第二話 始まりの町 「タートタウン」
5000字程度です。
高く青い空には白雲が流れ、優しい風が広野の葉を撫でる。その緑鮮やかな草原を、一本の細い道が割るようにして伸びていた。
それは土が踏み固められただけの簡易なもので、東へと永遠に続く。
そんな一本道を二人の少年少女が歩いていた。
一人はホットパンツにタンクトップ、その上から羽織を着た金髪で、もう一人は裾がほつれている薄汚い黒のローブを身にまとった、ぼさぼさ頭の少年だった。
「……ねぇ、マリー」
「何よ」
「オレ達が歩き始めて、何時間ぐらい経った?」
「……うーん、六時間ぐらいかしら」
マリーは太陽の高さや風の香り、自分の体内時計などの情報を総合して、今の時間を推測する。
この技術を感測と言い、周りの状況や自分の状態などから時間や天気など様々なものを推測することが出来る。
師匠直伝のこの技術は、三人が等しく体得しているものだったが、術師というその特性からか、三人の中でも突出してマリーの感測は正確だった。
そのことを知っているルクは、大きなため息を吐く。
「もうめんどい。疲れたし、腹減ったし。少し休憩しようよ」
「……あんたは気楽でいいわね」
ルクの愚痴に、マリーは小さな声でそう呟く。
「……」
何も言わないルクに、マリーは立ち止まって勢いよく振り返る。
「あんたは師匠たちやカインが心配じゃないの?」
そう言ったマリーの瞳は潤んでいて、かすかな不安が混じっている。
「私は心配よ! 私たちの実力で師匠を捜し出せるかもわからないし、カインにも二度と会えないかもしれない。私は……」
その真剣な瞳に、ルクはため息を吐き頭を掻く。
「……確かにそうだな。俺も、もちろん心配さ。師匠たちと連絡が取れなくなってから五年が経って、探すために旅に出たはいいけど生きてるかもわからない。カインのことだってそうさ。この広いユーティフで次にいつ会えるかなんて誰にもわからない」
そこまで言って、ルクはマリーの瞳を眠たそうに、しかし力強く見つめ返す。
「それでも、俺達はエリヤ・サンダルフォンの弟子だ。自分の信念を信じているし、それ以上に仲間を信じてる。それに、あの師匠に何かあると思うか?」
ルクのその言葉に、マリーは一瞬驚いた表情をしたあと、思わず笑ってしまう。
「……確かにその通りね。あの師匠に何かあるだなんて……ありえないわよね」
マリーは一つ伸びをすると、いつの間にかその顔からは迷いが消え、いつもの凛々しい笑顔に戻っていた。
「やっと決心がついたわ。ありがとう、ルク」
マリーはルクにそれだけ言うと、さっきまでの表情が嘘のようにスタスタと歩き出した。
「あれ? 休憩は?」
「休憩なんてしてる暇なんてないわよ。ちゃっちゃと師匠たちを見つけなきゃならないんだから。それに、もう見えてきたわよ」
そう言って指さした道の先に、遠くからでも大きいとわかる街の門が見えていた。
Ⅰ
二人は二十メルトを超える表門から、タートタウンの中へと入った。
一般人が利用できるタートタウンの出入口はルクたちの通った表門と、その真逆にある裏門の二つからなる。表門から中に入ると色々な施設や商店が立ち並ぶ繁華街、裏門から入ると法の手も届かぬ街の指定外区域となっている。
二人は師匠の教え通り、まず初めに様々な情報が集まる酒場へと歩みを進めた。
「いらっしゃいませ」
店に入ると、澄んだドアベルと重なって十代と思われる女性定員の声が店内に響く。
店は外見よりも広かったが昼間のせいか客は少なく、半袖短パンで長身痩躯のおじさんと十代後半ほどのワンピースを着た少女の二人組、それとやたらにアクセサリーをつけた銀髪の青年の三人しかいなかった。
店は木材を基調とした落ち着いた雰囲気で、定員は先ほどの女性とカウンターにいるゴツイ店主との二人だけ。カウンターの他には、数個の円卓テーブルが置かれていて、銀髪の青年はカウンターの一番端に、おじさんと少女のペアは数個ある円卓テーブルの一つに座っていた。
ルクとマリーはその奇妙な二人組の横を通り、目の前のカウンターに腰を下ろす。
「いらっしゃい。注文は?」
ルクはメニューを端から端まで一通り頼み、マリーは魚料理を注文する。身長が優に二メルトはある体格のいい店主は、ルクの注文に驚きながらも、その広い肩幅を目一杯小さくして、料理の材料を持ってくるため店の奥に消えていった。
「私たちが出発してから六時間くらい経ってるけど、カインはもう着けたかしら?」
「カインの足なら着いてるだろうな。俺と違って真面目だし」
「でもそれだったら……」
とそこで先ほどの女性定員が、運んできた水を二人の目の前に置く。
「お二人は旅をしてらっしゃるんですか?」
一本にまとめられたきれいで艶のある長い黒髪に、大きな瞳。マリーとはまた違った可愛らしいその女の子は、なぜか瞳をキラキラさせていた。
「してるっていうよりは、これからするんだけどね」
「いいなぁ」
女性定員は銀のトレイを可愛らしく胸に抱える。
「私は生まれてからずっとこの街にいるから、旅ができるなんて羨ましいです。どうしてお二人は旅を?」
「人を探してるのよ。五年前にいなくなったんだけど、見たことないかしら?」
マリーは自分が描いた似顔絵を羽織の内ポケットから取り出し、その女性定員に見せる。
「この人なんだけど……」
「――私は見たことないですね。もしかしたらマスターなら知ってるかもしれませんが……。マスターはむかし世界中を旅していたことがあるんですよ」
少女はそういってマリーから似顔絵受け取ると、大量の食材を持って奥から出てきた店主にそれを見せる。
「お二人がこの人を捜しているらしいんですけど、マスターは見たことありますか?」
店主はその体格には小さすぎる似顔絵の紙をまじまじと見つめると、一瞬まゆを顰めたがすぐに首を横に振った。
「……残念だが、見たことないな。名前は?」
マリーは一瞬迷ったあと、エリヤが外出の際に多用していたグランという偽名を教える。
「わかった。見かけたときは、君たちが探していたことを伝えておくよ」
「お力になれなくてすみません」
定員の少女は頭を下げ、店主から受け取った似顔絵をマリーに返す。
「別に気にしないで。師匠が痕跡を残しているなんて思っていなかったから」
「この人、お客様のお師匠様なんですか?」
「そうよ。まぁ、師匠の風格はゼロだったけどね。酒と女には目がなかったし、不真面目だったしね。でも優しくて人思いで、腕はピカイチだったわ」
「そのお師匠様のこと大好きだったんですね。 でもどうしていなくなってしまったんですか?」
「わからない。でもあの師匠が消えるなんて、ただ事じゃないはずよ」
マリーは少女から返されたエリヤの似顔絵に視線を落とす。
エリヤとリンが姿を消してから、もう五年になる。幼いころからエリヤが家を空けることは度々あった。しかし、これほどの長い期間、しかも何の伝言もなしに無断で姿を消すことは今までになく、今回が初めてだった。確かにエリヤは不真面目だが、誰よりも弟子思いということをマリーは知っている。そしてそれ故に、何も言わず姿をくらまし、この五年間連絡すらしてこないことを、マリーは信じられずにいた。
マリーはエリヤの似顔絵を元の場所にしまうと、再び定員の少女へと顔を向ける。
「最後に聞きたいんだけど、この街で人や情報が集まる場所ってどこかある?」
「えっと……」
「あるぞ」
店主はルクの目の前に大量の料理を置きながら、言い淀んだ少女を気にすることなくそう答えた。
「人や情報が集まる場所と言えば、やはり『中町』しかないだろうな」
「中町? そんなところ聞いたことないけど、それってどこなの?」
「もちろん、このタートタウンの中だよ。この街は、大きく三つの地区に分けることが出来る。最も安全でいま君たちがいる『表町』、街の指定外区域で滅多に表町との交流がない『裏町』、そしてこの二つの町が入り混じった、わずかな市場の『中町』。中町なら表と裏の情報をある程度集めることが出来る」
「タートタウンには師匠と何度か来てるけど、そんな町があるなんて初耳ね。よかったらその場所を教えてもらえるかしら?」
「それはいいが、君たちの安全は保障できないぞ?」
マリーはその言葉に眉を顰める。
「君たちはこの街に来たばかりで気づかなかったかもしれないが、いま裏町や中町にはある組織の人攫いたちが出るらしくてな。この表町ですら危険になりつつある」
「でもここはタートタウンでしょ? ベガ大陸で一番安全と言われている街がどうして……」
「ふぉうふぁのふぁ? (そうなのか)」
ルクは店主の料理を口いっぱいに頬張って次々と皿を空にしながら、マリーに聞く。
「そうよ。この街の近くには中央政府の大きな支部があるの。だから、問題が起こった時はすぐに政府軍が駆けつけるわ。それなのに人攫いだなんて……」
「通常人攫いの標的になるのは子供や女性だが、今回の場合は年寄りから若い男性まで幅広い。噂では雪桜星団が関係してるらしいが、聞いたことぐらいあるだろ?」
『雪桜星団』―反政府組織の中で最も強く、世界三大組織のうちの一つ。星団の顔は誰も見たことがなく。ナンバーと呼ばれる幹部は白い桜吹雪が描かれた漆黒のローブを身に纏っているという。だが、数多くある反政府組織の中でも、雪桜星団は穏健なことで有名だった。
「……ルクはどう思う?」
マリーはこの問題に、右に座るルクに意見を求める。しかし先ほどと変わらず、ルクは大きな皿に山のように盛られた料理を頬張っていた。
「なにふぁいっふぁ? (何か言った?)」
「……あんたに聞いた私がバカだったわよ」
マリーは呆れ気味にそう言い、体の大きい店主へと向き直る。
「この街に住んでいるマスターはどう思うの? 本当にあの星団がやったと思う?」
店主は胸ポケットから取り出した煙草を口にくわえ、静かに火をつける。
「おれは小さな喫茶店の一マスターだ。見当もつかないね。ただ……」
店主はそこで一度言葉を切り、煙草の煙をゆっくり吐くと、少し考えてからまた口を開いた。
「……確かに、この噂に異議を唱える者がいるのも、また事実だ」
「そうなの?」
「ああ。噂の出所が不確かだからな。やり方も、明らかに今までの星団とは違う。……まぁ、所詮ただの噂だがな」
マリーはその豊満な胸の前で腕を組む。
雪桜星団は世間的に悪の組織とされている。しかし、今まで大人しかった組織が、一部の町とは言え、いきなり人を攫ったりするのだろうか。確かにあり得ないとは言い切れない。だが、可能性としてはかなり低いだろう。
――ちょっと調べてみる必要がありそうね。
マリーは、うん、と頷くと、ルクへと向き直る。
「決めた。師匠を捜す前に、この街のことを調べるわよ」
ちょうど全ての料理を平らげたルクは、マリーの言葉に頭を掻きむしると、山のように積まれた皿を端に除ける。
「マリーだったら、絶対そう言うと思ったよ」
そう言っていつも以上に大きなため息を吐くと、ローブの内ポケットから白紙を取り出し店主に差し出す。
「おじさん、さっき言っていた場所の地図を描いてくれ」
「今あそこは危険だぞ?」
「そうだとしても行くよ。隣のボスが怖いんでね」
「……そうか。気をつけろよ」
ルクは店主から手描きの地図を受け取ると、それをローブにしまい席を立つ。
「メシも食ったし、面倒だけど中町に行ってみようか」
ルクは食事代をカウンターに置いて店を出ようとするが、マリーはそこで初めて自分の料理がないことに気が付いた。
「あれ? 私の料理は?」
「俺が食った」
ルクはさも当然のようにそう言い放つ。
「えっ!? 何であんたが食べてんのよ!」
「だってマリーが食べないから……」
「そんなわけないでしょ!!」
「うるさいなぁ。そんなに食べたいなら、もう一回同じ料理を頼めばいいだろ」
めんどくさそうに言うルクに、確かな殺意を抱きながらも、マリーは店主に向かってその潤んだ瞳で訴えかける。
「いや……その…………」
しかし不意に店主の視線が宙を泳ぐ。
「……実を言うと、彼の料理で全部の食材を使い切ってしまってね」
その無慈悲な真実に、一瞬二人の動きが止まる。
「「……」」
「ごちそうさまでした!」
そう言って逃げるように出口に向かうルクの背に、マリーはその固く握りしめた拳を振り上げた。




