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千年皇国の戦略魔法師(エクストラ)  作者: 綾部 響
第二部 第一章 【逃避行】
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魔獣ガリナセルバン

マサト達の元へと急襲し、目の前に降り立ったのは、二体の魔獣ガリナセルバンだった……。

 凄まじい勢いで降下を続ける二体の魔獣は、減速する素振りも見せずにマサト達の元へとグングン近づいて来る。

 彼等がこの二体を見つけた時は点にしか見えなかった姿が、今はしっかりと見て取れる程になった。更にドンドン距離を詰めて来る。


 バサッ!


 このままでは地面に激突すると思う程の速度で接近した二体は、本当にそうなる直前、クッと頭を持ち上げ器用に上下を反転させ、巨大な翼で大きく強く羽ばたいだ。

 その翼で空気の塊を打ち出し地面に叩きつけた風圧で見事に減速を果たした二体の魔獣は、それまでの勢いからは想像出来ない程優しく、フワリと地面に降り立った。

 濛々(もうもう)と沸き立つ砂煙。一気に視界が失われる。


「ユファ!」


 しかし魔獣の行動は着地しただけで終わらなかった。視界の利かない中、即座にその足が、尻尾がマサト達を襲った。一匹の魔獣がユファを踏みつけようとする。もう一匹は長い尻尾を振るってマサトを薙ぎ払おうとしたのだ。

 逸早くその動きを察したマサトは、隣にいたユファを脇に抱えて大きく跳躍した。

 だがそれで終わりでは無かった。

 マサトが跳躍すると同時に、魔獣から魔力の高まりを二人は感じた。それは氷塊となって打ち出され、未だ立ち昇る砂煙を突っ切りマサトの着地点に向かって打ち出された。


「ムッ!」


 本当ならばマサトに直撃していたかもしれない。それ程にタイミングも良く正確無比な氷弾の攻撃だった。

 しかしその攻撃は彼に届く事は無かった。

 小脇に抱えられたままのユファが、即座に防御障壁を展開してその攻撃を無効化したのだ。彼女の障壁に遮られた氷弾は、キラキラと煌めく小さな氷の粒と化して霧散する。


「すまぬ、マサト」


 無事着地したマサトから地面に降ろされたユファは小さく謝意を零す。


「いや、こちらこそ助かった」


 マサトも彼女に礼を言った。しかしその視線は未だ立ち込める砂煙の向う側を見つめている。


「ユファ、あの二体は……」


 この世界に数多いる魔獣の全てをマサトが知っている訳が無かった。それどころかこのオストレサル大陸に生息する魔獣、いやいや、イスト自治領周辺に生息する魔獣の種類すら把握していない。

 しかしそれはマサトが無知無学だという訳では無い。恐らくこの世界に住む殆どの人々は、自身の暮らす自治領周囲に生息する魔獣を正確に把握しては居ないだろう。

 何故ならば、魔獣の脅威は決して魔魂石に守られた場所には及ぼされないからだ。好んで非管理区域、つまり魔魂石の効果が及ばないエリアへと足を踏み入れない限り、人々が魔獣の脅威を思考する必要はない。自然、魔獣を必要以上に知ろうとする機会は少なくなっていく。懸念する必要のない魔獣の事よりも、人々は日々の生活に忙しいのだ。


「あやつらは『ガリナセルバン』。巨大な鶏類の体、しかし胴体は蛇類のそれを持つ、所謂合成体(キメラ)じゃ」


 だがユファの知識には記録されていたらしい。マサトの問いかけに、一瞬の逡巡も無く返答が(もたら)された。


「ガリナ……セルバン……」


 大型…と言う程の巨体では無い。恐らく分類上は中型程度なのだろう。

 随分と治まって来た砂ぼこりの向うに見える魔獣は、全高で五メートル程、しかし尻尾までの全長は恐らく十数メートルはある。

 固まってこちらを窺う二体は、怯えているとか警戒していると言うよりも、何処か風格を以てこちらを(うかが)っている様に見える。

 二体に外見上の違いは少なく、やや小柄に見えるガリナセルバンには鶏冠(とさか)が無いくらいだろうか。


「クカカカカッ!」


 その鶏冠の無い方の魔獣が突然嘶(いなな)いた。まるでつま先立ちでもする様に背筋が伸び天を仰ぐ。威嚇なのか戦闘前の行動なのか、その後呼吸を整えるかの様な動きで静かに息を吐きだしている。


「ユファ、どうする?」


 まだ対峙する魔獣との距離は詰まっていない。互いに対峙した状態だ。だがいつまでもこのままである筈がない。


「うむ。先程から後手に回って事態が好転する事は無かった。ならばこちらから仕掛ける事が良策だと思うのだが」


 今に至る一連の流れで、ユファの慎重な、もしくは消極的な行動の結果が功を奏した物は無かった。流石にユファはそれに辟易(へきえき)していた節もある。


「そうだな。俺も受けは性分に合ってない」


 ニッと笑ったマサトはそう彼女に返した。作戦が纏まった瞬間だった。

 先手必勝。

 マサトは太刀の柄に手をやり、ユファは魔力を高めて戦闘に備える。


「グルルルル……」


 しかしそれは魔獣側も同様であった。

 マサト達が動き出すと殆ど同時に、二匹のガリナセルバンも彼等に対してあからさまな敵意を向けて来た。

 「残念ながら」戦いの切っ掛けは魔獣の動きからだった。

 砂煙で視界を奪う事が目的なのか、鶏冠を持つガリナセルバンがマサト達に向けて羽ばたき、巨大な空気の塊を叩きつけて来た。

 その攻撃とも目くらましともつかない風塊を、ユファは自身の前方にのみ展開した防御障壁で防いだ。風塊が過ぎ去ったのを確認して、マサトはユファの防御障壁を回り込む様にして彼女の前方に躍り出た。


「ユファ、お前の魔法で口火を切ってくれ!同時に俺が突っ込む!」


 即座にプランを告げるマサト。


「心得た。しかしあやつらの魔獣ランクは五じゃ。我の魔法で片が付く。万一打ち漏らしがあればその時はマサト、お主に頼む」


「了解だ!」


 そう答えてマサトは一気に魔獣との間合いを詰める。同時にユファは魔法発動の準備を整える。

 魔獣にも魔法士と同じ様にランク付けがされている。そしてそれはそのまま魔獣の使用可能な魔法レベルも示している。

 一概に魔獣ランクが魔法レベルに直結している訳では無い。しかし殆どの場合でその図式は当て嵌まる。

 つまり魔法士ランク六相当の魔法が使えるユファに、ランク五以下の魔獣が太刀打ち出来る訳が無いのだ。ガリナセルバンは魔獣ランク五。ユファの言う通り、彼女の魔法で片が付く事は明白だと思われた。


「触れ得ぬ灼熱の花弁、咲き零れるが良い!灼熱閻華!」


 ユファが呪文を唱え、右手を魔獣に向けて突き出す。

 詠唱が終わると同時に、魔獣達の足元にそれぞれ赤い魔法陣が出現する。その魔法陣により作り出された巨大な深紅の花が、二体の魔獣を呑み込んだ。まるで花が咲く工程を巻き戻して見るかの様に、大輪の花は渦を巻いてガリナセルバンを包み込むと、それはそのまま炎の竜巻に変化し、内包した魔獣を焼き尽くさんとした。


「クエーーッ!」


 断末魔の咆哮か。二体の魔獣は殆ど同時に(いなな)いた。


「なに!?」


 しかしその鳴き声を聴いたユファの表情は不審に崩れた。

 彼女の魔法で焼き尽くされるはずの魔獣は、その炎の中で健在だった。彼女の炎はガリナセルバンの羽毛を多少焼いただけで、致命的なダメージを与えるには至らなかった。

 炎の渦が消え去った後には、僅かに焼けた箇所から黒い煙を立ち昇らせて二体の魔獣が姿を現した。その周囲には魔獣の物であろう防御障壁が展開されている。

 殆ど同時に魔獣へと斬りかかっていたマサトの斬撃も、その防御障壁に弾かれた。

 鶏冠のガリナセルバンが障壁を解くと同時に、再び氷塊をユファへ向けて放った。もう一方の魔獣も、斬撃を遮られ若干体勢を崩したマサトに(くちばし)での(ついば)み攻撃を繰り出した。

 マサトはその嘴による攻撃を太刀で受け流したが、その反動で大きく後方に吹き飛ばされる。いや、あえて吹き飛ばされたのだ。

 そのお蔭で彼は魔獣から大きく距離を取る事に成功した。

 ユファは魔獣の氷塊を冷静に防御障壁で防いだ。


「クッ!」


 しかし予想外の事が目の前で展開される。余裕をもって展開した防御障壁が魔獣の氷塊に圧されて、危うく崩壊する所だったのだ。

 彼女の魔法ランクは現在六。それは防御面にも反映される。ガリナセルバンの魔獣ランクは五だが、使える魔法レベルは四である。どうあっても彼女の防御障壁を脅かす威力の魔法を使える訳が無い。

 いや、その前に彼女の剣魔法を防げる訳がないのだ。

 しかし現実はユファの魔法を防ぎ、防御障壁を崩す程の圧力を見せている。


「ユファ!大丈夫か!?」


 彼女の元へと戻って来たマサトが不安気に声を掛ける。

 だがマサトの問いかけに答える事の無いユファは、苦々しい表情で呟いた。


「……そうか……ダンピングブレス……ぬかったわ……」


「ダンピン……なんだ、それは?」


 当然マサトにその言葉の意味も知識も無い。


「ダンピングブレスじゃ。個体毎に多種のブレスを吐くガリナセルバンにあって、非常に稀有なブレスじゃ。我もその存在を失念しておった」


 ユファが話す最中も、散発的に魔獣から魔法攻撃が浴びせられる。

 彼女はその攻撃を防御障壁で防いで入るが、その表情に余裕はない。


「ダンピングブレスに攻撃性や致死性、毒や麻痺、石化等の目に見えて解る状態異常は生じぬ。じゃがそのブレスに触れた魔法士は、強制的に魔法士ランクを引き下げられるのじゃ」


 その時、数発の氷弾がユファの形成する魔法障壁を突破した。すかさずマサトはユファを抱きかかえその場から大きく飛び退く。降り立ったユファは、そのまま説明を続けた。


「我が先程使用した剣魔法や盾魔法は間違いなくレベル六で繰り出した物じゃ。しかし強制的に魔法力を抑え込まれ、レベル四相当の効果しか現れなかったのじゃろう」


 彼等が着地した先にも魔獣の放つ氷塊が浴びせられる。再び防御障壁でそれらを防ぐユファ。ガリナセルバンは先程ユファから受けた攻撃から、接近に慎重となっているのかその場を動く事無く魔法攻撃に徹していた。


「きやつらの使う魔法レベルは四。しかし今の我はきやつらと同等じゃ。此方の攻撃はきやつらに致命打を与える事は出来ぬし、きやつらの攻撃を完全に防ぐ事も出来ぬ」


 説明を終えたユファの表情には焦りとも取れる表情が浮かんでいる。それを見透かしたように、ガリナセルバンの魔法攻撃がその様相を変える。それまで個々に氷弾を放っていた魔獣はその手を止め、まるで息を併せる様に嘶いた。それと同時に、巨大な氷塊が魔獣達の頭上に形成され、そのままマサト達に襲い掛かった。


「いかん!結合魔法じゃ!」


 二人以上の魔法士が魔力の質や威力を併せて一つの魔法を形成する技法「結合魔法」。

 主に攻撃よりも防御に使用されることが多く、個々の魔法レベルよりも高い魔法が行使できる事もあって、千年前の戦争時にはエクストラ魔法を防ぐ為に複数のレギュラー魔法士がこの方法を用いたと言う。

「結合魔法」について詳しくないマサトだったが、魔獣達が何をしようとしているのかすぐに理解した。戦いの最中に決して簡単では無い結合魔法を行使して来るとは、流石は魔獣、それとも番井の成せる業なのか。

 ユファの叫びと同時に、マサトは彼女を抱えて三度その場を跳躍した。

 先程まで彼等のいた所を巨大な氷塊が襲い、砕け散る。

 その破片と言うには大きすぎる氷片が、その場を回避するマサト達を襲う。


「きゃあ!」


 ユファの悲鳴が上がる。

 だが彼は見事な体捌きでそれらを華麗にかわし切った。そして再び魔獣達と対峙する。


「へぇ」


 そう零したマサトの顔には驚きが含まれた笑みが湛えられている。

 その笑みが意味する所を即座に理解したユファは顔を赤くした。


「な、なんじゃ?」


 その声は違う意味で動揺している。


「いや、悲鳴も可愛いんだなって思って」


 含み笑いを零しながらマサトは素直な感想を漏らした。いつも凛としたユファの、とても女の子らしい表現は何処か微笑ましかったのだ。


「な……ば、馬鹿者!今はそんな事を言っている場合では無かろう!」


 更に顔を真っ赤にしてユファが反論する。しかし取り乱す程に普段の彼女からかけ離れ、マサトの頬を更に緩ませていた。


「とりあえず俺に策がある。試していいか?」


 だが次の瞬間引き締まったマサトの顔がユファに向けられる。


「何を言っておる?今の状況は不利を通り越して危険でもある。ここは退く事も肝要なのではないか?」


 確かにこの場で留まり続ける意味はない。可能ならば逃げる選択も決して恥では無い。


「解ってる。でもこの先もっと危険で厄介な相手に出くわすかもしれない。ガリナセルバンが魔法も使う魔獣だって言うなら、対魔法士の模擬戦としては最適なんじゃないか?」


 些か強引だが、確かにそう言った側面で取り組めばこの先に活きるかもしれない。


「ふむ。一理あるが、それを今この場で行うのは危険ではないか?」


 ここは魔獣の蔓延るボスケ森林奥地。そしてガリナセルバンの縄張りである。地の利は無く、危険なのは目の前の魔獣だけでは無い。


「危険じゃない戦いなんてないよ。戦争を知らない俺達は『戦い』と言う物をどこか人ごとの様に軽く考えているのかも知れない。まずはその認識を変える。それに……」


 千年もの間戦争と言う物が無かったのだ。戦争を知らなくて当然だが、マサトが進む道の先に戦いがある以上、備えない訳に行かないだろう。その必要があるにも拘らず備えないのは愚か者と大差ない。


「それに……なんじゃ?」


 ユファは彼が言い淀んだ言葉の先を促した。


「それに、俺達なら勝てる。だろ、ユファ?」


 その言葉で彼女の顔は今までにない程真っ赤になった。それはさながら美しい炎を灯す蝋燭の様だ。


「と、当然じゃ!」


 照れを隠す為だろう、ユファの声は辺りに響き渡る程大きなものだった。

 それを合図とするように、魔獣達から再び氷塊の攻撃が浴びせられる。

 ユファはそれを防御障壁で防いだ。


「良かろう!ならば試してみるが良い!我が全力で援護してやろう!」


 そして次の言葉は尻すぼみに消え入る声音で紡がれた。


「二人で……倒すのじゃ!」


 だが力強い、マサトの満足いく言葉だった。


「おう!」


 だから彼も力強く答えた。同時に彼は魔獣に向けて大きく跳躍した。



魔獣ガリナセルバンとの戦闘。アイシュを欠くマサト達は劣勢だが、彼には一つの考えがあった。

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