第一話 それぞれの選択
今回は2000字程度です。
「本当に俺達と来ないのか?」
ボロボロの黒いローブを身に纏ったルクが、確かめるように聞く。
「ああ。オレは西に行く。もうマリーに殴られるのは、こりごりだからな」
カインは茶化すようにそう言ったあと、それにと付け加え真剣な顔になる。
「二手に別れた方が、師匠たちを見つけられる確率も高くなる」
そう言って、カインはルク達とは真逆の道を指差す。
ルク達が立っているこの『約束の分岐点』は真逆に伸びる分かれ道で、東へ行けば様々な「まちや国」が存在している大陸沿岸の都会へと進み、西へ行けば村里多い大陸中央へと続く。
「お前たちなら大丈夫だ。ルクも五年前より強くなってるしな」
そう笑顔で言うカインに、ルクは頭を掻きながらため息を吐く。
「……やっぱり三人で行かないか?」
「今更なんだよ?」
「もし敵が現れてもカインと一緒にいれば、俺が戦わずに済むだろ? マリーは術師だし、このまま二人だと俺が戦う羽目になる」
カインは呆れてため息を吐く。
五年前、師匠であるエリヤ達が姿を消して以来、今日まで三人は残された大量のメモを頼りにただひたすら修行を積んできた。もちろんルクがただ真面目に修行をするはずもなく、ちょくちょく二人の目を盗んでは木陰で昼寝をしてはいたが、それでも修行量はエリヤがいた頃の倍以上をこなしていた。当然それに伴いルクは急速に成長し、試合ではカインやマリーに勝てないまでも、そこら辺の盗賊や魔物を一蹴するぐらいの実力は身に着けていた。しかしいくら強くなってもルクのサボり癖は変わらず、それがカインとマリーの悩みの種であった。
「――そのさぼり癖さえ直れば、オレも安心なんだがな。まあ、今更お前にこんなこと言っても無駄か。……レグロ、ルクのこと頼んだぞ」
カインの言葉に、ルクの胸ポケットから飛び出したレグロは五年前と何ら変わっておらず、漆黒の闇に浮かぶ金色の瞳が独特の畏怖感と美しさを放っていた。しかし姿と同じでその大きさも変わっておらず、カインとマリーの中ではいつしかルクのマスコットキャラクター的存在になっていた。もちろんレグロはそんなことを知るわけもなく、仕方ないなとその小さな胸を目いっぱい突き出す。
「任せておけ。オレ様を誰だと思ってんだ? 何かあったらオレ様が片っ端から片付けてやるさ」
レグロは短い手足をぶんぶんと振り回し自身の強さをアピールするが、やはり可愛らしさしか伝わってこないその行動にカインはクスリと笑う。
「レグロがいれば安心だな。頼りにしてるぞ」
「ああ、オレ様に任せとけ!」
ルクよりも頼りにされたと思ったのか、レグロは嬉しそうに飛び回り、眠そうにしている主人にちょっかいをかけ始める。カインはそんな二人を心配そうに見ているマリーに静かに近づく。
「……マリー、ルクはいつもあんな感じだけど、誰よりも責任感が強くて、誰よりもみんなのことを考えてる。そのせいかいつも一人で無茶ばかりするから、しっかり見張っておいてくれ」
その言葉に、マリーはこの五年で驚くほど成長し強調されている胸を、さらに協調するかのように目いっぱい張る。
「任せてよ。何年ルクと一緒にいると思ってんの。いい機会だから、バシッと鍛えなおしてやるわ。……それよりも、カインはこれからどこに行くつもりなの?」
「このベガ大陸の西にある『ココイ村』っていう所に行くつもりだ。そこに師匠の古い友人がいるらしい。とりあえずオレはそこで、その旧友に師匠の行きそうな場所を聞いてみるよ。お前たちはどうする?」
「私たちは東のまちの『タートタウン』を目指すつもりよ。あそこなら旅人も多く出入りしてるし、もしかしたら一人くらい師匠を知っている人がいるかもしれないしね」
「……気をつけるんだぞ。それと、これも渡しとく」
カインは話しながら、ポケットから手のひらサイズの丸い水晶を取り出した。
「それはなに?」
「師匠の部屋にあったものだ。通信専用の術具らしい」
カインはその水晶を綺麗に半分に割り、片方をマリーに渡す。
「こうやって対で使うらしい。これでどこにいても連絡できる」
「了解。なにか分かったら、連絡するわね」
カインは頷き、一つ大きな伸びをすると、笑顔で二人の目の前に拳を突き出す。
二人もまた、カインと同じように拳を突き出し、それぞれ大きさの違う三人の拳は輪を作り、レグロはその拳の上に胡坐をかく。
「オレ達は英雄〈エリヤ・サンダルフォン〉の唯一の弟子だ。師の名に恥じぬよう、己の信念と正義を貫け! また、師匠たちと共に暮らそう」
こうして、二人と一人は真逆の道を行く。ルクとマリーは東へ、カインは西へと歩みを進め、彼らは『約束の分岐点』をあとにした。