プロローグ2
今回は4000字程度になります。
「やっと目を覚ましたわね」
ルクとカインは目を覚ますと、目の前には雲一つない茜色の空と、怒り狂ったマリーの顔があった。
「あんたら、何やってんのよ!!」
マリーの強力な拳骨が、傷だらけの二人を襲う。
「「痛ってぇ~!!」」
二人は跳ね起き、次にカインの文句が飛ぶ。
「何すんだよ! こちとらケガ人なんだぞ!!」
「ケガして威張ってんじゃないわよ! あんたらのせいで負けたのよ? 勝手に変な勝負なんか受けたりして!! その責任わかってんの!?」
「それを言ったら、お前にだって責任はあるだろ。あのとき出てさえ来なかったんだから。どうせお前もオレ達のすぐ後にのされたんだろ?」
カインのその言葉に、マリーは鼻で笑う。
「ふん。私を甘く見ないで」
「えっ? もしかして……」
「もちろん、あなた達が負けてすぐに降参したわ」
「最悪じゃねぇか!! それでよくオレ達を殴れたな!!」
「それほどでもないわ」
「褒めてねぇよ!?」
「二人とも、その辺でいいんじゃないんですか?」
そう言って二人の間に割って入ってきたのは、艶のある黒髪を背中まで伸ばした、二十代前半ほどのスーツを着た女性だった。
「だってリンさん、聞いてよ。カインたらね、誰が怪我の手当をしたかも知らずに、文句ばっかり言ってくるのよ?」
カイン達はそこで初めて自分たちの体のあちこちに包帯が巻かれていることに気づく。
「これ、もしかしてマリーが?」
「いいえ。リンさんよ」
「おめぇじゃねぇのかよ!!」
「仕方ないでしょ。面倒だったんだから」
「何も仕方なくねぇよ!?」
「ホンッットに細かいわね。そんなんだから試合に負けるのよ」
「何でそうなるんだよ。だいたい、元を質せば師匠に本気を出させる隙を与えたのだって、マリーの術式が失敗したからじゃないのか?」
マリーは眉間にしわを寄せ、怪訝な顔をする。
「……ちょっと何を言っているのか理解できないわ」
「何で!?」
「負け犬の言葉なんてわからないもの」
「えぇっ!!」
そのやり取りの応酬に、リンは二人の師匠であるエリヤに目を向ける。
「エリヤさんも止めて下さいよ」
「はぁ。仕方がないのう」
エリヤは頭を掻きながら重たい腰を上げ、喧嘩している二人の髪をくしゃくしゃと掻き撫でた。
「二人ともいい加減にしないか。勝敗がどうあれ、今までの中で一番いい試合だったぞ」
「……ちぇっ! 今回もオレ達の負けかよ。師匠がいきなり本気なんて出さなきゃ、今頃オレ達が勝ってたのに」
「まぁそう怒るな。本気を出したのは悪かったと思っとる。だから今回は特別に、試合の結果に関わらず修行のレベルを一段階上げるつもりじゃよ」
その言葉に、カインとマリーは目を輝かせる。
「本当か!?」
「やった!」
「もちろん本当じゃ。その代り、明日からは今までの修行メニューよりもさらに厳しくなるから、そのつもりでいるんじゃぞ」
「……今までより厳しいなんて、嫌だなぁ」
頭を掻きながらため息を吐くルクをしり目に、カインはウキウキした様子でエリヤの袖を引っ張る。
「明日からなんて待てねぇよ。少しでもいいからさ、今からやろうぜ!」
目を輝かせそう言うカインに、エリヤは苦笑する。
「今はケガを治すことだけ考えろ。それに、わしはまたしばらく出かけねばならんしな」
「……仕事?」
呆れた顔で言うルクに、エリヤは頭を掻く。
「まぁそうなるのう。今回はリンも行く。でも修行の内容はちゃんと紙に書いて行くから大丈夫じゃぞ」
「十二、三歳の子供を置いて、どこに行くのよ」
「悪いがそれは教えられん」
「……それもいつも通りって事ね」
マリーはいじけたように頬を膨らませ、腕を組んでそっぽを向く。
その様子にエリヤは申し訳なさそうに、自分の顔の前で手を合わせた。
「今回は本当に悪いと思っとる。詫びといっては何だが、お前たちにわしからプレゼントがある。それで勘弁してくれんかのう」
「物で私たちを釣ろうってわけ? そんな子供だましに誰が……」
「あそこにおるよ」
エリヤがマリーの後ろを指差すと、そこには瞳をキラキラさせたカインとルクがいた。
「ちょっとあんた達!! 物なんかに釣られて悔しくないの!?」
「「全然!!」」
二人は嬉しそうに首を横に振る。
「あんた達ときたら……」
肩を落とすマリーに、エリヤが優しく手をそえる。
「まあそう言ってやるな。品自体はなかなかいい代物だぞ? カインもルクも近くにおいで」
エリヤのそのかけ声で、三人は師匠の周りに集まる。
「まずはカインからだのう」
エリヤはそう言って、ローブのポケットから一つのブレスレットを取り出しカインに渡す。そのブレスレットは、ところどころに赤い石が散りばめられており、リングの部分は金と銀の色をした二つの金属がねじれているようなデザインをしていた。
「そのブレスレットが、お前を闇から救い、希望の光をなってくれる」
ブレスレットを見ていたカインが、顔を上げてエリヤを見つめる。
「……どういう意味だ?」
「わしにもわからん。ただ、わからんという事は、今はそれを理解する時ではないというだけのことじゃよ」
「何だそれ……」
カインは静かに笑い、もらったブレスレットを左の手首につける。
「次にマリー」
今度は右手につけていた指輪を外してマリーに渡す。その指輪はエリヤが先ほどの試合で使って見せた盗賊の指輪と呼ばれるものだった。
「これがお前の力となり、自分の大切な者たちを守ってくれるじゃろう」
「……ありがとう」
「最後にルク。お前には特別なものをやろう」
エリヤはそう言うと、自分の着ていた黒くボロボロのローブを脱ぎ、ルクに渡す。
「……オレだけ何か雑じゃないか?」
「そ、そんなことはない。それに、そのローブは三人の中では一番いいものなんじゃぞ?」
「……どこが?」
「何を隠そう、それは着る人の身長に合わせて大きさが変わる、世界に一つの摩訶不思議なローブなのじゃ!」
「へぇ……」
「反応が薄いのう。 もう少し喜ばんか」
「そんなこと言われてもなぁ」
「……まあいいじゃろう。帰るぞ」
そう言って立ち上がろうとしたエリヤを慌ててルクが止める。
「ちょ、ちょっと待てよ。カインやマリーみたいに、何かオレにも言うことあるんじゃないの?」
「何がじゃ?」
「ほら、この道具がお前を助けてくれるぞとか、守ってくれるぞとか、そんな感じのやつだよ」
「特にないぞ」
「そこも雑なのかよ!」
驚きで目を丸くするルクに、エリヤは膝をついて弟子の肩に優しく手をそえる。
「そうじゃない。お前はめんどくさがり屋でさぼり癖があって、しょっちゅうわしの目を盗んでは修行をさぼっとる。だがな、この三人の中で誰よりも自分の成すべきことを理解しておる。だから、わしが教える必要なんてないんじゃよ。ルクなら、自分で考えられると知っておるからのう」
「……何かうまくはぐらかされたような気がするなぁ」
頭を掻きながらそう言うルクに、エリヤはほほ笑む。
「――ばれてしもうたか。実を言うとの、最初にかっこいいこと言い過ぎて、ルクの時には何も思いつかんかったんじゃ」
――やっぱり……
エリヤは三人の弟子たちの冷たい目線などを気にすることもなく、さて、と言って仕切りなおすと、ゆっくりと立ち上がる。
「三人に渡すものは渡したし、帰って飯にでもするかのう。今日の試合はみんな頑張ったから、お前らの大好きな大陸ワニのステーキにするぞ」
「よっしゃっ!!」
カインは勢いよく立ち上がりガッツポーズする。
「そうとわかれば、家まで競争すっぞ!」
「望むところよ!」
「えー、疲れるし、普通に帰ろうよぉ」
「じゃあルクのステーキは俺がもらう!」
「ちょっ!! それはなしだよ!」
三人は笑顔で口々にそう言うと、一斉に家に向かって走り出した。
「全くあいつらは、少し強くなってもまだまだ子供だのう」
その小さな三つの背を見て、エリヤは言葉とは裏腹に嬉しそうに笑う。
「……本当ですね。だからこそ、連れていくわけにはいかないんですよね?」
「その通りじゃ」
隣で険しい顔で俯いているリンに、エリヤは弟子たちの背を見たまま小さく言う。
「ここから先は危険すぎる。さすがのわし達でも最後まで守り切れん」
「……そうですね」
「だが……」
今にも消えてしまいそうなリンのその返事を、エリヤは逆に嬉しそうな声でかき消す。
「あの三人なら大丈夫じゃ。強さはまだまだじゃが、それよりも大切なものを持っておる。それに、今までのようにちゃんと修行をしていけば、あいつらは確実に強くなれる。そのころにはすべて終わって迎えに来れるかもしれんしの」
「…そうですね。早く終わらせて、必ず迎えに来ましょう」
エリヤは何かが吹っ切れたようにまっすぐに前を見つめている最初の弟子を見て、ふと違う可能性を思いつく。それは今のリンと同じように成長する姿。
「もしかしたら、いつかは隣で同じ景色を……。なんてな」
エリヤのその声は夕暮れの風にかき消され誰にも聞こえなかったが、その瞳には夕焼けにも霞まない三人の背中が確かに映っていた。
これが、弟子たちと師匠が過ごした最後の日だった。
翌日、エリヤとリンは姿を消し、それから五年後、二人を捜すため三人の弟子たちは旅に出た。