第十四話 あっけない幕引き
今回は4000字程度です。
「おい、どういうことだ!? あいつの脳力はレグロとかいう生物を生み出すもののはずだろ!?」
驚愕のあまり、レンは思わず声を荒げてしまうが、マリーはルクから視線を外すことなく口を開く。
「脳力は大まかに分けて四つのタイプがあると言われているわ」
自分の体や物の本来持っている力・特性を伸ばす『強化型』
自分の体の一部や物を全く別の物に換える『変換型』
物に特殊な力を加える『加工型』
脳力の法則から外れ、ある特定のものを支配する『異常型』
「ルクの脳力はこのどのタイプにも属さないものよ。そして色々試すうちに気づいたの。イメージが具体的にできるのなら、ルクはレグロを任意の姿形に変身させることが出来るって。あれがルクの脳力、レグロを生み出し自在に変身させる脳力よ」
「なっ……!?」
レンは言葉を失う。
超常的に見える脳力にも、ある程度法則のようなものがある。
それは脳力を発動すれば自身のエネルギーを消費するといったことや、脳力発動の際に瞳が光を発するといったことなどである。
これと同じような法則に、脳力を使ってゼロから生物を生み出すことが出来ないというものと、生物を他の生物に変えることが出来ないというものがある。
脳力は強化型以外、全く同じ脳力というものはなく、このユーティフの長い歴史の中で、確認されている脳力は星の数ほどある。
しかしその中でも、先ほど挙げた法則を破る脳力は異常型以外出てきていないのである。
このことからも、ルクの脳力がどれだけ異質でイレギュラーなものかが分かる。
「何て規格外な脳力なんだ……。でもこんな脳力を持っているなら、どうして模擬戦では勝てない? 今見た限りなら、あんたよりも強いはずだ」
マリーは、そうね、と小さく笑う。
「でもさすがのルクでもあれでは勝てないと思うわよ。だって、ルールがおかしいもの」
「ルールがおかしい?」
「そう。脳力が使えないルクを、私ともう一人の幼馴染の二人で追いかけるの。もちろん私の術式はありでね。ルクが二十四時間逃げきれたらルクの勝ち、戦闘不能にしたり降参させたら私たちの勝ち。ルクの脳力は強力すぎて、一対一だと練習にならないのよ」
「……っ!?」
レンはもう一度ルクとレグを見る。
味方であるはずのその後ろ姿に、レンはなぜか恐怖を覚えた。
「お前、脳力者だったのか……」
「だから言ったろ? 俺には何か制約をつけなくていいのかって」
「くっ! いいさ。その見掛け倒しの脳力で、せいぜい抗ってみろ! 〈付与術式〉『四連・火炎弾』の術!!」
ザムは新たに取り出した四枚の札を全て投げる。
それらは先ほどと同じように炎を吐き出し、それぞれ大きな火球を形成する。
その数、実に四つ。
熟練の術師でも同時に四つの火炎弾を行使するのは難しい。
付与術式ならではの荒業。
しかしこの状況にもルクは動じず、まっすぐに前を向いたまま一歩も動かない。
そしてすぐ目の前まで火炎弾が迫ったところで、
「レグロ!」
「了解」
レグロが動く。
その鋭い爪で地面を蹴りすかさずルクの前に躍り出ると、その六つの尻尾をそれぞれ鞭のように動かし、それらで四つの火炎弾を同時に撃ち落とした。
防いだ火炎弾によって爆炎が辺り一帯を襲うが、もちろんそんなことで怯む二人ではない。
「……っ!? クソっ、こうなったらオレ様が直々に叩きのめしてやる!」
「やっとその気になったか。安心しろ。脳力は使わない」
「くっ! せいぜい後悔するんだな!!」
ザムは一気に加速する。
まさに肉の弾丸のごとき速さだったが、ザムはルクの実力を知らなさ過ぎた。
ルクはゆったりとした動作で二歩前に出ると、そこに飛び込んできたザムのスピードを逆に利用し、勢いそのままに相手の鳩尾に肘打ちを一発。
「かっ!」
しかしルクもそこでは止まらない。
さらにその場で垂直に飛び上がると、相手の首筋に空中回し蹴りを一発。
その威力に、ルクよりも圧倒的に巨体のザムが吹っ飛ばされ、結界の壁へと激突し彼は意識を失った。
一瞬の決着。
静かに佇むルクの後ろ姿は、まさに強者のそれだった。
「まさかザムを倒してしまうとはな。驚いたよ」
ルクは気絶したザムからそう言う術師の男に視線を移すが、その瞳はいつもの眠そうなそれに戻っていた。
「これで結界は解除してくれるんだろ?」
「ああ、もちろんだとも。私も面倒ごとは嫌いなんでね。それに……」
術師の男は一つ指を鳴らす。
すると、黒い壁が徐々に消えていく。
「時間稼ぎは終わりだ」
術師の男の近く、壁の向こうからあの男が現れた。
「また君たちか……」
「お前は……!」
「仮面の男!?」
レンとマリーはすぐさまルクの元に駆け寄るが、ルクは今の状況がいまいち飲み込めていない。
「誰だ?」
「さっき話したでしょ! 裏路地で私たちを襲ってきた仮面の男よ」
「ああ、なるほどね。それでか」
「どうかしたの?」
「いやな、さっきマリーが戦っているとき、あの術師の男が誰かと連絡を取ってたみたいだったんだ。あの金髪男も人攫いに一枚噛んでいるらしい」
「なるほど、そういうことね」
マリーにレン、狼姿のレグロの三人は仮面の男をにらみ見るが、相手は気にした様子もなくゆっくりとした足取りで前に出てくる。
「その通り。こいつらはオレの仕事仲間だ。こいつらが野試合で騒ぎを起こしている間に、オレがターゲットを攫う。実行役の人攫いはオレ一人しかいないから、結構大変なんだぜ?」
「そんなことまで喋っていいのかよ?」
「問題ない。人攫いは今日で最後だ。それに……」
仮面の男は腰のナイフを抜く。
「君たちをここで消せば済む話だ」
「本気か!? お前が強いのは分かるが、さすがに俺たちを相手に勝てないぞ」
「それは、どうかな!!」
仮面の男が走り出す。
しかし、その相手はルクを含む四人ではなかった。
その後ろにいる人物。
助けた少年その人だった。
「させない!!」
誰よりも早く、マリーが動く。
少年と男の間に滑り込むが、男は止まらない。
「マリーだけじゃ無理だ!! 俺も…………くっ!?」
走り出そうとしたルクは片膝を着く。
――しまった……。
脳力による脳の過剰使用。
それにより、ルクは一瞬動きを封じられる。
「まずい……。レグロ!!」
「任せとけ!」
レグロはその六つの尻尾を男に向かってでたらめに打ち出す。
しかし仮面の男はステップを踏み、その矢継ぎ早の攻撃を躱し、ついにマリーにたどり着いた。
「あなた一人で勝てるとでも?」
「前も言ったでしょ。やってみなくちゃ、分からないって!!」
マリーが男に肉薄する。
「術師とは思えないスピードだな。でも……」
仮面の男は右手に持っているナイフをマリーの顔に向かって突き出す。
「くっ!」
だがそこは百戦錬磨のマリーである。
ナイフを一瞥もせず紙一重でかわすと、一瞬の隙を衝いて、がら空きの左こめかみに渾身の蹴りを放つ。
しかしナイフの男はそれを難なく左腕でガードすると、すかさずナイフで反撃する。
そんな攻防が数回続いたそのあと、決定的な隙が生まれた。
大振りなナイフ。
今までとは明らかに違うその動作に、マリーは勝利を確信する。
顔目掛け横一線に振られるナイフ。
それをマリーは余裕をもって左腕で受け止めた。
それがダミーだとも知らずに。
「がはぁ……」
油断してがら空きとなった鳩尾。
そこに男の左拳がめり込む。
「関心しないな。勝負の途中で気を抜くのは。――まぁ、これで一人脱落だ」
男は腰を低くしナイフを下段で構える。
そして、何の躊躇いもなく男はナイフを振りぬいた。
しかし、
「!!?」
ナイフはマリーに届くことはなかった。
その男が受け止めたことによって。
「あ、あぶねー」
「ルク!」
「貴様っ……! またも俺の邪魔をするか……」
仮面の男は怒りを滲ませるが、ルクは真っ直ぐに見つめ返す。
「ったく! 次から次へと面倒ごとを持ってきやがって。俺は疲れてるんだよ」
「そうか。それはご苦労だったな。だがもう安心しろ。オレが今ここで殺してやる!」
男は体を引きナイフを繰り出してくるが、ルクはそれを躱し、男の後ろにいるそいつに視線を向け、名を呼ぶ。
「レグロ!!」
「分かってる!」
――ちっ!!
奇襲だと判断した仮面の男は瞬時にルクから距離を取ってレグロの方を向くが、彼の狙いはそれではなかった。
「なっ!!」
レグロは伸ばした尻尾でルクとマリー、少年を持ち上げて自分のもとに手繰り寄せる。
「しまった!」
予想外の行動に仮面の男は驚くが、もう遅い。
ルクは静かに笑う。
「悪いが俺たちは逃げさせてもらう。じゃあな」
「逃がすかっ!!」
「マリー!!」
「ええ!」
マリーはポーチから小石ほどの玉を三つとペンを取り出し、ペンで玉に何かを書き込んでそれを地面に投げつける。
「〈無級〉・〈炎式〉『濃夜煙』の術!!」
マリーの声に呼応するよう、地面に落ちた玉は小さな爆発を起こし、凄い勢いで煙を発生させる。
そしてその煙は一瞬にして辺り一帯を覆い隠した。
「くっ! 煙幕か! 小癪な……」
仮面の男は腕を一閃して煙を払うが、ルク達がさっきまで立っていたところにはすでに誰もいなく、足跡などの痕跡すら残されてはいなかった。
「逃がしたか……」
「追わないんですか?」
今まで傍観していた術師がそう問うが、仮面の男は、いいや、と否定する。
「痕跡が残らないように逃げている。これで追うのは無理だ。それに、今はやるべきことがある」
「と言いますと?」
「お前はまず、ボスに今のことを報告してこい。万が一にも計画が邪魔されることは許されないからな」
「あなたはどうするんですか?」
仮面の男は横目に術師を見ると、背を向けナイフをしまう。
「オレは一度拠点に戻る。もうそろそろ戻らないとまずいからな。――ボスには明日の昼には顔を出すと言っておいてくれ」
「分かりました」
術師はそれだけ言うと、その場から姿を消す。
一人その場に残った仮面の男は拳を握りしめ、頭上を仰ぐ。
「お前は、いつもオレの邪魔をしてくる。あの時だって……。だが、誰が邪魔してこようとオレは這い上がって見せる。そのためなら……。そのためなら、お前だって殺してやる。レン……」




