦闘を指している。
それまで彼女が経験した戦闘、戦場は、常に一方的な蹂躙の場となっていたのだ。
彼女の攻撃を防ぐ事等誰も、どの国も出来はしなかったし、彼女を害する力を持つ者も誰一人いなかった。いわば圧倒的高所から見下ろした戦闘とも言える。
しかし今はどうだ。力は敵と拮抗し、一人では切り抜けられそうもない。
故に誰かと、マサトと協力し敵に当たる。
常に自分だけでなく、仲間に気を掛けながら行動する。それは仲間も同様だ。
その中で上手く味方の能力が発揮出来る様に攻撃する。これが連携だ。
防御にしても、今のユファでは正面から受け止めるだけでは駄目だ。
いなし、かわし、逸らす。
常に移動して場所を変え、こちらが有利になる場所を探り、相手を不利な場所へと誘導する。
移動しながら魔力を高めて攻撃し、激しい戦闘にあっても消耗は極力抑える。これが戦闘だ。
ユファはやはり、この戦闘を楽しんでいる。
同時に驚くほどのスピードで経験を蓄積し成長を遂げている。
彼女自身、それが自覚できるから、高揚していく気分を抑える事が出来なかった。
「くっ!」
マサトは焦っていた。
ユファには勝てるとそう言い切った。そして彼自身にもその手段に心当たりがあった。
だが、何度「それ」を試そうとも、ガリナセルバンの防御障壁を破れないでいた。
ただ勝つだけならば、とうにその準備は出来ている。いつでも目の前の魔獣達を倒す事が可能だろう。だが、まだその時では無いと自分に言い聞かせていた。
マサトはこの戦闘でいくつか試そうとしている事があった。
その一つは、自身に戦闘経験を積むと言う物。先程彼がユファに告げた通りだ。
彼は三日月流剣術の指南を受けて来た。稽古もしたし仕合も数多く熟して来た。
だが当然ながら、命の掛かった戦いと言うのはこれが初めてなのに間違いない。
どこか心に隙のある、「戦い」と言う物への温い考えを一新するにはこれ以上ないシチュエーションだと彼は捉えていた。
もう一つはユファとの連携だ。彼女と共に戦うのはこれが初めてである。
彼女の戦闘スタイルや特性を把握し、その上で上手く連携できるかどうかを知っておくことは、これからの戦いに必要な事だと思っていたのだ。
見た所彼女はレベルの高い所でバランスが取れており、攻撃面でマサトのフォローをするのに打って付けだった。そして彼女もそう理解して動いている節がある。
そして最後の一つ。
通常の物理攻撃では打ち破る事の出来ない魔法による防御障壁。これを打ち破る為の秘剣「三日月流剣術奥義 斬魔の太刀」。これを実戦のなかで発動する試みを行おうとしていたのだ。
「魔法を使えなくさせられた者」が「魔法士を打ち破る」為に、三日月流剣術にて長年研究され続けて来た真骨頂がそれにあたる。
だが理論のみで、完成となるのは程遠い。
魔力を己の外側へと放出し使用する事が出来ない様「封印」された状態で、それでも魔力を引き出し、魔法とは違う方法でその力を行使する。
三日月流剣術ではその方法の一つとして、引き出した魔力を己の武器に纏わせる手段が研究されて来た。いわば魔法でマテリアライズ化した武器と同等の力を実剣に与えようと言う試みだ。
これが完成すれば、防御障壁で守られた魔法士すら倒しうる力を得る事が出来る。
だが父ユウジの代であっても、その試みは成果を上げられずにいた。
しかし、今のマサトならばそれも可能な筈だった。
「封印を既に解かれている」マサトにならば。
魔法を、魔力を封じられている者が、如何にしてその魔力を自身から引き出し手に持つ武器に付与させるのか。その方法が難解だった訳だが、今のマサトにはその障害となる封印その物が存在していない。
常人を遥かに凌駕する魔力を有する、ミカヅキ家の本領を存分に発揮する事が出来るのだ。
だが魔力を引き出し武器に付与する。それだけでは「斬魔の太刀」とは成り得ない。
引き出した魔力を、より鋭利に、武器の特性を損なう事無く纏わせなければならない。
魔力を魔法として具現化するのではなく、魔力その物の形状を変化させるのは本来ならば難易度の高い技術だ。
今までに魔法と言う物を行使する機会の無かったマサトにとって、それ程に高難度の技術を行う事は決して容易な事では無い。
だがこれは今後の戦いで間違いなく切り札、強力な武器になる。
魔法の封印が解かれたと言っても、マサトはエクストラであり使える魔法も一種のみ。
一度使えば倒れる程の魔力を消費するエクストラ魔法に柔軟な運用は期待できない。
しかしこの斬魔の太刀が自在に使えれば、敵の魔法士と相対しても互角以上に戦えるのだ。
精神を集中させ、何度も父ユウジとの稽古を反芻しながら、マサトはガリナセルバンへの何度目かの攻撃を敢行していた。
父ユウジも成し得なかった「斬魔の太刀」。マサトはその技を体現する事が出来るのか!?




