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ユーティフ冒険記  作者: 静観 啓
第1章 始まりの町「タートタウン」
9/18

第五話 銀髪の青年

5000字程度です。


「こちらが私の露店になります。店はボロいですが、商品は良いのがそろってますぜ。へへ」


 自分を商人だという初老の男性に案内されたそこは、二人が先ほど歩いていた路地よりも少し狭い丁字路だった。店は道と道が交錯している場所に構えられており、すそほつれている茣蓙ござの上に、あちこちがささくれている木製の長台ながだいが置かれているだけの簡素なものだった。


 しかしその台の上に置かれていたものはマリーの気を引くには十分なものだったらしく、誰よりも早くその露店に近づきその品々に目を輝かせる。


「凄い! これも、これも、表町で買ったら倍以上するわ!」


 あれもこれもと色々な商品を両手に目をキラキラさせている姿に、レグロは苦笑しつつもマリーの肩越しからそれらを覗く。


「姉御、何かいいものでも見つかったか?」


「見てレグロ。初級術式用しょきゅうじゅつしきよう術札じゅつふだが五枚セットでカムル銅貨二枚ですって。この中級術式用ちゅうきゅうじゅつしきようの術札も五枚セットでたったカムル銅貨九枚。表町なら普通この倍よ? まさにここは術師の天国だわ。……でも、どうしてこんなに安いの?」


 レグロに熱弁していたマリーは、最後の言葉と共に露天商の男を見る。


 その男はそれを待っていたのか、少し芝居がかったように自分の禿げあがった頭を一撫でして、


「……ここだけの話にしてくださいよ」


 わざとらしく周りをきょろきょろと見回してそう言った。


「表町はこの中町と同じかそれ以上に人の往来が激しいんですが、それはこの町の中に構えている店にも同じことが言えるんですよ、はい。このタートタウンでは昨日できた店が今日の朝には潰れているということが普通に起こります。そして、私には特別なコネがありましてね。その表町で潰れた店の商品をタダ同然で買い取ることができるんですよ」


「……なるほど、だから表町の半値でも生活できるのね」


 マリーの言葉に、露店の男はニヤリと笑う。


「そうなのですよ。表町でこのレベルの商品を買おうとすると、最低でもこの倍はくだらないでしょう。ヒヒヒ」


 その店主は引きつったような笑みを浮かべると、まわすような視線をマリーへと向ける。金糸を思わせる美しく艶のある金髪に暴力的なまでの主張をしている豊満な胸、そしてキュッと締まった腰からスラリと伸びる長い脚。顔は整っており美形ではあるが、瞳に宿る優しい光がいくらかマリーを幼くさせ可愛らしい印象を与えている。


 露天商の男はマリーの豊かな胸や程よく筋肉がついた脚に視線をとどめると、黄ばんだ歯をニヤリと覗かせ、その顔を気持ち悪く歪める。


――見れば見るほどいい女だぜ。


 もちろんマリーはそんな視線に気づくようなことはなく、代わりにレグロがその男の顔に張り付くことによってその気持ち悪い視線を遮断した。


「なっ! き、貴様、何をする!? 離れろ!」


「いやー、悪いな。急におっさんの気持ち悪い顔に張り付きたくなったもんでな。離れられないなー」


「訳が分からないことを言うな! さっさと離れろ!! さもないと……」


 そこでようやく気付いたらしいマリーは、露店の商品から視線を上げる。


「二人とも、何やってるの? というか、いつの間にそんな仲良くなったのよ?」


 露天商の男は慌ててレグロを自分の顔から引っぺがすと、代わりに商売用の笑顔を無理やりに張り付けるが、急ごしらえのためか笑顔が少し引きつっている。


 いつものマリーなら気づけたかもしれないが、術具を前にした彼女にそこまでの注意力は残っていない。


 レグロはそのことに呆れつつも、さっさとこの怪しく危険な男から離れるため、話を進める。


「それで、マリー的には良い商品はあったのか?」


「やっぱり最初に見た初級と中級の術札のセットが一番いいわね。でもまだ宿も取ってないし、今後の旅路でいくらかかるのかもわからないから、ここで買うべきか迷ってるのよね」


 腕を組み目を瞑って唸るマリーに、男はまたも芝居がかったように禿げあがった頭を一撫でする。そして、わざとらしく困ったように顔を歪めた。


「こりゃかないませんね。今後もお嬢さんには利用してもらいたいですし、今回は特別に先ほどのセット二つで銀貨一枚でいかがですか?」


「ほ、本当に!?」


 マリーはあまりの出来事に思わず男の手を取る。


 その勢いに多少気圧されるも、男は首を縦に振る。


「え、ええ。それと、ここで出会えたのも何かの縁ですし、もし先ほどのセットを買ってくださるなら、大したものではありませんがこの指輪もお付けしますよ」


 男はそういうと、おもむろに長台ながだいの下から一つの指輪を取り出す。それは金属のリングの上に小さな赤い石がつけられているもので、お世辞にも高価な物には見えない。


 しかしそれでもマリーからしたら気が引けるのか申し訳なさそうにする。


「へへ、気にしないでください。どうせ安物ですから。この店で売れ残るより、お嬢さんに身に着けてもらった方が指輪も嬉しいでしょう。それに、次もこの店を尋ねていただければそれより嬉しいことはないですから」


 マリーはそれでもしばらくは浮かない顔をしていたが、店主の熱意に押されたのか、最終的にはニコリと微笑む。


「分かりました。じゃあさっきの初級と中級の術札の五枚セットをそれぞれ一つ下さい」


 上着の内ポケットから巾着を取り出し、その中からカムル銀貨一枚を露天商の男に渡すと、マリーはその銀貨の代わりに男からは術札のセットとおまけの指輪を受け取る。


 マリーはいつもの半値以下で術具を買えたことに跳んで喜び、レグロもそんな彼女を見て仕方がないなと微笑む。


 そしてそれ故に、二人は気づけなかった。

 その露天商が今までとは違う、はっきりとした悪意の微笑みを浮かべたことに。


 そして露天商の男も、つい本当の笑みを浮かべてしまうほどに浮かれていた。


 だからこそ、露天商の男も含めた三人は気づくことができなかった。

 マリーの後ろに白銀の髪をした青年が立っているということに。


 露天商の男がその銀色に輝く髪に気づいた時には、その青年が口を開いた後だった。


「面白いもん見てるな。オレにも見せてくれよ」


 突然現れた銀髪の青年は誰も口を挟む隙を与えぬ間に、マリーの手から指輪をすっと抜き取る。


 何が起こったのか理解できないマリーをよそに、誰よりも先に口を開いたのは他ならぬ露天商の男だった。


「お、おい、何をしている! その指輪はそこの嬢ちゃんにあげたものだぞ!!」


「いいじゃねぇか。見てるだけだろ?」


 銀髪の青年は悪びれることもなくそう言うと、奪い取ろうとする店主を気にもせずに指輪を日に当てるよう掲げる。


 すると少年は何か面白いものでも見つけたのか、一瞬片方の口角を釣り上げニヤリと笑った。

そして突如「あれれー」とわざとらしい()()()()をあげると、


「これは何だろうなぁー。何かの術式のように見えるんだけどなぁーー」


と、誰でもわかるような棒読み。


しかし露天商の男はその棒読みに気づけないほど気が動転しているのか、そのテキトーな()()()()()にたじろぎながらも声を荒げる。


「ふ、ふざけるな! 言いがかりをつけるのも大概にしろ!!」


「言いがかりねぇ」


 青年は露天商の男を一瞥いちべつする。その視線はそれだけで相手を射殺せそうなほど鋭いもので、向けられた店主はビクンと肩を震わせ、額に脂汗を流す。


 しかし腐っても商人なのか、男は強引に少年との距離を詰め、相手の胸にその骨ばった指を突き付けた。


「そ、そこまで言うなら、証拠はあるんだろうな!? こ、この指輪に術式が施されているという証拠が! もし何もなかったときは、それなりのことを覚悟してもらうぞ!!」


 露天商の男の言葉に青年は悪そうにと笑うと、


「証拠はねぇ」


 あっけらかんとしてそう言った。


「なっ! なに!?」


 青年の言葉に、露天商の男は一瞬呆然とした後、状況を理解するにしたがって徐々にその骸骨を思わせる顔を赤く染める。


「しょ、証拠がないだと! よ、よくも言いがかりで俺様の商売を邪魔してくれたな!! お前を政府軍に突き出してや……」


 顔を真っ赤にして怒鳴り散らす露天商の声を遮ったのは、他でもない先ほど証拠はないと言い切った青年であった。


「まあ落ち着けよ。確かに今は証拠がないといったが、ないものは見つければいいだろ?」


「何だって?」


 男は青年の言うことが理解できないようで、思わず聞き返す。


「証拠を見つけるだって?」


「そうだ。ないものは探せばいい。裏町のスラムのガキだって知ってることだぜ」


 露天商の男は今までの様子から一変して落ち着き、次にその青年を馬鹿にするように笑い出した。


「ヒヒヒヒ。ここで証拠を探すか。確かにないものは探せばいい。だが、存在しないものをどうやって探すのかね、ヒヒ。まあいい。探してみるがいいさ。それで、探すのはお前か?」


 男は大股で青年に近づくと、そのいやに光る大きな眼球で青年の顔をしたから覗き込む。


 しかし銀髪の青年はその視線にひるむことなく対峙たいじする。


「いや、探すのは俺じゃない。彼女さ」


 青年がそうして視線を向けた先には、先ほどまで完全に蚊帳の外だったマリーがいた。


「わ、私!?」


 今まで事の成り行きを傍観していたマリーは突然の指名に驚くが、青年は何を考えているのか当事者を置いて話を進める。


「この指輪は今は彼女のもので、彼女は術師のようだ。だったら指輪に妙な小細工がないかを調べる権利が、彼女にはあるはずだ」


 露天商の男はギョロリとマリーを一瞥いちべつし、すぐに青年へと視線を戻すと、先ほどの悪意ある笑みを浮かべる。


「いいだろう。そこまで言うなら、勝手にやればいいさ。ただし、何もなかった場合は、お前を政府軍に連れていく。いいな?」


 青年は「もちろん」と微笑み、自分の持っている指輪をマリーに返す。


「私は何をしたらいいの?」


「その指輪に術式が施されていないかを見て欲しいんだ」


 いいように使われ、腑に落ちない所はあるにせよ、今後自分が所持するであろうものならば、やっておくに越したことはない。


 マリーは指輪に不審な点や術式の痕跡がないかを順番に確認し、銀髪の青年もその様子を見つめる。


 そして、そんな二人を見て露天商の男はほくそ笑む。


 確かに指輪には二つの術式が仕込まれていていた。


 しかしその術式はこのタートタウンで一番と名高い術師が施したもので、簡単にばれるようなものでなかった。


――公認術師ならともかく、もぐりの術師でしかもこんな小娘などに見破れるはずがあるまい。


 術師には公認ともぐりと呼ばれる者たちがおり、公認術師とは術式協会という組織の厳しい試験を合格し、協会に所属する術師のことである。協会では日々、新しい術式や術具が開発されており、その協会に所属している術師は皆レベルが高いことで有名であった。一方もぐりの術師とは、術式を使うことはできるが、協会という組織に所属することができない、いわば落ちこぼれの術師の総称であった。もちろん協会に所属していなくとも術式を使うことは認められているが、協会メンバーしか知ることができない最新の知識や術具によって公認ともぐりの間には到底埋めることができない大きな差がある。

 もちろんマリーはもぐりである。


 しかしそれは自分たちの師匠であるエリヤが大の組織嫌いで、それが原因で自分の弟子であるマリーにも組織に入ることを禁じていたという訳のわからない理由によるものだった。


 だがそんなことを知るよしもない男は、一生懸命目を凝らし指輪と睨めっこしているマリーを見て余裕の笑みを浮かべていた。


 そしてしばらくたち、もうそろそろいいだろと男が二人に声をかけようとしたその時、


「あ、あったわ。何で今まで気づかなかったのかしら? 発動中の術式が一つと、未発動の術式が一つ、この指輪に施されてるわ」


 マリーの言葉が路地裏に響き渡った。


通貨の価値はだいたい以下のようになっております。

カムル鉄貨=10円、カムル銅貨=100円、カムル銀貨=1000円、カムル大銀貨=5000円、カムル金貨=1万円、カムル大金貨=10万円

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