第四話 怪しい商人
5000字程度です。
地面がむき出しの埃っぽい道を、大勢の人が埋め尽くす。そこには宝石を服のあちこちに張り付けている貴族風のおっさんから、ボロ雑巾のような布切れしか身に着けていない少女など様々な人が行きかっている。
タートタウン『中町』
酒場のマスターからもらった地図のおかげで、広大かつ入り組んだ裏路地を通ってきたにも関わらず三十分とかけずに着くことができた。
中町の入り口は地図で示されていた通り、町の外壁に近いところにあったが、レンガ造りの壁をくり抜いたように作られたそれは思いのほか小さかった。大の大人が一人通れるほどの幅しかなく、中町での人通りを考えると明らかに使いづらい。そのせいか、この入り口を利用していた人も極端に少なかった。
「私たちが入ってきたやつ以外に、他の出入り口でもあるのかしら?」
「そうかもな」
ルクは中町の人混みを進みながら後ろを歩くマリーに答える。
「何か気になる事でもあるのか?」
「すごく気になるってわけじゃないんだけどね。それに、師匠だって〈いついかなる時も脱出用の出入り口は真っ先に確認しておくように〉って口を酸っぱくして言ってたし」
「あれは、師匠がいつも問題を起こしてたからろだろ。俺個人としては脱出をしなきゃならないような状況こそ最悪だよ」
そこでレグロがルクの髪からひょっこりと顔を出し、後ろのマリーには聞こえないよう小声で話しかける。
「とは言いつつも、うちのご主人様は調べるんだろ?」
「……一応な」
「それこそ、何か気になる事でもあるのかよ?」
「まあ。たぶん、マリーが気になってることと同じだよ」
ルクは人と人の間を縫うように進みつつ、ここに来るまでに町の人から集めた情報を整理する。
タートタウンは周りを高い壁で囲われており、出入り口はあの馬鹿でかい表門と、その真逆に位置する裏門しかないらしい。さらに町の中は、観光客や旅人が利用する〈表町〉、指定外区域でありタートタウン非公認の貧民街〈裏町〉、そして表町と裏町が入り混じり混沌としている〈中町〉の三つの地区に分けることができる。これらの町の間には外壁と同じ高さの壁があり、これを完全に分断しているらしい。そして町と町を直接行き来できる出入り口が、先ほど通ってきた小さなものと、あとは裏町に行くためのものが一つだけとのことだった。
しかし、酒場のマスターの話では、人攫いたちは中町や裏町を中心に出没し、さらに攫っているのは子どもや女性だけでなく男性なども含まれているという。
つまり、ルクが気になっていることとは、
人攫いはどのようにして、自分たちの商品を町の外に運び出しているのか?
基本、人攫いは合法ではないため、攫った場所の近くで商品を捌くことは少なく、タートタウンではない他の町で売買しているのは確実である。
では、どのように運んでいるのか?
最初ルクは、攫った人を荷車か何かに乗せて、表門から運び出しているものだと思っていた。しかし、中町や裏町で攫った人間を荷車に乗せ、一度に表町に運ぶことは町と町を繋ぐ出入り口の大きさからして不可能である。
では、攫った人間を麻袋か何かに入れ、一人ひとり表町に運んだあと、その場で荷車に乗せたとしたらどうか。
しかしこれも不可能。
もし仮にそんなことをしている人がいれば、嫌でも人目についてしまう。さらに、人目を気にして夜にそのようなことを行ったとしても、表門は早朝にならなければ開けてもらえず、故に結果として昼間に運びだすことと変わらない。
ではどこから攫った人間を町の外に運び出しているのか……。
――人攫いの件を本気で調べるなら、まずは町の仕組みを知る必要がありそうだな。…はぁ、めんどくせぇ。
「おい、マリー」
ルクは憂鬱になりつつも意見を聞くため、途中で歩みを止めて後ろいるマリーへと顔を向ける。
「これからのことなんだけど……って、あれ?」
しかしそこにマリーの姿なく、慌てて周りを見渡すが、人混みの中から彼女が現れることはなかった。
「まずい、またか……」
マリーは昔から真面目なしっかり者で、同年代の子たちよりも大人びていた。自分よりも年上のリンに憧れていたという理由もあるが、それ以上にエリヤ達がいない間、自分より精神年齢が幼いルクとカインの面倒を見なければという思いの方が強かった。
ルクは目を離すとすぐどこかに隠れ修行をサボろうとするし、カインはカインで自分では絶対に敵わない獣に一人で突っ込んでいってしまう。
これらを止めていたのがマリーである。
隠れたルクを見つけ出しては叩きのめし、獣から逃走しているカインを助けては叩きのめしていた。こういう生活を繰り返していくうちに、マリーは自分がしっかりしなければと思うようなり、ルクとカインもマリーを頼りにするようになった。
しかしそんなマリーでも童心に帰る瞬間がある。
それは、お風呂を発見した時と、術式関連の珍しいものを見つけたときである。
昔からこの二つを見つけた時だけは全然周りが見えなくなってしまい、エリヤ達とまちを見学しに行った時も、一緒にいた時間よりはぐれていた時間の方が長いほどである。
そして今回。
言い訳のしようもないほど、ルクは完璧にあの金髪美少女を見失っていた。
「この人混みで探すのはめんどくさいな」
実際、この人通りの激しい場所では、マリーを見た人はもういない。かと言って何の策もなくこの中町をしらみつぶしに捜したところで見つかるわけがない。
――しょうがない。レグロに協力してもらうか。
「おい、レグロ」
そこにいるであろうレグロに、ルクはいつも通り少し上を向きながら声をかける。
しかし…、
「……」
頭の上からあの高く可愛らしい声が返ってくることはなかった。
――嘘だろ……
「おーい、レグロさーん。どこにいらっしゃるんですかー?」
ルクは改めて声をかけるが、聞こえるのは周りの喧騒のみ。
「………た、頼む、レグロ! 出てきてくれ! こんな広い町を一人で探し回るなんて俺は嫌だぞ!!」
通行人の刺すような視線など気にすることなく、ルクは髪をかき乱し、ポケットというポケットを探る。しかしそんなことをしてもレグロが出てくるはずもなく、物取りに襲われたような恰好のままルクはうなだれた。
――あいつ、マリーについていきやがったな。
「はは、ははははは。しょうがない奴らだな……」
ルクはそう言うと、これでもかというほど大きなため息を一つ。
そして、
――めんどくせぇぇぇぇぇぇぇぇ!!
呆れるほど澄んだ青空に向かって、そう心の中で絶叫した。
Ⅳ
そのころマリーとレグロは、中町の大きな通りから脇道に入った暗い裏路地にいた。その裏路地は、男性が優に二人は横一列で歩けるほどの広さがある。しかし、その道端の所々に小汚い恰好をした商人が露店を広げており、そこまでの広さは感じられない。
先ほどの通りとは違い、ここの商人は客引きなどはせず静かで、、フードを目深にかぶっているため顔などを確認することはできない。
その重苦しい雰囲気と裏路地独特のカビ臭さで、普通の人ならばすぐさま引き返したくなるような場所だが、そこはマリーとレグロである。
二人はそんな雰囲気を感じることすらなく、ルクの後ろを歩いていた時よりも元気にスタスタと進んでいた。
「色々な店を見てるうちに、よくわからない所に来ちゃったわね。結構歩いたし、ここはどこら辺なのかしら?」
「だからあれほど、帰り道は覚えてるよなって確認したのに……」
「しょうがないでしょ? あんなに珍しいものが所狭しと並べられてたら。さすがの私でも自我を失うわ」
「……それはいつもだろ。そんなことより、これからどうするんだ? 一先ず引き返すか?」
露店の商品に誘惑されつつも、マリーは半ば強引に視線を進行方向に向ける。そこは太陽の光が入らないため暗く、湾曲した道や曲がり角が多いでの無駄に入り組んでいる。そのため、先が全く見えず、この道がどこに向かっているのかすら見当がつかない。しかし今まで歩いてきた道もこれと全く変わらず、引き返したところで同じ場所に戻れる保証もない。
「一先ずはこのまま進むしかないんじゃないかな」
「夕方までにはさっきの道に出れればいいけどな」
「うーん。なら、レグロが私を運んでこの迷路から脱出するっていうのはどう? それなら道に迷わず元の場所に戻れるでしょ?」
「無理だよ、姉御も知ってるだろ? ルクがいないんじゃ脱出はおろか、この羽でオレ様だけ上に飛んで姉御を道案内するのだってできないないよ」
レグロはその背中に生えた羽を見せながらパタパタと動かす。その羽は小さくとても可愛いが、本人が言った通り、ルクがいない状態ではただの飾りで実際には役に立たない。
「そうよね……」
マリーは、うーんと唸りながら、顎に指をあてしばらく考える。しかし何もいい考えは思い浮かばなかったらしく、
「まあ、そのうち歩いてれば着くわよね」
満面の笑みで思考を放棄した。
「……本当に大丈夫か?」
「たぶんね!」
なぜか自信満々にそう答え、その豊満な胸を張る。マリーは真面目で基本的にはしっかり者だが、意外にも考えることが得意ではない。だからこそ、師匠であるエリヤから言われたことは必ずと言っていいほど守っていた。
また自分の容姿にも無頓着なところがあり、通り過ぎる人たちからジロジロ見られても全く気にしない。
そのため、ここ最近は考えることと周りを警戒することが、カインやルクの仕事となっていた。
――今はルクがいねぇし、オレ様がしっかりしないとな。
レグロはそう決意を固め、打開策を考えようとしたその時、曲がりくねった脇道の暗闇から声が飛んできた。
「お見受けしたところ、旅人ですね? しかもこの町に着いてまだ日が浅い」
突然現れたその声の主は、他の商人とは違いフードを被っておらず、禿げあがった頭と骸骨のような顔が特徴的な初老の男性だった。身長はマリーの胸ほどしかなく、骨ばった手を擦り合わせながら近づいてくる姿は一種のホラーである。
――なんだこのじいさんは?
レグロはその怪しさ満点の男に警戒を最大限高める。
しかしマリーはその容姿に臆することなく、なんの警戒もせずに近づいた。
「どうしてこの町に来たばかりだってわかったんですか?」
「へへ。この商売を長いことやってますからね。勘みたいなもんですよ。それで、どうです? 私の店で商品を見ていきませんか?」
「えー、どうしようかしら」
「お姉さんはべっぴんだから特別にお安くしときますよ?」
「……じゃあ、ちょっとだけ見せてもらおうかしら。安くしてくれるみたいだし」
「ええ、もちろん。任せといてください。グンとお安くしますよ」
商人の男は脇道へと踵を返し、マリーもそれについて行く。
何も警戒せずに進んでいくその仲間の背中を見て、レグロは思わず頭を抱えた。
――あからさまに怪しいだろ! なんでついて行くんだ!? ……はぁ、めんどくせぇ。
ルクさながらに内心でそう呟き、レグロは仕方がなくマリーに続く形でその一段と暗い脇道に進み入った。