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ユーティフ冒険記  作者: 静観 啓
プロローグ
2/18

プロローグ1

最初なので多めに投稿します。


長さの単位は以下のようになります。

センチ=セルト

メートル=メルト

キロメートル=キルト


「ふー」


 十二歳の少年は一つ息を吐くと、真昼の林野の草むらから相手の様子を(うかが)う。その少年、もといルクの視線の先にいる相手は、黒いボロボロのローブを身に(まと)った白髪の中年らしき男性で、距離にして七,八メルト。


 通常ならばルクが四秒とかけずに縮めることのできる距離である。しかし白髪の男性を中心とした半径五メルトに木々はなく、不用意に飛び出せばその天地ほどある実力差の前に、ルクは草むらを出た瞬間やられてしまうだろう。

 このなす術ない状況の中、突然ルクの頭の中で聞きなれた少女の声が響いた。


(……聞こえる?)


 脳内に直接響いてくるその声に、ルクはウェストポーチから長方形の札を一枚取り出し、自分の額に当て応答する。


(マリーか?)


(よかった。『無言念話(むごんねんわ)』使えたみたいね)


(当たり前だろ。術式の中でも基本的なものなんだから。それよりも、あの作戦て本気か?)


(もちろんよ! この日のために修行してきたんだから。 まさかあんた、この土壇場で面倒になったとか抜かすんじゃないでしょうね!?)


(だって戦うのってめんどくさいし、殴られてもめんどくさいし、もう何か全部がめんど……)


(面倒なのはもうわかったわよ!! いい? 今回の作戦で大切なのは、チームワークなのよ? 私たちがどれだけ息を合わせられるかが勝負なの。二人じゃ試合にすらならないのよ)


 マリーのその力のこもった声に、ルクは大きくため息を吐き、その寝癖だらけの頭を掻きむしる。


(……わかったよ。でも本当に今回だけだからな。で、作戦開始まであとどれくらいかかるんだ?)


(このまま順調にいけば、あと二,三分てところかしらね。それはそうと、ルクは今どこにいるの?)


 ルクは気づかれないよう静かに頭を上げ、草むらから半分だけ顔を出す。先ほどとまったく同じ場所に立っている白髪の男は、ルク達に気づいた様子もなく、ただ腕を組んで空を見上げていた。

 自分の姿を隠すわけでもなく、相手の気配を探ろうとするわけでもない。一見無防備にも思えるその行動に、男の絶対的な自身が表れていた。そしてその油断にも似た自信こそが、ルク達にある唯一の勝機だった。

 ルクはもう一度マリーとの念話に集中する。


(作戦通り、エリヤから見て右手側、八メルト先の草むらの中だ)


(じゃあルクはそのままそこにいて。エリヤは今回のルールで右手が使えないはずだから、その方向から攻めれば、ある程度は有利なはずよ)


(合図はどうする?)


(私が照光弾(しょうこうだん)を上げたらカインが先陣を切るわ。ルクはそれに続いて)


(その後は打ち合わせ通りでいいのか?)


(ええ。今日こそエリヤ師匠にあっと言わせるわよ)


(……仕方ないね)


(じゃあ合図を待って)


 マリーからの念話はそこで途絶えた。

 今回こそは絶対に勝つ。ルク以外の二人はそう心に誓っていた。


 この三ヶ月に一度の摸擬戦は、エリアの弟子である三人の成長を見るために行われる。この試合の結果によって、次の三か月間の修行メニューが決められるのだ。試合のルールはいたってシンプルで、ルク達三人は道具や術式、不意打ちや三人同時など脳力の使用以外は何でもあり、一方師匠であるエリヤはその都度弟子たちから提示される特別ルールを順守するというものである。今回の縛りは、右手と武器、脳力の使用不可というエリヤにとって圧倒的に不利なものであり、二人は自分たちの力を示せれば勝つ必要はないと分かってはいても、それでも本気で自分たちの師匠を倒すつもりでいた。しかし今まで三人が勝負に勝った事がないのはもちろん、エリヤが満足するような成果を見せることすらできないでおり、それ故に基礎訓練ばかりやらされてきた。のだが……。


「面倒だなぁ……」


 当事者の一人であるはずのルクは、まるで他人事のようにそう呟く。元来、どんなことであろうと面倒ごとには関わりたくないルクは、こんな試験はひっそりと抜け出し、誰にも見つからない場所で昼寝でもしていたいというのが本音であった。しかしそれを許さないのがマリーである。自分と同じように師匠に拾われ、物心ついた頃から一緒に生活しているマリーは、昔からルクが修行をサボるたびに何かと説教をしてきた。ほぼ毎日のように幼馴染の小言を聞いているうちに、叱られるよりも黙って修行に参加していた方が幾分かマシかもしれないと思い至ったほどである。さらに今回は三か月に一度の試験であり、ここでサボったときの代償を考えると確実に説教だけでは済まされず、もしかするとマリーお得意の術式で小骨すら残さず灰にされる可能性すらあった。

 ルクは自分が師匠にボコボコにされる姿と、マリーに全身を黒焦げにされる姿を想像して思わずため息を吐く。


「――早く隠居してのんびり暮らしたいなぁ。いや、やっぱり一か八か逃げて……」


「くだらねぇこと考えんな! お前が黒焦げにされて困るのはオレ様なんだぞ!」


 十二歳とは思えないようなルクの言葉を遮ったのは、その乱暴な口ぶりからは想像できないような甲高く可愛らしい声だった。

 しかしルクは聞き覚えのあるその声をいったん無視し、腕を組んで再度サボる方法を思案する。そんな態度が気に食わなかったのか、その声の主はルクの寝ぐせをグイグイ引っ張り、聞いてんのかコノヤロー、と声を荒げている。これ以上無視するとさらに面倒なことになるなと思ったルクは、面倒くさそうにそっと横目で声の主を見た。

 

 人のような形を模してはいるが全身は漆黒に染まり、それとは対照的な金色〈こんじき〉の瞳と純白に輝く獰猛どうもうそうな牙、背中には小さいながらもドラゴンを彷彿とさせる翼が生えており、その得体のしれない生物は、見る人が見れば悪魔を思わせる姿をしていた。しかしそのルックスとは対照的に、大きさはリンゴ一つ分ほどしかなく、体も二頭身なので、その声と相まって恐ろしいというよりは可愛らしいという印象しか受けなかった。


「なあレグロ、いつも言ってるだろ? 勝手に出てこられると困るんだ。師匠に怒られるのは俺なんだぞ」


 レグロと呼ばれたそれは髪を引っ張るという地味な抗議活動をやめ、その姿をルクの正面に移動させた。その移動に伴ってルクも顔を正面に向けレグロを見るが、悪びれた様子はなく、その態度に今日何度目か分からないため息を吐く。ルクにとって試験は間違いなく面倒ごとのたぐいであり、できれば自分は参加せずにやり過ごしたい。しかしそんな試験よりもルクにとって面倒なのがこのレグロであった。


 五年ほど前、ルクがいつものように修行をサボっていた時のことである。エリヤに見つからないよう逃げていると、突然、強烈な頭痛に襲われ意識を失い、次に目を覚ました時にはもう今のように目の前でプカプカと浮いていた。何の前触れもなく現れたそれは、自分のことをレグロと名乗り、それ以外のことは何も覚えてはいなかった。師匠であるエリヤに事情を説明すると、おそらくレグロはルクの脳力で作り出した準生物なのではないかということであったが、エリヤも生物を生み出す脳力など見たことがないらしく、その日以来、ルクが人前で脳力を使うことを禁止した。脳力者はこのユーティフという世界においても珍しく、もし子供の脳力者など見つかれば、攫われて見世物小屋に売られることは誰もが知っている常識であった。さらに、脳力にはいくつかの法則があり、ルクのそれはその法則に則っていない、完全なイレギュラーだった。師匠であるエリヤがそんな脳力を使わせるはずもなく、ルクが脳力を十分に使えるようになるまで使用を禁止したのである。しかしそんなことは知らないと、レグロはエリヤの言葉を無視し、いつもこうして勝手に表れていた。さらに面倒なことに、レグロは何もできないとは言え気性が荒く、言葉も悪い。それが原因で起こったもめ事はすべて脳力者でありレグロの近くにいたルクが責任を取らされていた。つまり、ルクにとってレグロは面倒ごとの象徴であり、レグロが関わった物事は例外なくルクにとっての面倒となっていた。また、この試験では脳力を使うことは禁じられており、レグロが出ていることがばれればその時点でルク達の反則負けとなる。ルクにとって負けることはどうでもよかったが、反則負けともなればマリーが黙っていない。それだけは避けなければならなかった。


 つまり、レグロが出てきてしまった以上、ルクにとっての最善はレグロをこの試験に関わらせないことであり、そのためにはルク自身がこの試験に参加してレグロを妨害するしかなかった。というのも、レグロはルクが脳力を発動しなくても自分自身を実体化させることが可能だったが、ルクはそんなレグロを短時間ではあるが抑制することが可能で、そのためにはレグロの近くにいる必要がある。


「……面倒なことになっちゃったなぁ」


「何か悩み事か?」


 あっけらかんと聞くレグロに、ルクはお前のせいだよという言葉をやっとの思いで飲み込む。


「……何でもないよ。それよりも、早く引っ込んでくれないか? みんなに怒られるのは俺なんだぞ」


 怒られるだけならましだけどね、とルクは心の中でぼやく。しかしそんなルクの心中を知るよしもないレグロは、その感情の分かりにくい漆黒の顔を歪め、器用に不機嫌そうな表情を作る。


「お前だけ戦ってずるいぞ! オレ様にも戦わせろ」


「無理言うな。師匠が決めたことなんだから、俺が意見を言えるわけないだろ」


 それでもレグロは納得してないらしく、その短い手足を振り回してルクに自分の強さをアピールする。その姿は強そうというよりは、駄々をこねている子供にしか見えなかったが、ルクがそんなことを言えるはずもなく、自分の脳力を恨む。


「……分かったよ。今度師匠に交渉してやる」


「本当か!?」


 思いのほか瞳をキラキラと輝かせ喜ぶレグロに、ルクは面倒な約束をしたなと後悔するが時すでに遅く、その黒くて小さい悪魔もどきは自分の主であるルクの人差し指を取ってぶんぶんと握手のようなことをする。


「約束だからな!」


「……あ、ああ。分かったから今日のところは引っ込んでくれ」


「おう! まぁ今日はひとまず大人しくしといてやる。試験がんばれよ!」


 ニコニコしながらその小さな親指を立てると、レグロは光に溶けるように消えていった。案外あっさり引き下がってくれたなと思ったルクだったが、約束のことを思い出し頭を抱える。師匠であるエリヤがルクに脳力の使用を禁止したのは、何も物珍しい脳力という理由だけではない。正直なところ、数多くの脳力者を見てきたエリヤですら、ルクの脳力が何なのかは検討がつかず、それゆえに安易にそれを使わせるわけにはいかなかった。そしてそれを知っているルクにとって、脳力を使わせてほしいという要望は、とても伝えにくいものだった。


 そして色々と面倒になってきたルクが「やっぱ昼寝でもしようかな」などと現実逃避をし始めたその時、少年のだらしない考えを否定するかのようにそれはきた。

 真昼の林野を照らし出す、神々しいまでの光を放つ弾丸。青空に放たれたその弾丸は、まぎれもなくルク達が合図としているものだった。

 照光弾(しょうこうだん)と呼ばれるそれは、合図としてだけではなく、相手の気を引くことにも使われる。

 ルク達の作戦でも、少なからずそれを狙いとしていた。だがそんな彼らの思いとは裏腹に、エリヤは照光弾には目もくれず、周りの気配に感覚を研ぎ澄まし臨戦態勢に入る。


 しかしその瞬間、照光弾を背に一人の少年がエリヤ正面の草むらから飛び出し、一瞬にしてエリヤとの距離を縮め襲いかかった。

 それを合図に、面倒だとは思いつつも仕方なくルクも地面を蹴ってエリヤとの距離を縮める。三者の距離は一瞬にしてなくなり、そして少年は右拳(みぎこぶし)を、ルクは左脚の蹴りを同時に繰り出す。

 しかしその息の合ったコンビネーションにもエリヤは動じることなく、余裕の笑みを浮かべたまま二人の猛攻を紙一重でかわす。そして追撃を許す隙も与えずに、エリヤは後方に大きく飛び退いて、いとも簡単に二人との距離をあけた。


「カインもルクもなかなかやるじゃないか。一発もらってしまいそうだったわい」


「もらっちゃえばよかったのに。……そしたらこんな面倒な試合すぐに終わったのにさ」


 その拗ねたようなルクの呟きに、エリヤは苦笑する。


「無茶を言うな。二人ともまだまだ気の隠し方が雑だのう。嫌でもわかってしまったわい」


 エリヤのその言葉に、カインはニヤリと笑う。


「確かに、俺たちはまだまだ未熟だ。でも、最初からばれるとわかっているなら何も怖くない」


「……なに?」


「さすがの師匠も『隠者(いんじゃ)』の術を身に(まと)ったマリーには気付けなかったみたいだな」


 その言葉ですべてを悟ったエリヤは慌てて後ろを振り向く。すると視界を遮るほどの大きな火球が、そこにはあった。


「しま……」


「くらえ! 『火炎弾(かえんだん)』の術!!」


 カインの掛け声と同時にエリヤに直撃した火の球は轟音と共に爆発し、その炎と黒煙が辺り一帯を飲み込んだ。

 火炎弾は初級術式の中でもトップクラスの威力を誇る。熟練の術師が使用すれば、一撃で一個小隊を壊滅させられるほどだ。

 もちろん十二歳のルク達にそこまでの術式は不可能だが、それでも直撃すれば大けがは免れない。


――勝った。


燃え上がる炎に誰もがそう確信したそのとき、火煙(かえん)の中からその男は現れた。

 悠然と炎の中を歩く白髪の男。黒いローブをはためかせ、何事もなかったかのように現れたその男は、紛れもなくエリヤその人だった。

 しかし火炎弾が直撃したはずのエリヤに火傷はなく、それどころかかすり傷一つない。

 このありえない状況に、二人は構えることも忘れて呆然と立ち尽くす。


「……嘘だろ。マリーの全力の火炎弾だぞ? あれでもダメなのか……」


「まあ、そんなに落ち込むな。相手がわしじゃなければ勝負はついとった。まさか、お前たちがここまで出来るようになってるとはのう。三ヶ月前と比べて格段に成長しとる。さすがのわしも驚かされたわい。……とはいえ、問題はここからだのう」


 エリヤはローブのポケットから一つの指輪を取り出し、それを右手の中指につける。

 その指輪はルク達も初めて見るもので、指輪のトップには透明な青い宝石がついており、リングにはこの世界の人間でも読めない文字がびっしりと彫られていた。


「これは〈盗賊の指輪(シーフリング)〉といって、その昔、盗賊のボスが盗んだ金品を運びやすくするため、ある科学者に作らせたものじゃ。いくつかの条件さえ満たしていれば、どんなものでも呼び出すことが出来る。例えば、こんな感じでのう」


 エリヤはそう言うと、右手を自分の目の前に突き出す。するとその瞬間、指輪の宝石は光りだし、一瞬にしてエリヤの右手には二メートルを超える大きく真っ白な太刀が現れた。それを見たルクとカインは迷わず大きく飛び退き、エリヤとの距離をあける。


「これがわしの愛刀、名を〈細雪(ささめゆき)〉という。これはわしが本気を出すと決めた相手にしか見せんから、お前たちが見るのは初めてだったのう」


 エリヤのその言葉に、またもや二人は構えることも忘れ立ち尽くす。


「ちょ……ちょっと待ってよ。本気出すなんて聞いてないぞ!!」


「大丈夫じゃ。ほんのちょびっとだけじゃから」


「そういう問題じゃねぇよ! てか例えそうだとしても、本気を出した師匠に勝てるわけないだろ!」


「いやいや、勝てないどころか木っ端みじんじゃわい」


「じゃあなおさらダメだろ!! なに軽く木っ端みじんとか言っちゃってんの!?」


「そんなに怒らんでもいいじゃろ。ただの冗談じゃわい」


「あんたが言うと冗談に聞こえないんだよ!」


「相変わらずカインは恐いのう。安心せい。特別ルールを用意しとる」


「……特別ルール?」


 エリヤは左手の指を三本立て、二人の目をそれぞれ見る。


「三分じゃ。わしは三分だけ本気を出す。その間、お前たちは何をしてもいいぞ。三分後にお前ら三人のうち誰か一人でも立っていられたら、お前たちの勝ちじゃ。―簡単じゃろ?」


「マリーはこのまま隠れててもいいのか?」


「もちろんじゃ。攻めるなり、守るなり、逃げるなり、好きにしていいぞ。ただし、わしは一切手を抜かんし、今回のルールも白紙じゃからそのつもりでいるんじゃぞ」


「……フッ。望むところだ。師匠の本気なんてそうそう見れるもんじゃないからな! どうせだったら、この目に焼き付けてやるよ。ルク、やるぞ」


「えー、やだー」


 ため息まじりにそう答えるルクだったが、カインは全く気にする様子もなくこれからの作戦を小声で指示し、拳を構えた。


「……全然聞いてくれないし。何か面倒なことになっちゃったなぁ」


 面倒くさそうに頭を掻きながらそう言うルクを横目で見て、カインは楽しそうに笑う。


「諦めろ。ああなった師匠は、もう誰が何を言っても止まんねぇよ」


「……はぁ。誰かさんもね」


 さっきはあれほど面倒だと思っていたレグロとの戯れが妙に恋しくなり、そしてそんな自分になぜか微妙な絶望感を感じつつ、ルクはゆっくりと呼吸を整え静かに構えた。


「――今回だけだからな」

「わかってるって」


 そんなやり取りをする二人を見て、エリヤは屈託のない笑みを浮かべる。


「話はまとまったみたいだのう。二人とも準備はいいか?」


「いつでも来い!!」


「仕方ない……」


 その二人の返事に、エリヤは満足そうに頷く。


「潔いのはいいことじゃ。もちろん本気でやる以上、勝たせるつもりはないがのう」


 エリヤはそう言うと、右足を引いて半身になり、二メートル以上ある太刀の刃先を二人に向けた。


「まずは――、こちらから行かせてもらうぞ!!」


 エリヤは地面を蹴り、もの凄いスピードで二人との距離を縮める。その速さは先ほど見せたカインやルクの速さを遥かに超えていた。

さらにエリヤは、そのままのスピードでカインの顎めがけ左拳を放つ。そのスピードは常人では視界に捉えることすら難しく、常に鍛えているカインでさえ、それを防ぐことは容易ではない。


 しかし標的にされている当の少年はその拳をかわすどころか、見ようとさえしていなかった。そしてエリヤの拳がカインに直撃すると思われたその瞬間、ルクが素早く二人の間に入り込むと、渾身の十字受けでその威力を全て受け流し、その拳は空を切った。


「なに……!?」


 今までにはありえないその出来事に、一瞬エリヤの動きが鈍くなる。

 カインはそれを見逃さなかった。

 何の迷いもなくエリヤの右の懐に踏み込むと、今度はカインがエリヤの顎めがけ拳を放った。しかしそこは彼らの師匠である。素早く一歩引きカインとの間に隙間を作ると、そこに太刀を滑り込ませカインの拳を太刀の柄で受け止める。


「チッ! 駄目だったか……」


 悔しそうなカインに、エリヤは楽しそうに笑う。


「そんな簡単にやられるわけなかろう。それにだ……」


 エリヤは小さく飛び退き、二人の弟子たちと距離をあける。


「勝負はまだまだこれからじゃないか」


 エリヤはそう言うと、瞬時に刀を構え二人に襲いかかった。

 しかし意外にも二人は冷静で、カインは静かに息を吐く。


「ルク、あれをやるぞ」


「……正気か? あれはまだ試験段階なん…………」


「時間がない。早くしろ!」


「……わかったよ」


 ルクは渋々カインの目の前に立ち、半身になって構える。


「全て守れるわけじゃないからな」


「わかってるよ。隙さえできればいい」


「はぁ……。めんどくさ」


 ルクはそう言いつつも襲いかかってきたエリヤの懐に入り込み、次々と振り下ろされる刃の腹に拳を当て、その太刀の猛攻を受け流す。


「なかなかやるな」


「まだ驚くには早いよ」


 その瞬間、明後日の方向から飛んできた拳がエリヤの頬をかすめる。


「……なに!?」


――姿がまったく見えなかったが、ルクは守りで精一杯じゃ。ということは……。


「わしの死角からカインが攻撃してきているのか!!」


「さすが師匠だな」


 そのカインの声と共に、もう二発の拳が飛んでくる。しかしエリヤは、ルクへの攻撃の手を緩めることなく、紙一重でかわす。


「なるほど。ルクは受けに集中し、カインはルクの背後から死角を利用しての攻撃。悪くないアイディアじゃ」


 そう言いつつも、余裕でルクとカインを同時に(さば)いていく。

 そしてその攻防の中、エリヤからはなぜか楽しそうな笑みが漏れた。


「クククッ。さすがわしの弟子たちだのう。なかなかやりおる。 ……じゃが、もうそろそろお遊びは終わりじゃ」


 エリヤはその瞬間、自分の太刀を空高く放り投げる。激しい攻防の中での、この選択。予想だにしていなかったエリヤのその行動に、経験の少ない二人の視線は必然的にその刀に向けられる。

 エリヤはそれを見逃さなかった。

 二人の弟子の間を縫うようにして移動し、すれ違いざまに一発ずつ二人の腹に拳を当てる。


「がはっ……」


「ぐっぅ……」


 その威力にカインとルクは思わずその場に膝を着いた。


「まさか、こんなんでギブアップなんてしないじゃろ?」


「あ……当たり前だろ」


 エリヤは飛び退き、二人との距離をあける。


「よかった。これでお前らにわしの剣技を見せてやれる」


 エリヤはそう言うと、右手を目の前に突き出す。するとまたしても指輪の宝石が光りだし、先ほど空中に投げた太刀が出現する。


「…ありゃやべぇ。ルク立て!」


「わ、わかってる……」


 二人は膝に手をつき、辛うじて立ち上がる。しかしそんな二人にもエリヤは容赦なく刀を構えた。


己式こしき太刀一刀流たちいっとうりゅう〟『震刀峰打ち(しんとうみねうち)』」


 エリヤは目にもとまらぬ速さで二人に近づき、渾身の力で刀を振り下ろす。ルクとカインはその強力な峰打ちをくらい少し後ろに移動したものの、ぎりぎりで防御が間に合いそれほどのダメージはなかった。


「さすがじゃのう。ルクは体全体で力を逃がし、カインも完璧に防御できておった。今日は弟子の成長に驚かされてばかりじゃのう。―だが、次はそうはいかんぞ」


 ルク達はそこで初めて自分たちの体の異変に気が付く。


「体が……う、動かない!?」


「……どういう事だ?」


「さっきの技は『震刀峰打ち』と言って、特殊な振動で、相手の神経をマヒさせるものなんじゃよ。難しい分、なかなか効くじゃろ?」


 エリヤは楽しそうにそう言いながら、ゆっくりとルク達との距離をあける。そして太刀を左手に持ち替え、あらためて刀を構えた。


「……くそ!! 体が、全然動かねぇ!」


「ホントだな」


「なに呑気にしてんだよ! ルクもこの状況を打開する方法を考えろ!!」


「そんなこと言われても、体が動かないんじゃどうしようもないだろ」


「……くそぉ!! あと少しで三分だっていうのに!」


「ときには諦めも肝心じゃぞ、カイン」


 エリヤは大きく深呼吸する。そして、鋭い眼差しと太刀の刃先を弟子たちに向けた。


「……お前たちに、もうなす術はない。だが安心しろ。急所は外してやるわい」


 エリヤは瞳を閉じ、集中する。


――脳力…発動!!


 そう心の中で叫び、再び瞳を開いたそのとき、エリヤの両目は淡く青い光を発していた。


「行くぞ!! 己式こしき太刀一刀流たちいっとうりゅう〟『五刀十斬(ごとうじゅうざん)』」


 エリヤは弟子たちの前から姿を消し、次に現れたその時には、二人の体は無数の斬撃に切り刻まれていた。


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